さようなら
ジェニファーは、息を切らしながら、ほとんど人がいなくなった夜の劇場の廊下を走っていた。
「待つんだ、君に警察に駆け込まれたら、僕がジェニファーを守れなくなる。君には消えてもらう!」
マイクがナイフを片手に追いかけてくる。ジェニファーは階段を目指した。一階に下りれば、守衛室に警備員がいる。ジェニファーの視界に階段が映った。ジェニファーが階段を降りようとしたその時、マイクがジェニファーの服の袖を掴んだ。
「放してっ!」
ジェニファーは、必死でマイクの手を振りほどいた。マイクは、なおもジェニファーの腕を掴もうとする。
その時だった。天井のあたりから何か紙のような物が落ちてきたかと思うと、マイクの足下でふわりと止まった。よく見ると、それは白い封筒だった。
「ひいっ!!」
封筒に書かれた差出人の名前を見たマイクは短い悲鳴を上げた。差出人の名前は、パトリシア・ロングとなっていた。
「そんな……あり得ない……パトリシアはもう……。いや、それ以前にこの手紙はどこから……」
マイクが独り言を言い始めた。ジェニファーも思わず手紙に視線を落とし、眼を見開いた。マイクは、まるで何かに取り憑かれたかのように、視線を手紙から離さず、震える手で手紙を拾った。封を手で破り、封筒と同じく白い色をしている便箋を取り出す。便箋には、次のように書かれていた。
『ジェニファーを殺さないで』
「うわああっ!」
マイクは、大きな悲鳴を上げると、ジェニファーを押しのけ、階段をかけ下りようとした。しかし、階段を降り始めてすぐ足を滑らせ、大きな音を立てながら階段から転げ落ちていった。
しばらく茫然としていたジェニファーは、ハッと我に返り、そっと階段を下りていった。踊り場で気絶しているマイクの首元に手を当てる。どうやら生きているようだ。マイクの体が邪魔になっていたが、なんとか階段の一番下まで下りていった。
まっすぐ守衛室に向かおうとして、ジェニファーは、足下に一枚のカードが落ちている事に気づいた。マイクが拾った手紙も側に落ちている。どうやら、カードは手紙の中に入っていたようだ。
『ジェニファーへ これからも頑張ってね』
カードに書かれた文字を見て、ジェニファーの目に涙が浮かんだ。
「……ありがとう、パトリシア……!」
鏡の映像が途切れた。
「異例ではありますが、二名に宛てた手紙をお届けしました。ご満足頂けましたか」
「……ええ、ありがとう」
パトリシアは、笑顔でレイに感謝の気持ちを述べた。
「それにしても……」
パトリシアが、ふと悩むような表情を見せた。
「私が突き落とされた時、どうしてジェニファーの香水の香りがしたのかしら。」
「見てみましょうか」
レイが再び鏡に触れた。鏡に映っていたのは、ジェニファーのカバンからこっそり香水を取り出し、自分の体に振りかけるマイクの姿だった。
「私が殺された日の様子じゃないみたいね。……マイクは、いつも一人の時にジェニファーの香水をつけていたのかしら。それだけ、ジェニファーの事を愛していたという事……?」
「さあ……私には、あれは愛ではなくエゴにしか見えないけれど……。とにかく、私の仕事は終了のようですね。もう心残りがなければ、天国への道をご案内致しますが?」
「……ええ、お願いするわ」
レイの後をついて少し歩くと、目の前に大きな階段が現れた。少し霧がかっていて、階段の上がどうなっているのかは見えない。
「この階段を登れば天国に辿り着きます」
「そう……。じゃあ、私行くわ」
「来世で良い人生を」
「ありがとう……さようなら」
パトリシアは階段を上り始めた。レイは、パトリシアの姿が見えなくなるまで静かに見送った。
レイと最後の手紙 ミクラ レイコ @mikurareiko
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