第26話 君の為に、僕の為に

****


「やっと来ましたねー。遅いですよー」

 オラブ星から戻ってきたばかりのイルクマはさも、もの凄く待ったかのよう不満げに言いました。

 宇宙警察本部最上階。

 肖造の研究室の隣にあった空き部屋は一時的にイルクマの研究室になり、みんなはその部屋に呼ばれてすぐに集まった……ものの。

「えーっと……僕らはどこに立ったらいいの?」

 ショースケがそう聞くのも無理はありません。

 室内はイルクマがオラブ星から持ってきた道具やら荷物やらで大層ごちゃごちゃで、足の踏み場も無いほどなのですから。

「知りませんよーそんなことー。それより早く入ってくださいー。あ、ここにあるものはどれも大事なのでー、絶対に壊したり崩したりしないでくださいねー?」

 イルクマが無茶を言うので……みんなは仕方なく、入り口付近にほんの少しだけある小さな空きスペースに、ぎゅうぎゅう詰めで立つことになりました。

「ショースケ君大丈夫? ちょっと肖造おじさん、僕の足踏んでますよ」

「そんなこと言われたって狭いんじゃもん、ライト。のおタカヤ、もうちょい寄ってくれんか」

「ごめんなさい、これ以上はツバサが潰れちゃいます!」

「セマイー セマイー」

「……父さんがツバサを持ってやるから……こっちにおいで。春子は大丈夫か……?」

「大丈夫よ諄弌、何だかおしくらまんじゅうみたいで楽しくなってきちゃった! ねぇエイギス?」

「うふふ、そうね春子! ヒカル、もう少しこっちに来てもいいのよ?」

「え、えーっと……これ以上はエイギスに抱きついちゃうって言うかぁ……」

 ……入り口付近はもうてんやわんやです。

「……アナタたち、本当に騒々しいですねー」

 イルクマはその様子を見て、まるで他人事のようにため息を吐くと……長ーい紙のようなものを、積み上がった荷物の上に適当に広げました。

「これがー、私が今考えている新しいコスモピースの材料ですー。理解の遅いアナタたちのためにわかりやすく書いてあげましたよー? 感謝してくださいねー」

 長い紙にはこれまた小さな文字で、様々なものの名前が書かれているようです。

 ライトは溢れんばかりの荷物の隙間に足を置いて体を精一杯伸ばすと、その長い紙を指先で摘まんで引き寄せました。

「いちいち言動が癪に障るよな……えーっと、何なに? まずはイントルベシアントが一キロ……一キロ⁉ 一欠片でも貴重なあの石を⁉」

「嫌なら止めてもいいですよー?」

「い、いや止めないですけど! 他には……コルムル、アキコノペチュニ、それにフォーン石……ぱっと見ただけでも、採取が難しいものばかりだ……」

「……ライト君、その紙を見せてもらってもいいだろうか」

 諄弌はライトから紙を受け取ると、春子と一緒に目を通しました。

「春子、このコルムルは……確か以前セラパス星に行った際に見かけたよな……?」

「ええ。それにこっちのデニラン草も採取出来る場所を知ってるわ。あ、こっちの虹色のラフコの花も!」

 二人は紙に書かれたものの名前に、持っていたペンでいくつも印を付けていきます。

「……コスモピースを探すためにいろいろな星を回っていた甲斐があったな……。ん……? ヒカル、紙を覗き込んでどうした……?」

「このアキコノペチュニってやつ……リララ星で取れる貝がらだよね? 俺たちの同僚にリララ星人がいるから聞いてみるよ!」

 ヒカルとエイギスは顔を見合わせながら大きく頷きます。

「どれ、ワシにもちょっと見せてみぃ……ふむ、本部で準備出来るものもいくつかあるな。お、ライト? これはお前の仲間に聞いてみたらいいんじゃないか?」

「本当だ、プニプヨ星のものですね、メグさんに聞いてみます。えーっと他には……キドシンを含まない、モジェリの花……?」

 ……ライトは紙をなぞっていた手を止めました。

「……僕がずっと研究してる……地球人に毒性の無いモジェリのことだ」

「アナタ、それに覚えがあるんですかー?」

 イルクマは少し驚いたように首を傾げます。

「それが今回、入手が一番難しい材料なんですー。何せ、この私でも一度も見たことがありませんからねー。それを作るだけでもある程度時間がかかると思っていましたがー……?」

「このモジェリはおそらく……あと数ヶ月で咲かせることが出来る……いえ、咲かせます。咲かせてみせます!」

「ふーん……? アナタ、思ったより頭悪くないかもしれませんねー。褒めてやってもいいでしょうー……さてと」

 長いズボンの裾をスリッパで踏みながら、イルクマ大きなあくびを一つしました。

「すごーく面倒くさいですがー……私は準備を始めますー。さぁ、用事は終わりましたからさっさと出て行ってくださーい」

 イルクマがぶかぶかの白衣の袖をしっしっと振りながら、左目の前に浮かぶレンズに触れると……研究室の扉がひとりでに開きます。

 そしてみんなの体がふわりと浮き上がったかと思えば……全員、部屋の外の廊下へポーンと弾き出されてしまいました。

 ……エイギスだけは優しく降ろされましたが、残りはみーんな適当に落とされたので激しく尻餅をつきます。

「いたーい! 怪我したらどうするのさ!」

「大丈夫か? ショースケ」

 座ったままプンプン抗議するショースケを、タカヤが手を引いて立たせてあげていると……今度はタカヤの体だけがふわりと浮かび上がります。

「……そうですー、うっかりしてましたー。コスモピース、アナタのことをまだ調べていませんでしたねー? もう一度来てもらいましょうー」

 研究室の中からイルクマの声が聞こえてきて、また扉がひとりでに開くと……タカヤは部屋の中に吸い込まれていって、扉の鍵はそのままガチャリと閉まってしまいました。

 ライトは直ぐに立ち上がって、外から扉を乱暴にガンガン叩きます。

「おい! タカヤ君に何するつもりだ!」

「そ、そうだそうだ! タカヤ返してよー!」

「カエセ カエセー」

「何か面白そうじゃしワシも一緒に叩いちゃろ、ほれほれ」

 ショースケもツバサも肖造も一緒になって、まるで打楽器のように扉を叩きまくっていましたら……さすがに無視出来なくなったイルクマが扉を少しだけ開いて、至極不機嫌な顔を出しました。

「うーるーさーいーでーすーねー! 別に怪我させたりしませんよー! さっさと材料集めに行ったらどうですかー⁉」

 珍しく喉が枯れそうな大声を出すイルクマの横から、タカヤが苦笑いをしてひょこりと現れます。

「あのー……俺なら大丈夫だから。みんな自由にしてて……?」

「コスモピースもこう言ってるでしょー? ほらー、さっさと散ってください目障りですー!」

 研究室の扉は音を立てて閉められて、中からはさらに厳重に鍵がいくつもかけられてしまいました。


****


 さて、それから数分が経過して。

 ショースケは一人、まだイルクマの研究室の前に立ち尽くしていました。


 というのも……肖造は本部の資料室へ、コスモピースの材料に使えそうなものが無いか探しに行きました。

 諄弌と春子は、またすぐに旅立つための準備を始めました。

 ヒカルとエイギスは仕事に戻って……ライトはツバサを連れて、一足先に時目木町へと帰って行きました。


「うーん……僕は何したらいいんだろう……?」

 ショースケは肩掛けカバンの中から、先ほどコピーしてもらった長い紙を取り出します。

 紙には新しいコスモピースの材料が書いてありますが……ぶっちゃけ、どの材料も残念ながらショースケにはピンと来ません。

 ため息を吐いて、ショースケは紙をまた仕舞います。

「……そうだ。僕、九級になったから制服がもらえるって連絡が来てたな。とりあえずそれをもらいに行こうかな」


****


 透明なチューブ状のエレベーターに乗って一階へ降りたショースケは、出入り口とは反対方向に向かいます。

 相変わらず真っ白な本部の中は慌ただしくて、忙しなく隊員たちが横を通り過ぎて……。

 ぶつからないようにキョロキョロ辺りを見回しながらしばらく歩くと、目的地である搭乗口エリアへ到着しました。

 以前訪れた貸し出しスペースのカウンターで、ショースケはおずおずと九級のバッジを見せます。

「え、ええっと……これ。その、制服……もらえるって聞いたんですけど……」

 しどろもどろになりながら口を動かすと、カウンターでバッジを受け取った隊員は驚いたように大きな黒い体を膨らませました。

「あなた、もしかしてあのショースケ隊員⁉」

「え⁉ あ、あのって?」

「今、ちょうどここでもあなたの話をしていたところなの! ねぇ皆?」

 ……周りの隊員たちも同意しますが……ショースケには何のことだかわかりません。

 オロオロ俯いてしまったショースケを、黒い隊員は首を伸ばして下からニュルリと覗き込み、興奮したように話し始めました。

「あなた、惑星ミッシェルでオンガイルゴンの子どもを助けたんでしょ? その子、どうもオンガイルゴンの群れのボスの子どもだったみたいで。あなたがここに戻ってきてからは、宇宙警察がオンガイルゴンに襲われることがめっきり無くなったの!」

 ……ショースケは驚いて顔を上げます。

「そ、そうなの……?」

「そうよ! 惑星ミッシェルで宇宙警察がオンガイルゴンに襲われる事故は毎年数件は起こってたのに。あなたって皆の恩人なんだから!」

 黒い隊員は後ろの棚の高いところから、小さなサイズの地球人用の制服を取り出して持ってきました。

「きっと、だから昇格したのね。おめでとう、これがあなたの制服よ! それとこれもね!」

 一緒に渡された小さな袋には、どうやらポスリコモスのお金……白いコインが入っているようです。

「本部から制服と一緒に渡すよう頼まれていたの。特別報酬ですって! 大切に使ってね」

「あ……ありがとう!」

 少し背伸びしながらそれらを受け取って、小さな袋だけをエッグロケットの中に仕舞うと……たくさんの隊員たちの注目を浴びながら、ショースケは搭乗口エリアを逃げるように後にしました。


 ……足取りは軽く、ちょっとスキップしながら白い廊下を進みます。

「えへ……えへへへ……」

 ニヤニヤして、体はぽかぽかして。

 いつもの廊下は、さっきまでとは少し違って見えるのでした。


****


 さて、せっかく制服を受け取ったのです。

 空き部屋に入ったショースケは、そそくさとそれに袖を通しました。

 白くて、左胸に付けたバッジがよく目立って……まるで自分のために仕立てられたようにピッタリです。

 鏡が無いので全身は見られませんが、ショースケは首をぐりぐり動かして見える範囲を確認しました。

「へ、変じゃないよね?」

 そう呟いて扉を開いて、ショースケはまた廊下を歩き始めます。

 周りの隊員も同じ服を着ていて……なんだかくすぐったくてソワソワして、慣れない袖をいじりながら下を向いていると、どこかから良い匂いがしてきました。

 ……どうやら本部の中にあるカフェからのようです。

 そういえばずっと何も食べてなかったショースケは、吸い込まれるようにカフェへ入っていきました。

 やわらかい席に座って、お気に入りの紫色のクレープのような食べ物と、少し泡立つ黄色い飲み物をいただいていると……近くの席から話し声が聞こえます。

「ねぇねぇ、今日は珍しい商人が市場に来てるらしくて。あのフォーン石が売られてるんだって!」

「え、あの貴重なフォーン石が?」

 ……ショースケは咥えていたストローから口を離して、隣に置いてあるカバンの中を探って長い紙を取り出しました。

 フォーン石……フォーン石……やっぱりありました!

 どうやら新しいコスモピースを作る材料の一つようです。

 買って帰ることが出来れば、みんなの役に……タカヤの役に立てるでしょう!

 幸い特別報酬も貰いましたし、最近は持っている材料で発明をしていましたから、お金だって結構あります。

 急いで大きな口を開けて、残っていた食べ物を平らげると……ショースケはカバンを肩にかけて、口の周りに付いたクリームを舐めながらカフェを出て行きました。


****


 市場は今日もたくさんのETで大賑わいです。

 今日の空は懐かしい野菜色……ショースケは最近知ったのですが、どうやら野菜色の空の日は市場ではセールを行っているらしく、余計に人が訪れているようです。

 肩をきゅっと狭めて、大きいETたちの隙間を縫うように進んで行くと……一際目立つ人だかりがありました。

 背の低いショースケは一生懸命背伸びをしますが……よく見えません。

 すると近くにいた優しいETが、声をかけてくれました。

「キミ、ここで売っているのはフォーン石だよ。すごく珍しいもので、今私たちも並んで順番待ちをしているんだ」

 フォーン石! ショースケが探しているものです。

 ショースケはいそいそと、優しいETの後ろに並びました。

 列は少しずつ短くなっていって、人だかりの隙間からやっと商品……フォーン石が見えました。

 なんて綺麗なんでしょう、淡いピンク色で凸凹とした表面に光が当たって乱反射して、それはそれは輝いています。

 そしてその近くに置いてあるボードには、フォーン石の値段が書いてあるのですが……

 ……ショースケは黙ってエッグロケットの中を覗き込みます。

 そしてもう一度ボードを見て、またエッグロケットの中を見て。

 ……お金が足りない、なんて生やさしい言葉では足りないほど足りません。

 ショースケがあと数年働いたとしても……もしまた何かがあって凄い額の特別報酬を貰えたとしても……とても買えないでしょう。

「いらっしゃい! 次はお客さんの番だよ! 何個買う?」

 店主が威勢良く声をかけました。

 ショースケは俯いて、小さな消えそうな声で……やっぱりいいです、としか言うことが出来ず……そのまま列を抜けていきました。


 狭くて暗い路地裏。

 ショースケは膝を抱えて体育座りをして、建物の隙間から見える細い野菜色の空を眺めていました。

「……はぁ……僕、全然役に立てないな」

 長い紙をカバンから出して、ショースケはまたため息を吐きます。

 何度も目を皿のようにして確認しますが……やっぱり身に覚えのある材料はありません。

 きっとタカヤもみんなも、『そんなこと気にしなくていいよ』と笑ってくれるでしょうが……

「……僕は気にするんだよなぁ……」

 膝に頬を寄せて丸まっていると……突然、路地の先から耳を劈くような、宇宙公用語の大きな声が聞こえました!


「ねぇねぇねぇ! 泣いてるの⁉」


 ……この声は。


「ねぇねぇ、ねぇってば! もしかして迷子? ……ってあれ? その顔、もしかして!」

 

 ……ショースケは声と逆方向に走り出していました!

「あれ⁉ 何で逃げるの! あ、もしかして追いかけっこ? ボク、足速いんだから負けないよー!」

 声の主はどんどんどんどんショースケに迫ってきます。

 そもそも地球人は宇宙全体で見て足が速いほうではありませんし、ショースケはその中でも足が遅い方ですから……残念ながらあっけなく、背中をタッチされてしまいました。

「捕まえたー! ねぇ、何で逃げるのショースケー?」

 長い耳が二つ付いた、水色のタコのような三十センチ程度の体をふわりと揺らして、紫色の宝石のような瞳をキラリと輝かせて……懐かしい顔、カランは無邪気に笑いました。


****


「いやー本当に久しぶりだねー! それにその制服! ショースケも宇宙警察になったんだねー!」

 ポスリコモスの中央広場のベンチに座って、カランは足の間にある口でモサモサした食べ物を頬張りながらはしゃいでいます。

「ねぇショースケ、食べないの? コセツベのモヨキュ焼き。美味しいよー? この間食べよーって言ってたのにモンスターに襲われて一緒に食べられなかったから、ボク気になってたんだよねー」

 ……隣に座ったショースケはコセツベのモヨキュ焼きを手に持ったまま、目を逸らしています。

「ショースケー? ……あ! わかった、あーんして欲しいんだ?」

 カランが伸ばした足をショースケの口元に近づけるので……ショースケはブンブンと首を振って、やっと口を開きました。

「違うよ! あーんして欲しいわけないじゃん!」

「えー? じゃあどうして欲しいのさ?」

「どうして欲しいとかじゃないの! 逆に何でカランはそんなに普通なの⁉」

 ……そう言ったショースケは俯いて、小さな声を漏らします。

「……僕のこと、恨んでないの……?」

「え? 何で恨むの?」

 カランは心底きょとーんとしているようで、耳をピコピコさせながら宝石のような目を動かしてキラキラさせました。

「何でって……だって僕、カランが僕を助けてモンスターに襲われたとき……逃げちゃったから……」

「えっ、そうなのー? ボク見えてなかったから気が付かなかったよー!」

「え」

「えー?」

 ……どうやらバレてなかったようなのに墓穴を掘ったようです。

 ショースケは体が冷たくなるのを感じながら……乾いた唇をなんとか動かしました。

「その……ごめん、なさい……怒ったよね……?」

「なんでー?」

 ……緊張しているのが悲しくなるほど、カランは気の抜けた声を出します。

 ショースケは逆に腹が立ってきました。

「いや、怒りなよ⁉ カラン、僕のせいで怪我して危なかったんでしょ⁉」

「でもボクも助かったし、ショースケも助かったでしょー? 何がダメなの?」

 ニコニコしながらコセツベのモヨキュ焼きを食べきったカランを見て……馬鹿らしくなったショースケはやっと、自分の分のモヨキュ焼きを口に入れました。

 モサモサで、すぐに千切れる糸の束を食べているような感触で……悔しいかな美味しいです。

「ね? それ美味しいでしょー? あ、そうだ!」

 カランはキラリと瞳を光らせました。

「ショースケさっき、初めて会ったときみたいにしょんぼりしてたね? 何でー? ……あ! 待って、やっぱりボクが当てるから!」

 むむむーと、足を一本額に当ててカランは考え込むと……垂れていた耳をピコンと立たせます。

「お腹空いてたから! どう⁉ あ、それとも……おやつ食べるの忘れちゃったとか?」

「……その調子だと永遠に当たらないと思うよ」

 ショースケは口の中のモヨキュ焼きを飲み込んで、はぁ、と小さくため息を吐きました。

「別に……ただちょっと、僕って役に立たないなと思ってただけさ」

「へー! ショースケ役に立たないんだ!」

 ……改めて他人に声に出されると少々苛立ちます。

「べ、別に⁉ 全然役に立たないってワケじゃ無くて? 今は立てなかったってだけで?」

 自分で言ったくせに自分で言い訳をしているショースケを、カランは不思議そうに見つめました。

「ふーん? それで、何で役に立ちたいのー?」

「そ、それは! だってコンビだし……」

 そう言い返したショースケは、もごもごと続きの言葉を紡ぎます。

「……僕のコンビ、僕より級が上なんだ。それでその……悔しいけどすごくて。だから……役に立てないと、もっと置いていかれそうっていうか……」

「へー! つまり……ショースケ、コンビの相手のこと好きなんだね! ボクもボクのコンビ大好き!」

 ……ショースケはそんなことを言ったつもりは無かったのですが、カランはうんうんと納得したように体を弾ませました。

「聞いてよショースケ! ボクのコンビとっても優しいんだー! あと強くて、判断も早くて、いつもボクを助けてくれるんだよー?」

「それはっ……僕のコンビだってそうだよ!」

 何故だが反射的に言い返してしまったショースケを、カランはニコニコと見つめます。

「うんうん、大好きなんだねー! じゃあさー、ショースケは……役に立つからそのコンビと一緒に居たいの?」

「そんなわけないじゃん!」

 静かな中央広場に、ショースケの大きな声が響きました。

「僕は別に、タカヤが強いからコンビ組んでるんじゃない! 僕のこと助けてくれるから大事なんじゃ無い! でも……だからこそ、役に立てるようになりたいの!」

 ……気付かない間に立ち上がって叫んでいたショースケは、辺りをキョロキョロ見回してから慌ててベンチに座り直します。

「……ごめん、急に大きい声出して」

「いいよー? あはは、それにしてもショースケって変なのー!」

「変って何が?」

 少しムッとして眉をつり上げるショースケに、カランは瞳を輝かせて笑いかけました。

「だってー、ショースケがそんな風に思ってくれてるんだよ? その気持ちが、コンビの相手の役に立ってないわけないじゃない! ボクだったら嬉しくって、何でも頑張れちゃう気がするもん!」

「……そ、そうかな?」

「そうだよー! 絶対そうに決まってるよ!」

 軽やかな笑い声を上げながら、カランは空を見上げます。

「ショースケのコンビは幸せ者だねー……あ、見て見て! 空の色が変わってきた!」

 オレンジと白と緑のマーブル模様だった空は、少しずつ、まるでかき氷にイチゴとブルーハワイのシロップを同時にかけたように……赤と青に変わっていきます。

「……本当だ。この空の色は初めて見たかも」

「この色、珍しいんだよ! 赤と青の空は、見るとラッキーなことがある、なんて言われてるんだー! あ、だからショースケに会えたのかも! わーい!」

 カランは飛べそうなほど、耳をパタパタ動かしました。

 赤と青の空が、カランの宝石のような紫の瞳に映ると……瞳は少しピンクがかった色になったように見えます。

 それが、まるでさっき見たフォーン石のように……いや、それ以上に綺麗に見えて……微笑んだショースケは、最後の一口のモヨキュ焼きを頬張りました。

「……そうだね、僕もラッキーかも!」

 やわらかい風が吹き抜けて……どこかから甘い匂いがして。

 ショースケはやっと、あの日の続きを歩き始めた気がしたのでした。 


****


「さー、その辺適当に座ってくださいー」

 イルクマは機械の準備をしながら、タカヤに怠そうに声をかけました。

 ……足の踏み場も無い部屋のどこに座れと言うのでしょう、タカヤがオロオロと辺りを見回していると……たくさん積み上げられた荷物の中に丸い瓶がありました。

 丸い瓶の中は何やら怪しい水色の液体で満たされていて、その液体の中には……細い紐が括り付けられた皮付きのバナナが浮かんでいます。

 ……何だかどこかで見たことがあるような?

 タカヤが首を傾げていると、イルクマがまた声を出します。

「それ珍しいでしょう、気に入っているんですー。あげませんよー?」

「あ、あはは……取ったりしませんよ?」

 荷物の隙間にそろりと足を置きながら、タカヤはイルクマの近くにあった、小さな床の隙間にやっと座りました。

「……さてー、じゃあ見せてもらいましょうかー」

 イルクマが大きな機械に触れると、機械からたくさんの管が伸びてきて、タカヤの体をふわりと撫でていきました。

「ふーん。やっぱりかなり上手く適合しているようですねー……ですがー。アナタ、このままではコスモピースの力に飲み込まれて消滅するところでしたねー」

 左目の前に浮かぶレンズに触れながら、イルクマは続けます。

「コスモピースは周囲の空気や熱、光や音など……様々なものを吸収してー、エネルギーを無限に作り出し続ける石ですー。もちろん、地球人に適応するようになんて作っていませんからー……アナタにはその力は強大過ぎますー」

「……そうでしょうね」

 いつものように笑ってみせたタカヤを、イルクマは顔をしかめて覗き込みました。

「アナタ、嫌に冷静ですねー。もっと焦ったらどうですー?」

「あはは……」

「……そのわざとらしい笑い方、私の昔の仲間に似てますー」

「昔の仲間……」

 タカヤは少し悩んでから、口を開きます。

「あの、イルクマさん……お尋ねしてもいいですか?」

「ダメですー」

「それならいいです」

 至極爽やかにタカヤがそう返したのが……イルクマはちょっと気に入らなかったようです。

「……もう少し食い下がるものじゃありませんかー? 仮にも聞きたいことなんでしょうー?」

「ですがイルクマさんがダメって……」

「……あーもう、わかりましたー。一つだけなら答えてあげましょうー、なんですかー?」

 ひどくぶっきらぼうに答えて、イルクマは立ったまま、その辺の荷物の上に肘を置いて頬杖をつきました。

「いいんですか? それでは……イルクマさんと肖造さん……トリスタル星人は、無限の命を持っているんですよね?」

「そうですよー」

「でも、イルクマさんは先ほど……トリスタル星人はもう自分たち二人しか居ないと仰いました。無限の命を持っているのに、何故……他の方は居なくなったのですか?」

 ……タカヤの質問に、イルクマはしばらく口を閉ざします。

「……ご、ごめんなさい! 聞いてはいけないことでしたね……俺、失礼します!」

「待ちなさいー」

 慌てて研究室を出ようとするタカヤを、イルクマは後ろから呼び止めました。

「自分で聞いたんだから、ちゃんと最後まで聞いてくださいよー……確かに私たちには無限の命がありますー。寿命はありませんし、刺されようが、粉々になろうが、宇宙空間に飛び出そうが何ともありませんー。でも……」

 俯いたイルクマの左目のレンズが、白く曇って光ります。

「無限の命には条件があった……ただ、それだけですー」


 しんとした研究室の中。

 どこかで積み上げた大切な荷物が崩れたのでしょう、ガラガラと大きな音が立ちました。

 

 ……それが聞こえていないわけがないのに……イルクマがしばらく、顔を上げることはありませんでした。

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トッキューコスモ‼ 林代音臣 @rindaiotoomi

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