2024年5月10日 感想『無貌の君へ、白紙の僕より』

【はじめに】


  割と様々なジャンルの本を楽しく読めるタチの私であるが、そんな雑食子供舌でも食わず嫌いしているジャンルというものはある。


 それはいわゆる「青春小説」とでも呼ぶべきものたちだ。


 表紙は目に痛いようなブルーによって構成され、主に思春期の高校生たちの恋愛模様を描き、夏になると美男美女の俳優を用いて実写映画化するような作品たちである。


 誤解がないように述べておくが、ラノベにしても漫画にしても「ラブコメ」というジャンルは嫌いではない。


 むしろ好きなほうだ。


 しかし、「ラブコメ」と「青春小説」の間には頭身の差とでも言うべき隔たりが存在すると思っていて、ある程度デフォルメされた「ラブコメ」はフィクションとして楽しめるものの、リアル頭身で写実的に描かれる「青春小説」はどうにもアレルギー症状が出てしまう。


 原因は明白。


 私という人間が、ついぞ、そんな甘酸っぱい青春とは無縁の思春期を過ごしてきたからである。


 身も蓋もない言い方をすれば、ただの負け犬の遠吠えである。


 しかし、本作『無貌の君へ、白紙の僕より』はそんな青春アレルギーを発症している哀れな私でも面白いと思った作品であった。


 以下、感想をつらつらと書いていく。




【あらすじ】


 なげやりな日々を送る高校生の優希。夏休み明けのある日、彼はひとり孤独に絵を描き続ける少女・さやかと出会う。


――私の復讐を手伝ってくれませんか。


 六年前共に絵を学んだ少女は、人の視線を恐れ、目を開くことができなくなっていた。それでも人を描くことが自分の「復讐」であり、絶対にやり遂げたいという。 彼女の切実な思いを知った優希は絵の被写体として協力することに。


 二人きりで過ごすなかで、優希はさやかのひたむきさに惹かれていく。しかし、さやかには優希に打ち明けていないもう一つの秘密があって……。


 学校、家族、進路、友人――様々な悩みを抱える高校生の男女が「絵を描く」ことを通じて自らの人生を切り開いていく青春ラブストーリー。

(メディアワークス文庫公式ホームページより)



【感想(ネタバレあり)】


 構造的な「美しさ」を感じた作品だった。


 勿論、本作の魅力は、登場人物同士の軽妙な掛け合いや、心に傷を負ってしまった少年少女の関係性の変化及び成長、それらがもたらす叙情的な読後感など多岐に渡る。


 今回、内容についての感想は「さやかの動機が、怒りを主軸とした『復讐』だったというのがめちゃくちゃよかった」とだけ述べておいて、あとは他の読者諸兄に機会を譲ろうと思う。


 私は、本作が持つ、荘厳な建築物を見た時に感じるような構造的な「美しさ」について語らせていただこうではないか。


 それは言うなれば、「ミステリ的な構造の美しさ」である。


 本作は、三章構成になっている。


 一章「無貌の君」においては、優希の視点でさやかが「無貌」である理由を探り、二章の「白紙のあなた」においては、さやかの視点で優希が「白紙」である理由を探る形で物語が進む。


 そして、終章「だから、君を見ようと思った」において、最後の謎たる「さやかの真実」が明かされるワケだ。


 一章と二章の時点で、主要登場人物たる2人が持つ「謎」の要素を、視点を変えて相互に明かしていくという、ミステリとして綺麗な構造である。


 だが、これだけでは、私は「美しい」とは感じなかっただろう。


 私は、一章において、「さやかの無貌の理由」が明かされたことで、二章における大体の流れと、「優希の白紙の理由」については失顔症の類だろうなと予想がついていたのだ。

(具体的にいうと、優希が髪を切ったさやかに気付けなかったあたり)


 そして、予想がついていたからこそ、私は終章における「さやかの真実」を見抜くことができなかった。


 見抜けなかったからこそ、私は「構造が美しい」と思ったのだ。


 終章においてノーガードからの鳩尾パンチを喰らってしまった要因として、最も大きなものは、一章を読んだ時点で「さやかが持つ謎はこれですべて明かされた」と思い込んでしまった、ということが挙げられる。


 これが、「全部で三章構成かつ終章はエピローグを紡ぐ程度のページ数であること」と、「一章のエピソードとしての綺麗さ」を利用したギミックであるというのは、私の考えすぎだろうか。


 また、「さやかの真実」については、優希が己の「白紙」を克服しなければ看破できなかったというのも、非常に「良い」。


 同じさやかに付随する謎であっても、「無貌」と「真実」は決して同時に明かされることのない、二重底のような関係であったのだ。


 この、「無貌」から「白紙」へ、「白紙」から「真実」へと、連動するように謎が明かされていく構造、そして初見ではそれが巧みにカムフラージュされていることこそ、私が本作に感じた「美しさ」である。

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