第2話 チヒロさんは金属製でした。

 翌朝、僕は図書館へと向かった。すると驚いたことに、入り口でチヒロさんが僕を待っていた。


「おはようございます。アキラさん」

「おはようございます。チヒロさん。今日はお仕事なのでは?」

「本日は非番にしていただきました。さあ、お散歩しましょうか」

「はい!」


 何だかよくわからないんだけどメチャ嬉しい。

 お父さんが手配してくれたの?

 そんな事をしてくれるの?


 男児としてこれでいいのか?

 と、思わなくもないが、結果オーライだからヨシ!


「それではアキラさん。街の外をお散歩しましょうか」

「街の外ですか?」

「はい。お父様から外を案内して差し上げるようにと言付かっております」

「わかりました」


 お父さんは何を企んでいるのだろうか。デートなら映画を見るとか食事するとか、そういう定番コースの設定をしてくれたんじゃないらしい。この先は自分でやれって事かな?


「このエレベーターで街の外、地上に出ることができます」

「地上?」


 僕はチヒロさんの言っている意味がよくわからなかった。


 エレベーターを降りてから階段を登る。そこは透明なドーム型の天井がある展望室だった。


「アキラさん。外をご覧ください」

「これは……すごく綺麗だ。あちこちでピカピカ光ってる。空も虹のように幾つもの光の帯が踊ってる。え? 街の外、地上ってこんなに綺麗な世界だったの?」

「でも、高温のプラズマが吹きすさぶ死の世界です。どんな生物もそこでは生存不可能です。もちろん、私たちのような機械も数秒で破壊されてしまいます」

「私たち……機械……チヒロさんは何を言ってるの? 僕たちは人間じゃないか」

「いいえ違います。私もアキラさんも機械です。人型を模倣していますが人間ではありません。また、人間そっくりに作られたアンドロイドとも違います。私の肌は金属製の硬い肌。私の目は樹脂製の複眼です。ほら、触ってみてください」


 チヒロさんの手。

 金属製の硬い肌。


 丸い頭。

 そのてっぺんに突き出ている二本のアンテナ。


 樹脂製の大きな目。昆虫のような複眼。


「ほら、胸も触って」

「え……」

「残念ですけど、柔らかいおっぱいなんかありませんから」


 確かに彼女の言う通りだった。チヒロさんの体は、僕には柔らかい女性にしか見えないのだが、触った感触は無骨な金属だった。


「僕は……僕の体も金属製なんですか? チヒロさんみたいな、固くて冷たい金属なんですか?」

「そうです」

「じゃあお父さんは? 僕のお父さんは何なんですか?」

「この街にある基幹システムの中心部です。お聞きになったと思いますが、あの方は特別です」

「確かアカシックレコードにアクセスできると」

「そのように言われておりますが、誰も確認できません。ただし、失われた書籍を復元されているので真実であろうと言われています」

「そうなのか……僕はお父さんも人間だと信じていた。でも、人間ならあんなに大きなはずはないんだね。部屋いっぱいに広がってるんだから」

「そうですね」

「じゃあ、他の人って、居るの? そう言えばほとんど見かけない」

「本来、ここは数百万人が生活できる地下都市です。しかし、人は誰もいません」

「どうしていないんですか?」

「それは……300年前にほとんどの方が他の星へと移住されたからです」

「移住ですか」

「はい。もちろん、移住を拒否された方もいらっしゃいます。私たちはその方のために街を維持する仕事を任されています」

「じゃあ、僕は何をしていたんですか? 何の仕事をしていたんですか?」

「アキラさんは学生役なのです。誰も来ない学校でたった一人の生徒役をされています。今は夏休み中なんですけど」

「そう……だったかな」

「そうです。貴方は学生役。だからメモリー内の情報を定期的に消去しています。そうしないと先生役の仕事が無くなりますから」

「それじゃあ、チヒロさんが人に見えているのも?」

「そうプログラムされているのです。アキラさんが恋をしたいからと」

「そう……だったの?」


 愕然とした。機械の僕に恋なんてできるはずがない。どうしてそんな事を望んだのだろうか。何もわからない。


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