春ノ夜ノ夢ノゴトシ

秋犬

春ノ夜ノ夢ノゴトシ

 たくさんの人の流れに身を任せている。

 なんでこんなところにいるんだろう。


 そうだ。


 彼氏と喧嘩したんだ。


 推しぬいをつけたカバンひとつで飛び出してきた。

 すっぴんで眉毛ないし。

 パーカーに短パンだし。

 私バカみたい。


 とりあえず電車に乗って。

 人の多いところにやってきたんだ。

 ここはどこだろう。


「それでは一本締めで締めたいと思います!」

「じゃあカラオケ行くよォ~」


 あちこちでバカみたいに騒いでいる。

 バカなんだろうな。

 そんな輪に入れない私はもっとバカなんだろうな。


「今日開花宣言だってぇ~」

「部長ぉ~お世話になりましたぁ~!」


 ああ。

 この辺の騒ぎは送別会か。

 この前バイトをばっくれた私には全く関係ない話。

 群れて騒いで乳繰りあって。

 バカみたい。


 そういうのは大嫌いだ。


「しんど」


 私はその辺に座り込む。

 酔っ払いが何人か倒れている。

 バカみたい。

 みんなバカみたい。 


「こんなところで、どうしたの? 酔ってる?」


 びっくりした。


 目の前にすらっとした男の人がいる。

 やばい。

 犯される。


「どうでもありません、大丈夫です。ナンパならやめてください」


 私は逃げようと思った。

 でも男の人は声をかけてくる。


「ナンパじゃないよ。行くところないなら、話だけでも聞こうか? この近くに店があるんだ」


 親のいる家には帰りたくない。

 行くところがないのは確かだった。


 やばくなったら逃げればいいか。


 私は立ち上がって男の人についていくことにした。


「君いくつ? 24歳?」

「20」

「マジで? すごく大人っぽく見えるよ。学生?」


 こういう雑談大嫌い。

 しんどいしまじ面倒くさい。


 でも男の人は構わず話しかけてくる。


「専門卒です。今年卒業した」

「へえ、何の?」

「声優」

「うわー、今時っぽい! 僕の友達もVtuber目指すとか言ってるんだ」


 うざ。

 無理に話に合わせようとしないで。

 私はあんたみたいな陽キャじゃないんだ。


「ほら、着いた。さあこっち」


 案内された店を見て私はビビる。


 なにここ。

 ホストクラブじゃん。


「大丈夫だって。ちょっと店の隅借りて話すだけだから」


 すっごく豪華でギラギラしてる

 なんかたくさんの男の人が私に挨拶をしてくる。

 しかも何かいい匂いがする。


 すごい。

 なにここ。


「ヒサシさんお疲れっす」

「奥空いてる? ちょっと借りるよ」


 ヒサシさんって言うんだ、この人。


 私は店の奥の豪華そうなソファに連れて行かれる。

 すごく柔らかくてビビる。


「何飲む? カシオレ? それともカルーア? ソフドリでもいいよ?」

「ああああの、水でいいです……」


 ヒサシさんはクスっと笑った。

 そして私を置いていなくなった。


 それからしばらくして。

 すごくキレイなグラスを持ってきた。

 グラスの縁に果物とかいっぱい乗ってる。

 豪華すぎてクラクラする。


「なんですか、これ?」

「この店特製のトロピカルジュース。お酒飲めない子にも大人気なんだ」


 私はジュースを口にする。


「……おいしい」


 甘くてとてもおいしかった。


「それはよかった!」


 ヒサシさんは笑う。


「そうそう。改めまして、っと」


 ヒサシさんは名刺をポケットから取り出す。

 ローマ字で「HISASHI」と書かれてる。

 名刺はとてもキラキラして見えた。


「ヒサシさん、ですか?」

「そう。君の名前は?」

「智佳子」


 ダサい名前。

 好きじゃない。

 でもヒサシさんは笑顔だ。


「チカちゃんかあ、いい名前だね。星がキラキラしてるみたい」


 ヒサシさんはテーブルの下から光る物を取り出す。

 そしてグラスに放り込む。

 オレンジ色のジュースが一気に赤く光りだす。


「チカちゃんに似合いの、キレイなグラスになった」


 なにそれ。

 意味わかんないし。


「ほら、笑顔が似合う。チカちゃんすごく可愛いよ」


 グラスの赤い光に照らされてヒサシさんは笑う。

 私も笑う。


 いつの間にか私は泣いていた。

 私が泣き止むまでヒサシさんは私を優しく抱きしめてくれた。


「ジュース、お金払わないと」

「大丈夫、これは僕の奢り」

「でも、そういうわけには……」


 ヒサシさんはにっこり笑う。


「それじゃあ、これは君のツケってことにしておくね。今度またちゃんとお店に来て、遊んでくれたらタダにしてあげる」

「はい……」


 夢のような気分だった。


 営業時間が終わっても私はお客じゃないのでソファで休んでいていいと言われた。

 それからいろんな人に話しかけられた。

 いろんな飲み物とかもらった。

 笑わせてくれる人。

 話を真剣に聞いてくれる人。

 いろんな人がいた。

 みんな優しかった。


 始発の電車が動く時間。

 私はホストクラブを後にする。

 無理矢理お酒を飲まされるかと思ったけどそんなことはなかった。

 

 というか。

 ヒサシさんすっごく優しかった。


 私は貰ったキラキラした名刺をもう一度見る。

 もう一回くらいならお礼を兼ねて遊びにいってもいいかな。


 家に帰ると親は仕事に出かけていなかった。


 よかった。


 私は安心して眠ることが出来た。


***


 私は速攻でヒサシさんの担当になった。


 ヒサシさんは今まであった人の中で一番優しかった。


 子供の頃から大好きだったアニメの世界に入りたかった私。

 ヒサシさんは最近のアニメに詳しかった。

 お店に行くと必ずアニメの話をした。


 ホストってもっとチャラいイメージがあった。

 でもヒサシさんは声優とかにも詳しかった。

 私は本当にヒサシさんのことが好きになっていた。


 特にヒサシさんは私の推しぬいに興味を持ってくれた。

 だからバイト代全部推しのグッズがある一番くじを買い占めた話をした。


「すごいじゃん、推しの時間をお金で買ってるんだ。合理的でいい判断だ」

「そんな、私頭が良くないからこうするしかないんですよ」

「それで、推しじゃないキャラのグッズはどうするの?」

「フリマアプリで売るんです。今はそれでちょこちょこ稼いでます」


 ヒサシさんの目がキラリと光る。

 あ、私感心されたかな。


「すごいな、流石チカちゃんだ。将来すごく稼げる声優になれるよ」

「そうですかあ?」


 私の隣でヒサシさんがグラスにお酒を注いでくれる。


 すごくキラキラしてキレイなお酒。

 ヒサシさんみたいな素敵なお酒。


 ヒサシさんのおかげでお酒がおいしいことも覚えた。

 好きな人と飲むお酒ってなんておいしいんだろう。


「チカちゃんは推しに一途なんだね、そんなチカちゃんが僕は好きだよ」

「やだあ!」


 ヒサシさんは私に寄り添う。

 ふわっといい匂いがする。

 ああ。

 この時間が永遠に続けば良いのに。


「ごめん、時間だから次の子のところに行くね」

「ええ、私ヒサシさんのために来てるのに!」

「それなら僕のエースになってよ」


 エース。

 それはホストに一番多くお金を使う人のこと。


 エースになればずっとヒサシさんを独り占めできる。

 同伴もアフターもずっとヒサシさんと一緒にいれる……。


「私、エースになります」


 今はアプリで募集してるナレーションやキャラボイスの仕事を細々としてる。

 あと昼のバイトもしてなんとかホスト代を稼いでる。


 これでも足りない。

 まだまだ足りないんだ。


 どうすればいいんだろう……。


***


 それから一年後。


 また送別会の季節がやってきた。

 桜が咲いてる。

 とてもきれい。


「キララちゃん、指名入ったよ」

「わかりました!」


 私は急いで準備をして用意された車に乗り込む。

 向かう場所はラブホテル。

 そこに私のお客さんがいる。


 もう私はひとりぼっちで路上に座り込んだりなんかしない。

 これでも私は売れっ子だ。

 声優志望時代のスキルが役に立っている。

 専門学校通っててよかった。


 あれから家にはほとんど帰っていない。

 親とも顔を合わせていない。

 あいつらは私のことなんかゴミみたいに思ってるはず。

 だからそれでいい。


 今の仕事はとてもやりがいがある。

 出勤したら待機室で仮眠。

 その後指名が入れば準備をしてお仕事。

 夕方までお仕事をする。

 その後ヒサシに会いに行く。


 ヒサシの不動のエースになった私。

 ヒサシのアフターは私のもの。

 同伴もできるときはする。

 ずっと私はヒサシの時間を買っている。


 それが合理的だってヒサシが言っていたから。


「こんにちは、キララです! よろしくおねがいします!」


 キララは私の新しい名前。

 ヒサシが星みたいって言ってくれたから。

 私は新しく星に生まれ変わった。

 キラキラ流れる流れ星。

 ヒラヒラ舞い散るきれいな桜。


 ダサくてキモい私が星みたいなんて。

 本当に嘘みたい。

 でもこれは本当のことなんだ。


 今のお店の店長もスタッフも仲間もみんな私に優しくしてくれる。

 同じ推し活仲間やホスきょう仲間も出来た。

 アイドルの全国ツアーを全部追いかけるために働いている子。

 いくつも推しのソシャゲを掛け持ちして天井まで回すのに必死な子。

 私みたいに担当をナンバーワンにするためにガンガン働いている子。

 みんな頑張って楽しく生きている。


 私もヒサシみたいにお客さんを笑顔にさせるお仕事をしたい。

 私の接客でお客さんが幸せになってくれるのが私の喜び。


 そして私の生きがいはヒサシの隣にいること。

 今日のアフターはヒサシとずっと一緒にいるって約束している。

 お客さんで練習してるから今日はヒサシを満足させられるかな。

 今日は春らしく桜コーデ。

 ヒサシの隣は私じゃなくちゃダメなんだ。


***


「ヒサシさん、ナンバーワンになる秘訣ってなんですか?」

「エースを育てることだね。夢も希望もない女を見つけてくれば、結構良い感じに育つよ」

「マジすか? 金のある女にモテるとかじゃないんですね!」

「金のある女は金のある範囲でしか遊ばないし、売掛うりかけ前提の女の方がより執着しやすい。俺たちの仕事は夢を売る仕事、夢を買う女性は春を売ってくるから、春よりも欲しい夢を与えること。そんなところか」

「はぁー、勉強になります!」


***


 私はヒサシのためだけに生きている。

 大好き、ヒサシ。

 ヒサシのためなら私、死ねる。

 だって私、空っぽだもん。

 ヒサシしか愛せないの。

 身も心も全部ヒサシに捧げているんだから。


 ずっとずっと、私だけの天使でいてね。



〈了〉

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