第24話 コントローラー A+B+Y+SS
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九月に入り、二学期が始まったばかりの時目木小学校四年生の教室。
一時間目が終わった休み時間に、ショースケとレンは後ろの壁に掲示されたみんなの自己紹介のプリントを見ていました。
「へー、タカヤってハンバーグが好きなんだ。知らなかった、レン知ってた?」
「知ってる、前も一回そうやって書いてたからな! まぁ、オレとタカヤは付き合いが長いからなー?」
……レンが何故か勝ち誇った顔を向けてくるので、ショースケは少しカチンと来て妙に張り合いたくなってしまいます。
「ふ、ふーん? まあ僕は? 夏休みにタカヤの手作りアイス食べたけどね? レンは食べたことあるの?」
「はぁ⁉ オ、オレは手作りクッキー食べたことあるぞ!」
「僕だってありますー! 残念でしたー、しかも手作りカレーも食べたことありますー!」
「う、うぅ……!」
二人がそうこう言い争ってる間に、廊下から窓の外の曇り空を眺めていたタカヤが教室に戻ってきました。
「二人で何話してるんだ?」
「別にー? 僕の方がタカヤに詳しいって話だよ」
ちょっと涙目になっているレンの隣で、ショースケは腰に手を当ててふんぞり返ります。
「レン? どうした?」
背の低いレンに目線を合わせるために少し屈んで、タカヤは優しく笑いかけます。
「べ、 別に何でもねーよ……ただ、その……アイスとカレー……」
「アイスとカレー? お腹空いたのか?」
「や! やっぱり何でもねーよ!」
レンが顔を赤くして、ぷいっと顔を背けると……朝から机に突っ伏したままのミオが視界に入りました。
「……おいミオ、まだ凹んでんのか? だから、次頑張ったら良いって言ってるだろ」
「え、ミオてっきり寝てるんだと思ってた。凹んでるって……何かあったの?」
ショースケがミオの背中をツンツンつついていると、近くに居たカズがその質問に答えます。
「ミオはねー、昨日あったゲームのオンライン大会で全然思ったように行かなかったんだってさ。ほらミオ、元気出してー?」
カズがミオに声をかけると……突然、ミオはガバリと顔を上げて目を見開きました!
「下Aからの上B! 間合い調整からの上Y、そこで必殺技のスペシャルスマッシュ!」
そう叫んだミオは、机の中から次の授業で使う算数のノートを引っ張り出して……算数とは全く関係ないであろう何かを書き殴ります。
「そうだ、相手のキャラは技を出してから次のモーションに移るまで時間があるんだから、その間に距離を詰めてA攻撃連打からのガード割り! ……でもそうしたら向こうが」
……めちゃくちゃ早口でまるで呪文のように唱えるミオに、みんなが唖然としていると……
「あー! これじゃまだダメかー!」
ミオはまた机に突っ伏してしまいました。
……どうやら頭の中で行ったゲームのシミュレーションが上手くいかなかったようです。
「な、なんかよくわかんないけど大変みたいだね……」
「そうなんだよショースケ。ミオはこうなると長いから、温かく見守ってあげてね」
カズがへにゃりと笑うと……レンとタカヤは見慣れているのか、うんうんと強く頷きました。
****
さてさて二時間目終わりの休み時間、トイレから教室へ戻る途中の廊下。
「うーん、相手の滞空時間がおれのキャラより長いんだから……」
……ミオは一人で歩きながら、まだブツブツと呟いてゲームの対策を考えています。
「待てよ? 相手のスペシャルスマッシュは距離の判定が厳しいから……つまり回避した後のダッシュ攻撃、でっ⁉」
さっぱり周りなんて見ていなかったミオは、何かに正面から思い切りぶつかってしまいました。
「いたたたー……って、あれ?」
ミオはやっと前を向きましたが……目の前には何もありません。
「んー? おれ何にぶつかったんだろ……まぁいいか、えーっと……それで相手は」
頭の中がゲームでいっぱいのミオは、また考え事をしながら歩き始めましたが……今度は足下にある何かを強く蹴飛ばしてしまいました。
ミオが蹴飛ばした何かは、カラカラと音を立てて廊下を転がり……壁に当たってようやく止まります。
「うん? 何か蹴っちゃったー……ってあれ、もしかして……コントローラー⁉」
パタパタと駆け足で、ミオは先ほど蹴飛ばした何かを拾い上げました。
楕円形の平べったいボディにはスティックやボタンが付いていて、ミオが普段遊んでいるゲームで使うコントローラーにとってもよく似ています。
「よかったー、傷とかは付いて無いみたい……でも、何のゲームのだろ? わかんないけど、学校にコントローラーを持ってくるなんて勇気のある子がいるもんだねー」
ミオがニヤニヤ笑っていると、コントローラーから何やら音が鳴りました。
『ニョロニュルーンニョニョ』
「わ、何か鳴った。変な音ー……」
キョロキョロと辺りを見回したミオは、誰もいないことを確認すると、握ったコントローラーへと視線を戻します。
「……誰のかわかんないけど、ちょっとくらい触ってもいいよねー?」
ミオはそのコントローラーを、慣れた手つきでカチャカチャ触ってみました。
下Aからの上B……間合い調整して、上Yからのスペシャルスマッシュ。
ああ、このプレイが昨日のオンライン大会で出来ていたなら!
ミオがため息を吐くと、またコントローラーから音が鳴りました。
『パッポニョロニュルーン』
「わーまた鳴った……ふふ、やっぱり変な音―!」
何だか楽しくなってきたミオが、そのままガチャガチャとコントローラーのボタンを押しまくっていると……
「ん? 待てよ……あの場でジャンプ回避からの横B攻撃に移れば!」
どうやら、ゲームのいいアイデアが浮かんだようです!
「うーん、やっぱり頭だけで考えるより、コントローラーを触ってる方が浮かびやすいねー……おっと、そうだ。このコントローラーは先生に見つかったら没収されちゃうだろうし、ゲームが好きな同士のためにも隠しておいてあげないとねー」
ミオは男子トイレの手洗い場の下の棚、しかもその一番奥にコントローラーらしきものを置きます。
そしてさっきより上機嫌に、またブツブツと考え事をしながら教室へと戻って行きました。
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「ねぇねぇ、運動場でキックベースしない? まだギリギリ雨降って無いし!」
賑やかな昼休みの始まりと共に、クラスメイトのすぴかがショースケたちに声をかけました。
「いいね、やるやる! みんなもやるでしょ?」
ショースケが尋ねると、タカヤとカズとレンが頷きます、が……
「うーん、さっきのアイデアだと火力は出るけど隙が出来ちゃうからー……やっぱりY攻撃からダッシュ……いやでもそれだと」
ミオは机に突っ伏して、まだブツブツと何かを呟き続けていました。
二時間目終わりの休み時間、嬉しそうに教室に戻って来たと思ったのも束の間……どうやらまたシミュレーションは難航しているようです。
無理に話しかけても返事は返って来ないでしょうから、ショースケはそっとしておきます。
「えーっと……ミオは……無理そう、かな」
「わかった、じゃあ四人参加ね! ボールと場所取っとくからすぐに来てねー!」
すぴかはピョコピョコと両手を振って、一足先に運動場へ行ってしまいました。
「しかしミオはずっとあんな感じだね、一体いつ戻るの?」
二階から一階へ続く階段を下りながら、ショースケはちょっと不満気です。
「んー、三日ぐらいしたら治まるんじゃねーの」
一段飛ばしで階段を下り切ったレンは、面倒そうに答えました。
「三日⁉ 三日もあのままなの⁉」
「ミオは一つ気になることがあると、ずーっとそればっかりになっちゃうからね。ぼくらは今まで何回も見たことあるから」
カズはニコニコと笑顔を浮かべます。
「ふ、ふーん……そういうもの、なんだー……」
ショースケはいまいち納得がいかないまま、四人は下駄箱前の外廊下にやって来ました。
湿った少し強い風を体に受けながら、上履きを脱いで運動靴に履き替えます。
「天気ちょっと悪くて良かったね、晴れてたら暑過ぎるくらいだもん!」
一番に靴が履けたカズは、元気に運動場へと走って行きました。
「おいカズ待てよ……全く、カズは子どもだよな」
どの口が言っているんだという感じですが、レンは呆れた様子です。
「さ、タカヤ行こうぜ……タカヤ? どうしたんだよ、外庭の方見て」
「えーっと……花が綺麗に咲いてるなーと思って!」
いつも通りの笑顔を浮かべながら……タカヤはレンからは見えないように、隣のショースケのお腹をつつきました。
「わひゃっ⁉ 何すんのタカ……」
……タカヤは眉をぎゅっと吊り上げて、ショースケにとにかく外庭の方を見るよう目配せして来ます。
何だ何だと、ショースケは軽い気持ちで外庭の方を向いて……先ほどたくさんおかわりして、お腹いっぱい食べた給食が出そうになるほど驚きました。
だって緑がたくさん植えられた外庭にある岩の上には……もの凄く見覚えのある真っ赤なETが寝転がって居るではありませんか!
真っ赤なETはタカヤとショースケの存在に気が付くと、ボロボロ泣きながら長い鼻をブンブン振り回します。
「わー! タカヤ隊員とショースケ隊員ー! もう大変なんです、助けてくださーい!」
……ショースケはゆっくり、視線をレンへと戻します。
「ぼ、僕……教室に忘れ物? しちゃった、かもー……」
「は? 忘れ物って……そもそもキックベースするのに何がいるって言うんだよ」
レンの言うことはもっともですが、こうしている間にも外庭のETはウニョウニョとこちらへアピールを続けています。
ショースケがここから離れる方法を必死に考えていると……先にタカヤが動きました。
「そういえば……俺、先生から学級委員として頼まれ事をしてたんだった。ごめん、行かないと」
「え……じゃあ、一緒に遊べねーの?」
レンは露骨にしょんぼりとします。
「うん……だからさ、レンから皆に、俺は来られなくなったって説明しておいてもらえないかな? レンにしか頼めないんだ、お願い」
「しょ、しょーがねーな……今回だけだぞ?」
タカヤに真っ直ぐ見つめられて、レンは恥ずかしそうに目を逸らしながら頷きました。
それを横から見ていたショースケは……
「ぼ! 僕も僕も!」
「何だよショースケ。まさかショースケまで用があるとか言うんじゃねーだろうな?」
……正しくそう言いたかったのですが……レンはめちゃくちゃ疑っているみたいです。
「どうせタカヤと一緒に居たいだけだろ。ほら、運動場行くぞ」
「待って待って違うんだ! えーっと……そう、トイレ!」
「トイレぇ?」
「うん! あの、すっごく時間かかりそうな予感がするからキックベース出来ないかも! も、漏れそうだからもう行くね⁉」
ショースケはバタバタと走って、来た道を戻って行きました。
「なんだアイツ。そういえば……今日、学校休んだ洋平の分の牛乳まで飲んでたな。腹壊したのか?」
「あ、あはは……そうかもな。じゃあ俺も行ってくるから。レン、ショースケの分の伝達も頼むな」
タカヤはこれ以上怪しまれることが無いよう、ショースケが向かった方とは逆方向にある階段を登って行きました。
****
ポスエッグのテレパシーを使って二階で落ち合ったタカヤとショースケは、体にキラキラ粉をかけてから外庭へと向かいます。
「あ! タカヤ隊員、ショースケ隊員……よかった戻ってきてくれたんですねー! ぐへへ……また会えて嬉しいですー」
真っ赤なETは短い六本の足を揺らして、泣きながらもニヤニヤ笑っています。
「戻って来てくれたじゃ無いでしょ! 何でここにいるの⁉ 前に散々もう来たらダメだって言ったじゃん!」
ショースケがぷんぷん怒って指をさした先のET……ローナグ星人は、超が付くほどの宇宙警察マニアでその愛のあまり、数ヶ月前ここ時目木小学校の男子トイレに忍び込んで騒ぎを起こした張本人です。
「そもそも君! あまりにも宇宙警察に対する問題行動が過ぎるってことで、この町に来ちゃダメって言われたんじゃなかったの⁉」
「た、確かに特急こすもに乗ったらダメって言われたんで……今回はちゃんと、レンタルUFOでここに来ましたよ! ふふ……出費が痛かったですけどね……」
特急こすもは他の交通手段に比べて、圧倒的にお安く地球に来ることが出来ます。
「何それ! うぅ……早く宇宙警察にはUFOやワープ装置での移動も取り締まれるようになって欲しいよ……」
苦い顔をするショースケを見ながら、ローナグ星人は嬉しそうに長い体を振っていましたが……途端に思い出したように焦り始めました。
「って、それどころじゃないんですー! ボクの遠隔操作カメラが大変なんです!」
「遠隔操作カメラって……学校の周りを飛んでいたあれですか?」
「え、タカヤ知ってるの?」
ショースケはそんなこと一言も聞いていません。
「うん、廊下側の窓から見える空を飛んでたんだよ。ちゃんとキラキラ粉も使ってるみたいだったし、ETさんたちの観光道具だと思ってショースケにも言ってなかったんだけど……あなたのだったんですね」
「そうです! 学校でのお二人の様子を盗撮してコレクション……じゃなくて、地球勉強の一環としてデータを集めていたんです!」
「ねぇタカヤ、今この人盗撮って言ったよ⁉ もうやだー! 本部にはもっと厳しく取り締まってって言っておくからね!」
……とりあえず話の続きを聞きましょう。
「それで、どうして大変なんですか?」
「実は遠隔操作カメラのリモコンを無くしてしまったんです。しかも、そのリモコンが誰かにめちゃくちゃに操作されてしまったみたいで……ボクの遠隔操作カメラが暴走しているんですー! ほら、あれ!」
ローナグ星人は長い鼻で遠くの空を指しました。
曇った薄暗い空を、サッカーボールくらいの大きさのドローンのような機械が、それはそれは結構なスピードで飛んでいます。
「わ! 何あれ……どうやったら止まるの?」
「リモコンを見つけ出して、後ろに付いている赤いボタンを押せば止まると思います。停止のためのパスワードは設定していませんから。それで、その……リモコンの場所なんですけど……」
たくさん付いた小さな目をパチパチさせながら、ローナグ星人はチラチラとショースケの方を見ます。
「……何、まさか……また学校に侵入して、学校の中で落としましたーなんて言わないよね?」
「そ、そのまさかです……しかもリモコンにはキラキラ粉をかけるの忘れてましたー……」
「はい⁉」
「わーすみませんすみません! どうしてもカメラ越しじゃなくて、この目でお二人のことが見たくなってー! まぁ結局……見に行こうと思ったら地球人にぶつかっちゃって、慌てて逃げたんですけどね」
「はぃいいい⁉ ちょっと君何してんの⁉」
「大丈夫です! ボク自身にはキラキラ粉を使っていましたから見えていません! そ、それに向こうが悪いんです。ボクは避けようとしたけど、相手は全然前を見てなかったみたいでぶつかって来られたんですー!」
「ダメって言ってたのに侵入した君が悪いに決まってるでしょ! ど、どどどうしようタカヤ! 大変なことになってるよ!」
「ああ、そうみたいだな。まずは急いでそのリモコンを探そう」
タカヤが瞳を光らせてコスモピースの力を使おうとするので……ショースケは大慌てで、ポケットの中のエッグロケットを握ってテレパシーを送ります。
(待った待った! 使っちゃダメだよ、この間あんなことになったの忘れたの⁉)
(あはは、大丈夫だよ。最近調子いいんだ)
(お願いだからやめて⁉ 僕、本当にトラウマなんだから!)
(そこまで言うなら……でも、それならどうやってリモコンを見つけ出すんだ?)
(う、それは……僕の探知機を使ってみるとか?)
二人が考えていると……突然、遠くの空に浮かんでいた遠隔操作カメラがスピードを上げて、こちらの方向へ飛んでくるではありませんか!
そして遠隔操作カメラはそのまま、小学校の運動場へと入って行きます。
「まずい! 誰かにぶつかったりしたら大変だ、ショースケ行くぞ!」
タカヤとショースケは全速力で外庭を後にしました。
****
広い運動場ではたくさんの生徒たちが楽しそうに遊んでいます。
「遠隔操作カメラは……あった、あそこだ!」
タカヤが指をさした先の空は……ちょうどクラスメイトたちがキックベースをしている真上です。
「うわ、結構近いところ飛んでる……もう雨も降り出しそうだし、みんなに声をかけて運動場から離れてもらった方がいいね!」
ショースケはエッグロケットを操作すると、自分とタカヤの体に専用の薬をかけて、キラキラ粉を落としました。
さて、みんなに声をかけに行こうと運動場に一歩踏み出した……その時です。
真っ直ぐ飛んでいたはずの遠隔操作カメラは、なんと急に進行方向をグルリと変えて……あろうことか下へ向かって飛び始めました!
その軌道の先にいるのは……
「ショースケ! ごめん、後頼む!」
タカヤは瞳を輝かせてコスモピースの力を瞬時に発動させると、目にも止まらぬ速さで飛び出します。
そのままファーストベースを守っているレンのもとまで行くと、その体をぎゅっと抱き寄せて……遠隔操作カメラはその横をギリギリ掠めた後、今度は山の方へと飛んで行きました。
「……へ? タ、タカヤ⁉ どどどうしたんだよ!」
突如現れたタカヤに、レンはもう大パニックです!
タカヤはすぐにコスモピースの力を解くと、困ったように笑って見せました。
「あはは、えーっと……」
「あれ、タカヤ何でそんなところにいるの? さっきまで居なかったよね?」
セカンドベースに立っているカズも大きく首を傾げます。
周りにいるクラスメイトたちもザワザワと騒ぎ始めました……急がなくては!
ショースケは慌ててエッグロケットからクラッカーのようなものを取り出して、そこに付いた紐を思い切り引っ張りました。
大きな大きなパーンッという音が、運動場中に響きます。
生徒たちが皆、その音に気を取られている間に……ショースケはお腹から声を張り上げて叫びました!
「わー! 飛んできたボールがレンに当たりそうになってたんだよー! 偶然通りかかったタカヤが助けてくれて良かったねー!」
声の出し過ぎでショースケはゲホゲホと咽せてしまいましたが……多分これで大丈夫なはずです。
……ショースケの言葉を聞いたカズは、ニコーッと笑いました。
「そっか! そうだったねショースケ!」
鳴らしたクラッカーは、ショースケの最新の発明品です。
音を聞いた人たちの、音を聞く前の数秒間の記憶を書き換えることが出来る仕組みになっており、つい先日タカヤに自慢しまくったばかりです。
なんとか上手くいったようで……ショースケはその場にペタリと座り込みました。
「な、なぁタカヤ? それはわかったけど……いつまで、その……」
まだタカヤに抱きしめられているレンは、耳まで真っ赤にして爆発寸前です。
「あっ、ごめん。レンに怪我が無くてよかったよ」
タカヤはさわやかに振舞ってレンを離すと、空から一滴、ポタリと雨が落ちてきたのを見上げました。
「俺まだ用事の途中だから行くな。みんなも雨が降り出したから教室に戻った方がいいよ、それじゃあまた!」
そう言って、校舎へと向かって走って行きます。
「あ……ぼ、僕もまだお腹痛いから! それじゃあねー!」
ショースケもそれを追うため、クラスメイトたちにブンブン手を振りました。
****
「もうタカヤ無茶し過ぎだよ! 僕がなんとか誤魔化せなかったらどうするつもりだったの⁉」
ぷりぷり小さく文句を言いながら、ショースケはタカヤに付いていきます。
「ごめんごめん。でもショースケなら、この間見せてくれた発明品を使って何とかしてくれると思ったんだよ。ありがとう」
「な……何それー! もー、しょうがないなー。やっぱり僕がいなくちゃダメだねー!」
何だかすごく頼られている気がしたショースケはもうニヤニヤが止まりません。
「ところで、僕たちどこへ向かってるの?」
「四階の端っこ、図工室の前だよ」
「え? 何で?」
「そこにローナグ星人さんのリモコンがあるって……えーっと、さっきコスモピースの力を使ったときに、ついでに……調べて……」
……隣のショースケからもの凄い圧を感じるので、タカヤはわざと逆方向の窓の外を見ながら話を続けます。
「ほ、ほら! 力を使っても大丈夫だっただろ? そんなに気にしなくても……」
「今回は、大丈夫だっただけでしょ⁉ 大体タカヤ、コンビ組んですぐの頃はコスモピースの力はあんまり使わないって言ってたくせに、最近何でも使いすぎじゃない? またあんなことになったらどうするの⁉」
「だって使った方が便利だろ? それに俺、一人でやってる特級の仕事のときは普通に使ってるし。何とも無いよ?」
「何ともあったから言ってるんでしょ⁉ もー……特級の仕事のときは仕方ないのかもだけど、僕と居るときはもう使ったらダメだからね!」
「んー……出来るだけ頑張るよ」
あの日を思い出してちょっと泣きそうなショースケの横で、タカヤはいつもより少し、申し訳なさそうに目を細めました。
四階まで階段を上がって、人通りの無い静かな廊下の角を曲がると……
「ん? 見て、タカヤ。誰かいるみたい……ってあれ? あれって……」
廊下の一番端、技術室の前には……小さく体育座りをしているミオがいました。
「……やっぱりコントローラーを実際に操作してると良いアイデアが浮かんで来るねー。誰のか知らないけど、後でちゃんと返せば大丈夫だよね……えーっと、小ジャンプからの……」
……ここからはよく聞こえませんが、何かを触りながらブツブツ喋っているようです。
「ミオー? そこで何してんのー?」
ショースケが大きな声で呼びかけると、ミオはビクッと大きく体を震わせて、何かを背中の後ろに隠しました。
「あ、あれー? ショースケとタカヤじゃん、偶然だねー……」
「ミオ、今何か隠した? 見せて見せてー!」
そう言ってショースケが背中側を覗き込んだため、ミオは咄嗟に隠した物をお腹側に回しましたが……当然、前にいるタカヤからは丸見えになってしまいました。
もちろん隠していたのはコントローラー……もとい、ローナグ星人の落とし物であるリモコンです。
「こ、このコントローラーはおれのじゃなくてー……その、落ちてたからちょっと出来心で借りちゃったんだよー。後で元の場所に戻すからさ、先生やみんなには言わないでくれない?」
ミオは目線をキョロキョロさせて、一生懸命言い訳を探しているようです。
「なぁミオ。それ、俺にもちょっと触らせてくれないか?」
「え、いいけどー……タカヤがこういうのに興味持つなんて珍しいねー」
リモコンをミオから受け取ったタカヤは、すぐにそれを裏向けて……真ん中にある赤いボタンを押しました。
これで暴走していた遠隔操作カメラはとりあえず止まるはず……だったのですが!
ピーピーピーピー!
突然、リモコンから警報音が鳴り始めました。
「わわっ、なになに⁉」
ショースケは音が鳴り響くリモコンをタカヤから受け取って、少しでも音を小さくしようと着ている制服のポロシャツで包みます。
「こんな音してたら先生が来ちゃう! 早く止めなきゃ!」
何度も赤いボタンを押してみますが……音は止まる気配がありません。
すると、リモコンから宇宙公用語の音声が聞こえました。
『遠隔操作カメラの運転を停止するにはパスワードが必要です。パスワードを入力してください』
さあ困りました、ローナグ星人さんはパスワードは設定していないと言ってたのに!
タカヤとショースケがオロオロしていると、ミオが口を開きました。
「あ、またその音だ。なんかニョロニョルーンみたいな音たまに鳴るよねー」
……宇宙公用語がわからないミオには、『パスワード』の部分がそう聞こえるようです。
「ミオ、この音聞いたことあるのか?」
「うん、あるよー? おれがそれを拾ったときに鳴ってたんだよー、なんかこう……ニョロニュルーンニョニョ、みたいな感じで。あ、あと……おれがいくつかボタンを押した後も鳴ってたかな? その時は、パッポニョロニュルーンみたいな……何か変な音だったから覚えてるよー」
警報音はまだ鳴り続けており、心なしか階段の下が騒がしくなって来た気がします。
「ね! ねぇミオ! その時、どのボタンを押したの? ちょっと今、同じボタンを押してみてくれない⁉」
ショースケはミオに、お腹の下に入れていたリモコンを押し付けました。
「え、何でー?」
「そ……それを入力すれば、音が止まる気がするから! 早く!」
おそらく……ミオの聞いた一回目の音は『パスワードを設定してください』、二回目の音は『パスワードの設定が完了しました』です!
「え、えー……? 何て押したっけ? えーっと……」
ミオがカチカチとボタンを押すと……警報音は一段と大きくなりました。
『パスワードが違います』
「ショースケー? なんかうるさくなったよー?」
「違うみたい! 別の入力して!」
「えー?」
またミオがカチカチとボタンを押して……するとまた警報音が大きくなります。
『パスワードが違います』
「またうるさくなったー! おれ、どこ押したっけー⁉ うーんと、うーんと……」
……誰かが階段を上って来る足音が聞こえました。
ショースケはズボンの中のエッグロケットを握って、テレパシーを送ります。
(タカヤ! まずいよ、人が来る! 一旦ミオにもキラキラ粉をかけて見えなくして、後で本部にミオの記憶を何とかしてもらおうよ!)
(仕方ないか……これ以上、地球外物質に関わる人を増やす訳にはいかないもんな)
「なぁミオ、ちょっとだけ下を向いててもらえるか? この粉は吸い過ぎると良くないから」
タカヤがキラキラ粉を使うため、ポケットからエッグロケットを取りだそうとした……その時!
「下、した……? あぁーっ!」
ミオは途端にガチャガチャとリモコンを操作し始めます。
「思い出した! 下Aからの上B、間合い調整して上Yからのスペシャルスマッシュだ!」
目にも止まらぬ高速で動いてたミオの指が止まると……
『パスワードが入力されました。遠隔操作カメラの運転を停止します』
鳴り響いていた大きな警報音はピタッと止まって、下の階の生徒の笑い声が聞こえるほど周囲は静まりかえりました。
そこへちょうど、廊下の先からタカヤたちの担任である琴子先生がやって来ます。
「君たちか。何かすごい音がしてたから来たんだけど、どうかした?」
……ショースケとミオが慌ててリモコンを隠そうと背中を向けている間に、タカヤが一歩前へ出て、ポケットから防犯ブザーを取り出しました。
「ごめんなさい、俺の防犯ブザーが間違えて鳴っちゃって。お騒がせしました」
「ああ、そういうこと! びっくりしたよ……そうだ、もうすぐチャイムが鳴るから掃除場所へ移動しなよー」
琴子先生は三人に明るく笑いかけると、階段を下りて行きました。
「よ、よかった……助かったよタカヤ。没収されちゃうかと思った……」
ショースケはまた着ているポロシャツの下にリモコンを隠したようで、お腹辺りを膨らませたまま息を吐きました。
「本当ありがとうー。おれのせいで、コントローラーの持ち主であるゲーム好きの同士が困っちゃったらどうしようかと思ったー……やっぱりどれだけ悩んでても、他人のを勝手に使ったらダメだねー。反省したよ」
ミオがちょっと恥ずかしそうに頬を掻くのを見て、タカヤは安心したように笑います。
「あはは、何とかなってよかったよ」
「ところでタカヤー。おれさー、よく聞いてなかったんだけど……なんか途中で粉とか言ってなかったー?」
「え⁉ き、聞き間違いだろ! さぁ、掃除に行かないとだな!」
タイミング良く、昼休み終了のチャイムが流れ始めました。
「あ、本当だー。おれ掃除場所、四階の音楽室だからこのまま行くよー。そうだ、タカヤとショースケって一階の理科室掃除だよねー?」
ミオは膨らんだショースケのお腹辺りを指さします。
「そのコントローラーさ、二階のトイレの下の棚にでも隠しておいてよ。持ち主が探してるだろうしー」
服の下からリモコンを取り出したショースケが大きく二回頷くと、ミオは嬉しそうにへにゃっと笑いました。
「頼んだよー。じゃあおれ行ってくるねー!」
少しすっきりした表情のミオが廊下の先に消えるのを見送ってから……タカヤとショースケは顔を見合わせてニヤリと笑います。
そしてエッグロケットを操作してキラキラ粉を被ると、外庭へと急ぐのでした。
****
「ただいま」
大雨の中、学校から帰ったタカヤは雫が滴る傘を玄関に干した後、リビングへと入って明かりを点けます。
「オカエリー タカヤ オカエリー!」
二階に居たらしいツバサは、忙しなく四本の足を動かしてタカヤに近づくと、その足下をくるくる回り始めました。
「タカヤ、キョウモ ヤクソク シタ トオリ コスモピース ノ チカラ ツカワナカッタ?」
「……うーんと」
タカヤが返事に困っていると……ツバサは三本の触覚でぺちぺちタカヤのふくらはぎを叩き始めます。
「ツカッタ デショ! ボク モ ショースケ モ ダメッテ イッテルノニ!」
「あはは……今日は仕方なかったんだって。大丈夫だよ、何ともないだろ?」
「タカヤ キキカン ガ ナサスギル! ボク コマッチャウ!」
ツバサに今度はスネを叩かれながら、タカヤが部屋の中を見渡すと……固定電話のランプが光っているのに気が付きました。
あの色の光は……宇宙警察からです。
「ツバサ? 誰かから電話かかって来たか?」
「ソウイエバ ショウゾウ カラ ルスデン ガ ハイッテルヨ」
ツバサはタカヤを叩くのを止めて電話の方へ歩いて行くと、器用に触覚を伸ばして、留守電の再生ボタンを押しました。
スピーカーから肖造の声が流れ始めます。
『タカヤか。ワシじゃ……次の金曜日に、春子と諄弌が本部へ戻ってくる。その場に……お前にも居てもらいたい。学校が終わり次第、急いで本部へ来てくれんか。以上じゃ』
「ワオワオ! ネェ タカヤ、ボク モ イキタイ! ボク、タカヤ ノ カアサン ト トウサン ニ アッタ コト ナイモノ!」
ツバサが嬉しそうに触覚を揺らして飛びついて来たので、タカヤはそれを優しく抱きとめました。
「あはは、前に二人が帰ってきたときは『家族水入らずで』ってお留守番しててくれたもんな」
「ソウ! ボク ガマン シタノニ、アトデ ショースケ モ エイギス モ アッタ ッテ キイテ モウ プンプン!」
「よしよし、ありがとなツバサ。肖造さんにツバサも連れて行っていいか聞いとくよ」
「ワーイ! タカヤ ダイスキー!」
タカヤの腕の中で頭を優しく撫でられて、ツバサは大変ご満悦です。
「でも……一体何の話だろう」
そう考えた時……何故でしょう、タカヤの背中にゾクリと悪寒が走りました。
「タカヤー? ドウシタノー?」
「……いや、何でも無い。ツバサ、今日はこの後用事無いから一緒に遊ぼうか」
気のせいだと自分に言い聞かせて、ツバサを抱いたままタカヤはソファに座ります。
「ワーイ! ジャア カクレンボ シヨー?」
「あはは、ツバサかくれんぼ好きだよな。いいよ、じゃあ十秒数えるな……いーち、にー」
窓の外から聞こえる強い雨の音に負けないように……自分の中に芽生えた嫌な予感が、これ以上膨れ上がらないように……タカヤはわざと、かき消すように大きな声を出すのでした。
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