第25話 希望
****
「ねぇねぇタカヤ! 見て見て見てっ!!!」
金曜日、学校終わりの午後四時過ぎ。
タカヤの家にやって来たショースケは、玄関ドアをくぐるなり大騒ぎです。
「どうしたんだよ、ショースケ」
「どうしたなんてもんじゃないんだよ! ほら、これ見てっ!」
ショースケはカバンの中からバッジを取りだして、タカヤの顔の前にずずいっと見せつけました。
「えーっと……霧谷ショースケ、九級……お、ショースケ九級になったのか! おめでとう!」
「そう! さっき家に帰ったら本部から連絡が来てたの! しかし……自分で言うのもなんだけど、僕この間結構なことやらかしたと思うのによく昇格出来たよねー」
口ではそう言いながらも、ショースケは頬が緩んで仕方がありません。
「きっとショースケが今まで頑張って来たからだよ」
「えへへー、そうかなぁ。ところでタカヤ、今日は確かじーちゃんに呼ばれたんだよね? どうやらライトさんも呼ばれて本部に行ってるみたいでさ、もう家に居なかったよ」
「ああ。肖造さんに連絡を取ったら、ショースケも一緒に連れて来てくれって言われたんだ。出来るだけ急いでって頼まれてるし、もう行かないとな」
タカヤは普段は締め切っている和室の引き戸を開けました。
その畳の上には、長方形の大きな枠が立てて置いてあります。
「え、これってもしかして……ワープ装置⁉」
「そうだよ、ポスリコモスまで直接行くことが出来るんだ。前は父さんと母さんが使ってて、今は俺がたまにつかってるよ」
「タカヤこんなの持ってたの⁉ 言ってよ、そしたら特急こすもに乗らなくてもいつでもポスリコモス行き放題じゃん!」
ポスリコモス大好きなショースケは目を輝かせます。
「うーん、でも動かすのには特別なエネルギーが必要で……そのコストが高いから、俺もどうしてもの時以外は使ってないよ」
「ちなみに、一回使うのにいくらくらいかかるの?」
「えーっと大体……」
タカヤがぽしょぽしょショースケに耳打ちすると……
「……うん! 僕、特急こすもに乗るからいいかな!」
……どうやらショースケのお給料事情では無理があったようです。
そこへ階段からドコドコ音を立てながら、ロボットのツバサが一階へ下りてきました。
「ア! ショースケ ヤット キタネ! ホラ、ハヤク イコウ!」
ツバサは触覚をぶんぶん揺らしてとっても上機嫌です。
「今日はツバサも一緒に行くの?」
「ソウ! ショウゾウ ガ キテモ イイヨ ッテ! ボク、タカヤ ノ リョウシン ニ アウ ノ ハジメテ! タノシミ!」
「あ、ツバサ会ったことないんだー」
ショースケが何気なく口にすると……ツバサは触覚を二本使って、器用にショースケのふくらはぎを抓りました。
「痛い痛い! え、何⁉」
「ツバサ、痛いことしたらダメだろ……さ、ポスリコモスに行くか」
タカヤはツバサを抱きかかえて、ワープ装置の上部に付いたボタンを押しました。
何も無かった四角い枠の中に、虹色のマーブル模様のモヤが現れます。
「うーん……今からこれをくぐったら、あれだけのお金がかかるのか……」
「ショースケ、今はそれは気にしなくていいから。ほら行くぞ」
タカヤとツバサが先にくぐった枠の中を、ショースケも急いで追いかけるようにくぐって行きました。
****
宇宙警察本部の真っ白な廊下を進んで、伝えられていた部屋の扉を開くと……部屋の中では、春子と諄弌とライトがお茶を飲みながら談笑していました。
「あら。タカヤ、ショースケくん、来てくれたのね! ……まぁ! もしかしてあなたツバサ?」
春子はにっこり笑って、すぐにツバサを抱き上げます。
「ソウ! ボク ツバサ! タカヤ ノ カアサン スッゴク タカヤ ソックリ!」
「うふふ、そうでしょ? いつも言われるの。きゃー、やわらかくって可愛い! ねぇ諄弌も触ってみて?」
「ふむ……マシュマロ、みたいだな……」
……ツバサが二人にもみくちゃにされている間に、タカヤとショースケはライトと同じテーブルに着きました。
「ねぇライトさん、のんきにお茶なんて飲んでていいの? 僕たち急いで来てって言われたんだけど」
ショースケはテーブルの真ん中に置いてあるお菓子にすぐさま手を伸ばし、封を開けながら尋ねます。
「うん、僕もそう言われて急いで来たんだけどね……どうも客人が起きないらしいんだ」
「客? 誰か来てるの?」
「そう。今日、春子さんと諄弌さんが戻ってきたときに一緒に連れて来たって聞いてるよ。そうでしたよね?」
ライトが声をかけると、春子はツバサを胸に抱えたまま頷きました。
「ええ。ごめんね、到着直前に寝始めちゃって……とってもマイペースな人なのよ。一緒にUFOに乗っている間も寝てばかりだったし、いろんな質問もしたけれど全然答えてもらえなくて……ちょっと困っちゃった」
春子が小さくため息を吐くと……
「起きましたけどー?」
……突然、部屋の真ん中に見慣れないETが現れました。
宝石のように輝く黒い体……以前出会ったココレヨさんと同じオラブ星人のようですが、左目の前にはモノクルに似た丸くて透明なレンズが浮いています。
「全くー、突然こんなところに連れてきて……起きたら知らない部屋に居ましたからー、わざわざこっちから出向いて来てあげましたよー?」
ふてくされているオラブ星人は首をゴキゴキ鳴らしたかと思うと……瞬きをする間にタカヤの前に立っていました。
「会いたかったですー、コスモピース……まさかこの間ので壊れないなんて予想外でしたー。思ったより体に適合しているのかもしれませんねー」
オラブ星人は感情の籠もっていない声で淡々と喋ります。
「この間……? 何かあったのか……?」
「さぁ……ねぇライトくん何か知ってる?」
不安そうな表情を浮かべた諄弌と春子に、ライトが何も言えないでいると……オラブ星人は突然、タカヤの腕を掴みました。
「さぁ、行きましょーコスモピース」
「え……行くってどこへですか……?」
「私が居たオラブ星ですよー。少ないですが、あそこには私が集めた材料がありますからねー」
「材料……?」
「はいー」
オラブ星人が左目のレンズに触れると……突然空間が大きく裂けて、ワープ装置の中のような虹色のモヤが現れます。
「今度こそコスモピース、アナタを消し去るための生物を作る材料ですー。さぁ、行きます……よー?」
……ライトがタカヤの体を、後ろから抱きしめるように引っ張りました。
「あのー、アナタはいらないから来なくていいんですけどー? 離してくださいー」
「行かせるわけないだろ! 一体どういうつもりだ!」
もの凄い剣幕で、ライトはオラブ星人を睨みました。
その間にショースケも春子も諄弌もツバサも、タカヤの体を掴んでオラブ星人とは逆方向に引っ張ります。
……どうも力は弱いらしいオラブ星人は、そのままズルズルと引き摺られ……堪らずタカヤを掴んだ手を離しました。
「うーん、馬鹿力ですねー……全くー。どういうつもりもなにもー、私はコスモピースを持って帰るために、わざわざあんなに遅いUFOに乗ってここまで来てやったんですー。感謝して欲しいくらいですよー?」
オラブ星人は苛立ちを押さえられないのか、わざとらしく足を鳴らします。
「ちょこまかと邪魔ですねー……アナタたちなんて、私の頭脳にかかれば今すぐ消してしまえるんですよー? 仕方ないー、わからせてあげましょうかー」
大層面倒くさそうに顔をしかめて、オラブ星人がまた左目のレンズに触れました。
すると部屋中のあちこちの空間が裂けて、その中から銃口のようなものがいくつも現れます。
「別に傷つけたいわけでは無いんですけどー、邪魔をするのが悪いんですよー? ……大人しくしててくださいねー」
オラブ星人がもう一度左目のレンズに触れようとした、その手を……
「やめてください」
……気が付いた時には、タカヤの背中から伸びた触手が絡め取っていました。
さらに数え切れない本数の触手を背中から生やしたタカヤは、それを使って空間から現れた銃口を目にも留まらぬ速さで全て捻じ曲げ終えると……そのままオラブ星人の体に大量の触手を巻き付けて拘束します。
「俺もあなたを傷つけたいわけでは無いんですけど……俺の大切な人を傷つけるなら容赦はしません。悪く思わないでくださいね」
タカヤは赤と青に……コスモピースの色になった瞳を鋭く輝かせました。
動きを封じられたオラブ星人は特に暴れることも無く、興味深そうにその姿を見つめています。
「コスモピース……こんなことも出来るんですねー。これぐらいしゃ敵いませんかー……さすが、私の最高傑作ですー」
するとそこへ、血相を変えた肖造が部屋へと飛び込んできました!
「おい! アイツが居らん、どこへ行ったか知らんか……って何でここに居るんじゃいっ!」
肖造はバタバタと、拘束されたままタカヤを見つめているオラブ星人に近づいて、大きな声で怒鳴り付けます。
「やっと目が覚めたと思ったら、何を暴れとるんじゃ!」
「うーるーさーいーでーすー……なんですかーアナ、タ……」
さも不快そうに顔を歪めたオラブ星人はやっと、目線だけを動かして肖造を見て……それはそれは、でっかいため息を吐きました。
「……やっとわかりましたー……変だと思ったんですー。この宇宙警察、でしたっけー? ここの至るところにある設備や道具ー、私がはるか昔に作ったものにあまりにも似すぎていますからー」
オラブ星人はまた一つため息を吐くと、肖造の方へ顔を向けます。
「その特徴……アィーシャの子ですねー? そしてアナタは、アィーシャの記憶の一部を継承しているー……合ってますかー?」
「……ほう、さすがじゃのう。見ただけでわかるか」
「わかりますよー……それにしても、まさかあのアィーシャがコスモピースを盗んでいたなんて。いくら探しても見つからないわけですー……まぁ、おおよその理由は推測できますから怒る気も起きませんけどー」
……二人の会話に、周囲は付いていけません。
「肖造おじさん、アィーシャって誰ですか? 僕の祖母や祖父のあだ名……では無さそうなんですが」
ライトが困惑していると、オラブ星人は大きく首を傾げて……その体をぐにょぐにょ変形させ始めました。
「もしかしてー……アナタ言ってないんですかー? まぁー、そこに居るコスモピースは知っているでしょうけどー」
そしてそのまま、薄い隙間からタカヤの拘束を逃れたオラブ星人……いえ、オラブ星人だと思っていた生物は……磨りガラスのように透き通った体をしたETに姿を変えました。
背は二メートル以上あり、長い首に細い腕、すらりとして膝の無い足……そして左目の前には、変身前から装着していた透明なレンズが浮かんだままです。
「……今となってはこの宇宙で私とアナタ二人だけのー……トリスタル星人の生き残りであるとー」
口の無い生物……トリスタル星人は体から、そう声を発しました。
「……ああ、今の今まで言ってなかったわい!」
ニヤリと笑った肖造は、ぐにょぐにょと粘土のように体を変形させて、目の前のETとそっくりに姿を変えました。
「この姿に戻るのは数十年ぶりじゃよ……おお、懐かしい感覚じゃのう!」
肖造はそのままほんの数歩、周りを歩いてみましたが……
「……しかしこの姿、めちゃくちゃ動きにくいのう。膝は曲がらんし……このままじゃ肩が凝りそうじゃ」
そう言って一つ伸びをすると、すぐに地球人の姿に戻ってしまいました。
「えー、もう戻るんですかー? 本当の姿が動きにくいなんて、アナタ変なこと言いますねー」
「ワシらに本当の姿なんてあって無いようなもんじゃろ? さて……その顔、お前の名前はイルクマじゃな? ……まさかお前がこんなことを仕出かすなんて思わんかったよ」
「こんなことー……? 何のことですかー。それより……アィーシャの記憶を一部とはいえ継承してるというのはやっかいですねー。名前まで知られているとはー……とっても不快ですー」
イルクマは心底嫌そうに、長い首を曲げて俯きます。
「……さて、イルクマ。面倒くさいことは抜きじゃ、単刀直入に言う。もう一つのコスモピースを渡してくれ」
「……はいー……?」
「とぼけるな!」
肖造はイルクマのなだらかな肩を掴みました。
「コスモピースは……イルクマ、お前の発明品じゃ。ただ……惑星トリスタルが荒れ地となった今、トリスタルでしか取れない材料を多用する必要があるコスモピースをもう作り出すことは出来ない、そうじゃろう?」
……イルクマは頭を下げたまま動きません。
「……お前がコスモピースを惑星トリスタルから持ち出したことはわかっとる。そして……そのコスモピースの強大な力を独占するために、お前にとって邪魔な存在であるタカヤを攻撃したこともな!」
周囲の驚いた様子は差し置いて、肖造はまくし立てるように続けます。
「ワシらはタカヤの中に入っているコスモピースを相殺して、タカヤを元の人間に戻すために……どうしても、もう一つコスモピースが必要なんじゃ。頼む、渡してくれ……危害は加えたくない」
……イルクマは動きません。
「……っ! 聞いとんのか!」
肖造が掴んだイルクマの肩を激しく揺すると、イルクマの長い首が大きく揺れてその表情が見えました。
……すると、イルクマは目を閉じていて……あろうことか、すやすやと寝息を立てています。
「……寝とる⁉ おい! 起きんかい!」
ぶんぶん肩を揺すられたイルクマはやっと目を覚ましたものの、眠たそうに目元を擦ります。
「ふわぁー……。だってー、ワケがわからないことばかり言うんですもんー。眠たくなっちゃいましたー」
「わからない?」
「確かにコスモピースを発明したのは私ですー。でもー、もう一つのコスモピースなんて持ってませんー。確かにもう一つ存在しましたけどー……ずっと昔に壊れちゃいましたー」
イルクマは肩にのせられた肖造の手を、細い腕でうざったそうに払いのけながら続けます。
「そしてー、そこのコスモピースを攻撃したのは事実ですけどー……その理由はアナタたちが予想しているものとは違いますー。コスモピースは私の最高傑作であり……最悪の発明ですー。この宇宙にあってはならないー……ですから」
イルクマはひどく、底抜けに冷たい目をして見せた後……ゆっくり、左目のレンズに触れました。
「私が、この手で……消し去ると決めたんですー」
すると部屋中の空間に、さっきとは比べものにならない数の裂け目が出来て……その中からは先ほどより頑丈そうな銃口が無数に飛び出して来ました。
「さぁ……長ったらしいお喋りは終わりですー。行きますよー、コスモピース」
……タカヤがもう一度コスモピースの力で皆を守ろうとするのを見て、イルクマは淡々と声をかけます。
「……今、防いだって無駄ですよー? アナタが私の元に来るまで、私は何度でもここを……アナタの大切なものを攻撃しますー。でもー……もし、アナタが私の元へ来るなら、もうここには二度と関わりませんー、約束しましょうー」
「……それは、本当ですか」
赤と青の星々が浮かぶ、どこまでも黒い瞳を……タカヤはイルクマへ真っ直ぐ向けました。
「ええー、本当ですともー。嘘を吐いても私に利益がありませんからー」
「……そうですか」
タカヤはいつものように笑うと、コスモピースの力を解いて……一歩一歩、イルクマへと近づいて行きます。
「待ってタカヤ! ダメだよ!」
ショースケを筆頭に、皆がタカヤの元へ向かおうとしますが……無数の銃口が一斉に狙いを定めて来て、身動きが取れません。
「邪魔しないでくださいー。動いたらアナタたちの頭無くなりますよー?」
……タカヤがイルクマの細い腕を取ろうとした、その時。
「すいません遅れましたーっ!」
部屋の扉がバーンと開いたかと思うと……ヒカルが汗だくで、息を切らして入ってきました。
「思ったより仕事が長引いちゃって……ってえぇ⁉ 何これ、どういう状況⁉」
部屋中に出来た空間の裂け目にヒカルが動揺していると……
「もう、ヒカル速いわ? 置いていかないで」
その後ろから、エイギスがコツコツと足音を鳴らして入ってきました。
すると……
「エイギス……?」
イルクマが目を見開いて、ポツリと呟きました。
……部屋中に現れていた空間の裂け目が全て、みるみるうちに閉じていきます。
「あら? 貴方、ワタシの名前を知ってるの? まぁ! 何だかワタシに似た姿をしているのね、嬉しいわ!」
エイギスは嬉しそうに、イルクマと、その隣に居るタカヤの元へと歩みを進めました。
「……どうして、アナタがここにいるんですー……?」
震えた声で、イルクマは尋ねます。
「えっと……ワタシは宇宙警察だからここにいるのよ? ねぇタカヤ、この方は知り合い?」
「ええと……俺も今日初めて会いました」
エイギスとタカヤが話すのを見たイルクマは……長い首を力無く垂れました。
「……エイギス?」
「なぁに? そうだ、貴方の名前が聞きたいわ。教えてくれるかしら?」
「……そうでしたねー……私は、イルクマですー。エイギス……アナタにとって、そのコスモピース……地球人は、大切な存在なのですかー?」
「タカヤのこと? もちろんよ!」
エイギスは長い睫毛を揺らして、幸せそうに笑いました。
「タカヤはね、ワタシのコンビのヒカルの弟なの! それでね、とっても優しいのよ。ワタシ、タカヤのこと大好きなの!」
「……そうですかー。記憶が無くなってもー……エイギスは、少しも変わりませんねー」
イルクマは愛おしそうに、そして……泣き出しそうに目を細めると……急に肖造の方を向きました。
「そこのアナター……肖造、でしたっけー? ……ここに資源は揃っていますかー?」
「……は? 資源?」
ぼんやりと二人の様子を見ていた肖造は、あまりにも突然問いかけられて気の抜けた声を出してしまいましたが……イルクマはお構いなしに喋り続けます。
「コスモピースをもう一つ同じコスモピースで相殺する……良い考えですが、それは不可能ですー。私が作ったコスモピースは力を作り出して放出するためのものー……もし相殺するのなら、力を吸収することに特化した新しいコスモピースが必要ですー。そしてそのコスモピースなら……惑星トリスタルの材料が無くても作り出せるかも知れませんー」
……周囲は急なイルクマの態度の変化について行けません。
「え、えーっと……一体どうしたんだ?」
タカヤたちを守るように前に立ったライトが首を傾げていると……イルクマはこの上なく不満げにライトを見下しました。
「わからないんですかー? アナタ、相当頭悪いですねー」
「あ、頭悪い⁉ 何だお前失礼だな! さっきみたいにまた引っ張って、そこら中を引き摺り回してやろうか⁉」
勉強だけは良く出来ると思って生きてきたライトです、今までそんなことは言われたことがありませんので……うっかり口が悪くなってしまいます。
「あーやだやだー、野蛮ですねー……全く仕方ないー。理解が追いついてないようなので、わかりやすく話してあげましょうー」
イルクマは気怠そうに、長い首を揺すりました。
「アナタたちの目的は、この地球人からコスモピースを取り出すことー。そして私の目的は、コスモピースを完全に消し去ることー……その両方は、エネルギーの吸収に特化した新しいコスモピースを作り出すことで叶えることが出来ますー。つまりー……この私がアナタたちごときに協力してー、新しいコスモピースを作ってやってもいいと言ってるんですー!」
……時が止まったように静かになった部屋の中で、肖造が一番に口を開きました。
「それは……本当か?」
「何で私がこんな恥ずかしい嘘を吐かなくちゃならないんですー?」
プライドの高いイルクマはいたく不機嫌です。
「しかしー……私の方に揃っている材料は一割にも満たないのでー、アナタたちに残りの材料は全て集めてもらいますー。いいですねー?」
「ねぇ諄弌……? これって……そういうこと、よね?」
「ああ、春子。つまり……タカヤのコスモピースを取り除くことが出来るんだ……!」
「本当……? 夢じゃ無いのね……!」
「ヒカル君! 聞いた⁉ タカヤ君が助かるんだよ!」
「うん、ライトお兄ちゃん! 良かった、良かったよ……! えーん……エイギスぅ……」
「もう、ヒカル泣かないの。でも……泣いちゃうほど、嬉しいことなのね」
「ねぇツバサ? 僕よくわかんないんだけど……タカヤのコスモピースが無くなるってことは、タカヤがあの時みたいに、コスモピースの力で危ない目に遭うことが無くなるってことだよね?」
「ソウイウ コト ダネ ショースケ!」
「それってすっごくいいことじゃん! やったー!」
各々が喜びの声を上げている中……イルクマが左目のレンズに触れると、目の前の空間が大きく裂きました。
空間の中には虹色のモヤが広がっています。
「私は一度オラブ星の研究室に戻って道具や材料を持ってきますねー……はぁ面倒くさいー。でも仕方が無いですねー……エイギスのためですー」
「それはワープ装置か?」
肖造が興味深そうに覗き込みました。
「そうですよー。まぁ簡単な作りなんで、丈夫なトリスタル星人……私とアナタしか使えませんがねー。おっとそうだー」
モヤの前で足を止めたイルクマは突然、体をぐにょぐにょと変形させると……中性的な地球人へと姿を変えました。
栗色のやわらかそうな髪に、紫の垂れた瞳。そして左目の前には、変身前と同じ透明なレンズが浮いています。
そして肖造を真似したのでしょう、白衣を着ているのですが……随分と適当に真似たのか、袖から手が出ない程オーバーサイズです。
「向こうでは誰にも会わないでしょうしー……ここではこの姿の方が目立たなくて済みそうですからねー。じゃあ、いってきますー」
大きな大きなあくびをして、イルクマはモヤの中に消えていきました。
****
「ねぇねぇ、じーちゃん⁉」
ショースケは直ぐさま肖造に抱きつきます。
「じーちゃんってトリスタル星人なんでしょ⁉ あのトリスタル伝説の!」
トリスタル伝説。
惑星トリスタルには無限の命を持った生物が住んでいて、超高度な文明が栄えていたと。
……そしてその生物と文明はある日、突如として消えてしまったという話です。
「え⁉ 肖造さんトリスタル星人なの⁉」
その場に居なかったヒカルとエイギスはびっくりです。
「そうじゃよ、ほれ」
肖造はぐにょぐにょと、イルクマと同じトリスタル星人の姿に変身しました。
「まぁ……! 肖造もワタシと似た姿になれるのね、嬉しいわ」
「そうじゃろうエイギス。しかし……この体疲れるからのー、また気が向いたら変身してやるわい」
そう言うと、肖造はすぐに見慣れた地球人の姿に戻って肩を回します。
「ねぇ、じーちゃんそれよりっ! じーちゃんがトリスタル星人ってことは……僕も、もしかしてトリスタル星人⁉ 不老不死だったりする⁉」
「いや、地球人じゃけど」
キラッキラの目を向けてきたショースケに対して、肖造は冷静に言い放ちました。
「ショースケの父さんのショータは、ワシが完璧に地球人に変身してたときの子どもじゃからな。おそらく完全な地球人じゃよ……まぁ多少、頭脳は受け継いどるみたいじゃがな」
「えー……なんかショック」
ショースケはどんよりと肩を落とします。
「おお、そうじゃ。ワシ、ライトの母さんとは本当の兄妹じゃないが……そういうところも考えて完璧に変身しとるからのう、ライトとショースケの血縁関係はあるぞい」
肖造はあっけらかんと笑いました。
「いや、そこはどうでもいいけど……」
「どうでもいいとか言わないでくれよショースケ君、大事なことだろ⁉ ……あれ、ところでタカヤ君は?」
ライトは部屋中を見回しますが……タカヤの姿は見えません。
「ああ、タカヤなら……さっきトイレに行くって部屋を出たよ?」
ヒカルは喜びを抑えられないのか、口角が緩みきったまま答えます。
「それにしても本当によかった……父さんと母さんが頑張ってくれたおかげだよ! ありがとう!」
「いや……ヒカルや皆が支えてくれたおかげだ。なぁ春子?」
「うん。それに……イルクマさんはエイギスを見て考えを改めてくれたの、二人が来てくれなかったら本当に危なかったわ」
春子の言葉に、エイギスは長い首を曲げて俯きました。
「そうなの? ……やっぱりワタシはあの人のこと思い出せないから、何だか申し訳ないわ。ヒカル、どうしたらいいと思う?」
「まぁ……思い出すことがあったら、その時に改めて話したらいいんじゃないかな?」
部屋には、温かい、幸せな時間が流れていました。
こんなにも希望に満ちあふれた気持ちは……とってもとっても久しぶりでした。
****
「タカヤ ヘン ナノー。オウチ デ トイレ ナンテ イッカイモ イッタ コト ナイ ジャナイ」
「あはは……行くこともあるんだよ」
「エー?」
タカヤはツバサを抱えたまま、真っ白な廊下を歩いて行って……これまた白い扉の前で止まりました。
「じゃあ行ってくるから。ツバサはここで待ってて」
「ハーイ。ハヤク モドッテ キテネー」
ツバサは三本の触覚をふわふわ揺らします。
それに答えるようにタカヤは右手を振って……扉をくぐって後ろ手で鍵を閉めました。
ここはトイレでは無く……タカヤがコスモピースの力を手に入れた部屋です。
隅にあるベッドへと歩いて行って……タカヤはその上に腰掛けました。
コスモピースの力を使って皆の役に立つこと。
そして……もう一つのコスモピースと相対して、それを壊して、この宇宙の平和を守って消えること。
それが、自分の役目だと思っていました。
空っぽな、大嫌いな自分に残った、たった一つの希望でした。
……でも、壊さなければならないコスモピースなんて……役目なんて最初から存在しなくて。
そして……
「この力が……無くなる……?」
心臓がバクバクと音を立てて、目の前が真っ暗で。
頭が、ひどくクラクラします。
「ネェ タカヤー? マダー?」
……ツバサが外から扉を叩く音で、タカヤはハッと気がつきました。
「あ、ごめんごめん。今行くよ……」
立ち上がって、いつものように笑おうとして……
何故でしょう、上手く笑えません。
「タカヤー? ドウシタノー?」
「ごめんツバサ……やっぱりもうちょっと待って」
もう一度ベッドに腰掛けたタカヤは両手で顔を覆いました。
ズキズキと胸が痛くて……どうしようもなく苦しくて。
(……何も無い俺に、戻るのか……?)
(そんなの嫌だ)
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