豹変
「……何を言っているんだい、ジェニファー。僕がパトリシアを殺しただなんて」
マイクは、困惑した表情でそう言うのがやっとだった。
「じゃあ聞くけど、どうしてあなた、パトリシアが一旦『愛の果て』のヒロインに選ばれた事を知ってたの?」
マイクが息を飲むのがわかった。
「あなたは知らないでしょうけど、会見の前、控え室でハミルトン監督と話をしてて、私初めて言われたのよ。パトリシアを『愛の果て』のヒロインに選ぶつもりだったって。こうも言われたわ。パトリシアをヒロインに選んだ事は、パトリシアが殺された日に初めてパトリシアに話したって。制作発表会見のサプライズにする為に、ヒロイン役の女優の名は、台本制作に関わった、本当に一部のスタッフ以外秘密にしてたって」
「……」
「あなたが、ヒロインが誰か知っているようなスタッフと交流があるとは思えない。それなのに、どうしてパトリシアがヒロインに選ばれた事を知ってるの?……答えられないなら、私が代わりに答えてあげましょうか。パトリシアが殺された日、あなたはパトリシアがいたあの劇場にいたのよ。ヒロイン役の事を知っていたのは、監督とパトリシアの話を聞いてしまったのかしら。それとも、パトリシアが突き落とされた際、バッグの中身が散らばっていたというから、そこにあった台本でも見たのかしら?」
「……確かにあの日、僕はパトリシアのいる劇場に行った。挨拶をしに楽屋に行って、偶然監督とパトリシアの会話も聞いた。だからって、僕がパトリシアを殺したなんて……」
「他にも気になることがあるわ。あなた、今回のような制作発表会見とか、大きな賞の授賞式とか、大事な時にいつも紺色のスーツを着ているでしょう?なのに、どうして今日は灰色のスーツなの?」
「……」
「パトリシアが殺された日、私と映画関係のパーティーに参加してたあなたは、早めに帰る私を家まで送ってくれたわね。その時あなたは紺色のスーツを着ていたわ。その後パトリシアがいた劇場に行ったのなら、あなたは劇場でも紺色のスーツを着たままだった可能性が高い。……あなた、パトリシアを突き落とす際に、抵抗されるか何かして、スーツが着られない状態になったんじゃないの?例えば、……ボタンを引きちぎられたとか」
実際、パトリシアの遺体の右手から洋服のボタンが見つかり、警察が出所を探しているが、その事実は公表されていない。
「どうして……、どうしてパトリシアを殺したの……?私の母の手術の事を心配してくれてたの?……でも、パトリシア、あなたとルイーザに言っていたそうじゃない。もしパトリシアが『愛の果て』のヒロインに選ばれたら、そのギャラで母の援助をするつもりだったって……。私は正々堂々パトリシアと勝負したかったし、仮にパトリシアがヒロインに選ばれたとしても、母は手術を……」
「それじゃ駄目なんだ!」
それまで黙っていたマイクが急に声を荒らげた。
「確かに、パトリシアがヒロインに選ばれた場合も、君のお母さんは手術を受けられるだろう。でも、それじゃあパトリシアの株が上がるばっかりじゃないか。僕は、もっと君を大勢の人に見てもらいたい。輝き続けてもらいたい。君を輝かせる為なら、僕は何だってするよ。君の付き人として、君の一番のファンとしてね……。」
今までに見たことのないマイクの狂気に満ちた目に、ジェニファーは恐怖を感じた。しかし、ジェニファーは、今まで自分を支えてくれた一人であるマイクをただ警察に突き出す事は避けたかった。
「……お願い、警察に出頭して……」
力を振り絞ってジェニファーは言った。
「出頭はしないよ。僕は、ずっと君の側にいる。君を守るんだ。君を守れるのは、僕だけなんだから……」
「お願い、出頭して!私の為に殺人だなんて……私、嬉しくもなんともない!……あなたに、罪を償って欲しいの……」
「……ああ、ジェニファー、どうして僕の気持をわかってくれないんだい……?ジェニファーは、綺麗で、優しくて、僕の事をわかってくれる人なのに……。ああ、そうか……君はジェニファーじゃないんだ。見かけだけジェニファーの偽物なんだ。……偽物には消えてもらわなきゃね……」
そう言ってマイクが自分のカバンから取り出したのは、折り畳みナイフだった。
「レイ!」
パトリシアがレイの方を振り返って叫んだ。
「手紙の宛先と内容が決まったわ。ジェニファーが殺される前に、至急届けたいの!」
「……承知致しました」
レイは、微かに笑みを浮かべると、両手を上にかざした。レイの両手の側に光が宿ったかと思うと、次の瞬間にその手は一通の手紙を持っていた。
「どうぞ、内容をお確かめ下さい」
レイから手紙を受け取ったパトリシアは、まだ封がされていない手紙の内容を見て驚いた。便箋には、既にパトリシアが伝えたい事がそのまま書かれていた。
「その内容でよろしければ、封をして下さい。」
パトリシアは、手紙に付属していたシールを封筒にしっかりと貼り、封をした。
「これでいいのかしら」
「ええ。……それでは、手紙を現世の方にお届けします」
レイは、パトリシアから封をした手紙を受け取ると、傍らの鳥籠を開けた。黄緑色のオウムとレイの視線が合ったような気がした。
「よろしくね、リトル・リーフ」
リトル・リーフというのが、オウムの名前らしい。レイが手紙を差し出すと、リトル・リーフは手紙を銜え、バサバサと羽音を立てて空に飛び立っていった。
「彼が手紙を現世に届けてくれます。……まあ、さっきも言った通り、この世界に時間の概念は無いから、今急いで手紙を届けなくても、ジェニファーさんが死ぬ前に手紙を届けることはできるんだけれども」
パトリシアは、レイの悪戯っぽい笑顔を初めて見た気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます