第3話 灼熱の終末は君と共に。

 ドームの外は激しいプラズマが吹きすさんでいる。数千度の高熱の嵐だ。どんな生き物も生存できず、僕たちのような機械の体でも溶解してしまう。


「恒星は歳を経ると巨星へと進化します」

「そうですね」

「今、私たちの太陽は急速に赤色巨星へと姿を変えました。それは天文学者の予想より50億年以上早く訪れました。太陽の表面は急速に膨らみ、その際おおくの太陽質量を放出しました。500年前のガンマ線放出もその一環だと言われています。現在では水星と金星も太陽に飲み込まれ、地球は太陽の放つ強烈な放射エネルギーにさらされているのです」

「こんな事になっていたなんて……」

「多くの人々は、この地球で生きる事を放棄。他の惑星へと移住する壮大なプログラムが実施されました。それでも地球で暮らしたいという人たちは地下都市を築いて生き延びました。自分の意識を機械に転写した人もいます」

「そんな人もいたんだ」

「ええ。貴方です」

「僕がですか?」

「貴方のお父様もです」

「お父さんも?」


 意外な一言だ。僕も、僕のお父さんも、太陽が膨張して地球を飲み込む事態となっても地球に住み続ける事を選んだのだ。


 僕はさっぱり覚えていない。そりゃそうだ。生徒役を続けるために記憶を消去し続けて来たのだから。


「もしかしてチヒロさんも」

「私は単なる機械です」


 いかにも機械的な冷たい一言だ。僕たちのような酔狂な奴はそうそういないだろう。


「ところでアキラさん。お父様が私たちをここへ来るように手配して下さった理由は分かりますか?」

「それは多分、僕に真実を教えるため」

「半分正解」

「半分? じゃあ残りの半分は?」


 彼女は静かに真上を指さした。


「あと数年以内に再び太陽が膨張して地球が飲み込まれると予想されていたのですが、恐らくそれが今から始まる」


 僕は反射的に上を見上げた。天球のほとんどを占める眩しくて赤い巨大な太陽がブルブルと震えた。そしてカタカタと建物が揺れ始めた。


「チヒロさん。ちょっと怖くなった」

「どうしますか。抱きしめましょうか?」

「いや、僕が君を抱きしめるよ」


 僕はチヒロを抱きしめた。彼女の体は人間のように柔らかかった。


「キスしても?」

「私は昆虫人間みたいな顔なんですよ。それでも良ければどうぞ」


 僕は迷わず彼女と唇を重ねた。

 柔らかい唇の間からほのかな口臭が漂う。


 過去に経験したトキメキが蘇った。そして僕は思い出した。


 そうだ。僕が地球に残った理由を。

 それは、地球が太陽に飲み込まれるその瞬間を体験したかったからだ。


 僕は再びチヒロを抱きしめた。そして、大地震のような激しい揺れと、猛爆撃されたような激しい衝撃と、溶鉱炉の中に放り込まれたような灼熱の光芒が僕たちを包んだ。


 地上の全てが溶解して蒸発した。

 地下都市も例外ではなかっただろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女のいる図書館。 暗黒星雲 @darknebula

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画