第11話 報告せにゃならん
ベッチャロ 大槌得守
帰郷して報告するのは良いが霧の日が続く。海辺に立って霧の海を睨み付けているとホヌマ殿が何気なくウララポロだというのだがここはそう言う土地だったかな。生憎と前世では一応それなりに整備された十勝港はあったが、俺は十勝港行きの船に乗り込んだことが無いからよくわからんのだよな。
「頭ぁ、いつでも出せまぁぁす」
大きな声で知らせてくる。本当はもう少し探索をしたかったのだがこうなっては仕方があるまい。嫁さんやら連れて未知への探検とはいかん。
「確か波平だったな。名残惜しそうに見てどうした」
「は、いえ、鯛三様に拾い上げていただいたので、本当は私も残りたかったのですが」
そうか鯛三の拾い上げた者か。
「とはいえお前さんは船でも仕切るのが巧いのでな、俺を手伝ってくれると助かる」
「頭にまでそう言われては致し方ございませんね」
「期待しているよ。それではホヌマ殿、カリン殿、キセ殿、サンチョ殿も準備はよいか」
初めて乗り込む船に四人とも程度の差はあれど不安気な表情だ。すこしせっついてみたがなかなか足が出ないようだ。
「ほれカリン殿、手を」
そう言ってカリンの手を取ると少し頬を染めるのだが、このタイミングでそういう反応されてもちょっと困るな。そしてタラップに上がると手すりが縄で不安なのかこちらにすがりついてくるが、もはや朱に染まった顔は血の気が引いたようでなかなかおもしろい。
「では足下に気をつけてゆっくり上がりましょう」
こちらの言っていることがわかるかは知らないが、一言述べてからタラップを上る。あとから何か決心したようにキセ殿が続き、サンチョ殿もおっかなびっくり上ってくる。ホヌマ殿は首を横に振ってなかなか上ろうとしないので波平がホヌマ殿のケツを蹴って追い立てるように上ってくる。
俺が使う執務室や近習の待機部屋は個室になっているほかはほとんどが蚕棚のような身動きもできないような三段ベッドに菰を敷いているだけだ。そんな船室も4人からすれば珍しいので、興味深そうに眺めている。
「すまぬが、カリン殿とキセ殿はこの執務室を使ってくれ。ホヌマ殿とサンチョ殿は隣の待機部屋で寝起きしてくれ」
どちらも最低限のスペースしか無いから二人だとやや手狭だが仕方が無い。こんなことなら来賓用の公室を設けておけばよかったな。次の船には最初からそういう部屋を作っておこう。
「頭はどうなさるので?」
「なぁにたまには皆と一緒に雑魚寝しなけりゃ初心を忘れちまうなあ」
たまには雑魚寝というのも悪くはないなと思いつつ、執務室から海図と航海日誌などを持ち出し記録をつける。そういや海図室も作らにゃな。
最終チェックを終えて最後に神棚で手を合わせ、航海の無事を祈る。
「オーツチ、ナニシテル?」
ホヌマ殿が不思議そうに聞いてくる。
「これはこの船の神に航海の無事を祈っておるのだ」
「フネノカミ?」
「そうだ。そなたらと違い我らの神はいろんなところに御座す。つまりはこの船にもその周りの海にも神がおられる。それらの神々のご機嫌を取って無事を祈るのだ」
験は担いでおきたいからな。前世でも出港前には無事な船旅を祈っていたんだが、どうしてあんな事故にあっちまったんだろうな。
ホヌマ殿が変わらず不思議そうな顔をしながら他の3人に説明している。
「カミサマ、フネ、イル?」
「そうだ。我らの神は今この場におられるのだ」
家の外から神が入ってくる蝦夷の民の宗教観からすれば、その場に神が居られる我らの考え方は不思議なことだろう。
「オレタチ、イノル、イイカ?」
「もちろんだ。さてそれでは我らももう一度祈るか」
我らの仕草を見様見真似で祈ってくれる。
「これできっと神々も気分よく我らの航海を送り出してくれるだろう。さ、では甲板にでて手を振りに行こう」
そして数日後、大槌の湊に無事到着する。
「というわけで、こちらがカリン殿です」
「いやはやどんな土産物を持ってくるかと思いきや、まさか嫁を貰ってくるとは」
父上はしきりにそのようなことを言っている。母上は俺が妻を連れて帰ったことに嬉しさ半分、難しい顔半分だ。
「まぁ、素敵なお嬢さんね。こちらの言葉は話せるのかしら?」
「カリン殿」
母上の言葉に俺が頷き、促す。船上でわずかながら言葉を教えたので挨拶くらいは可能だ。
「ハジメマシテ、カリン、モウシマス」
思い出すように透き通るきれいな片言で挨拶する。
「まだ挨拶程度しか教えておりませんので、これ以上は話せません」
「それはまた追々教えれば良いことです。カリンとやらはどう書くのですか?」
「あぁ、そういえばあちらには文字がございませんので、カナで書いておりましたな」
「孫八郎や、ちゃんと名前の書き方も教えて上げなさい」
この年になって母上から叱られるとは……。しかしこれは俺の落ち度だな。
「カリン殿そういうことだ。漢字……我らの使っている文字というのでそなたらの名に相応しい字をやらねばな」
カリン殿は鈴のようなきれいな声だから華鈴、キセ殿は希勢、ホヌマ殿は穂沼、サンチョ殿が一番困るな……三千代でいいか。サクッと思いついたものを書いて母上に見せてみる。
「なかなかいいじゃない。そうね、まずは自分の名前を書けるようにならなきゃならないわ。祝言の支度は始めておくから、殿に面通ししてきなさい」
本当はもっと身持ちのしっかりした家から欲しかったのかもしれないが、とりあえずは喜んでくれているからヨシ!
しかしまあいつの間にか母上が身ごもっていたのには驚いた。俺が出ていってから膨らんできて、俺が戻る頃には弟か妹が生まれていた予定だったんだとよ。
「待て、その身形で殿に会わせるつもりか」
「そのつもりでしたが?」
今度は父上がため息をつく。
「はぁ……。あちらの装束であれば仕方がないが、嫁の衣くらいはもう少しいいものを着せてやれ。波江よ、そなたの着物をやれぬか?」
「そうねぇ……あっ!そうだわ、この間若様から頂いた単衣と女袴を差し上げましょう」
「おいおい、いいのか?」
「ほほほ、あれは私には派手すぎます。若い子に着せたほうが良いでしょう」
そう言って母上が持ってきた服はなるほど、確かに水色の単衣とそれに合わせたベージュの袴で母上には少し派手すぎるな。
「孫八郎や、何か母に言いたいことでもありますか?」
「華鈴に着せれば映えそうですなと」
「ふむ、そういうことにしておきましょう。それではカリンさんにキセさん、まずは風呂に参りましょう。汗と埃を落としてから袖を通しましょう」
「フロ?」
「温まりますよ」
向こうでは風呂がなかったようにおもうから驚くかもしれぬな。
「大丈夫だ、きっと気に入る。俺も潮を流してしまいたい。穂沼殿、三千代殿、貴殿らも風呂に行くぞ!」
この時代は風呂というと蒸し風呂で転生したての頃は戸惑ったが、要はサウナなので慣れるのもそうかからなかった。まあ湯船に浸かっててのはできないのは難点だが、そこは若様がそのうちなんとかしてくれよう。
釜から出る湯気が湯屋に入ってきて蒸し暑い。藻なども焼いている。なんでもなんかの薬効が高い……らしい。
「オオ!アツゥイ!」
穂沼殿は蒸し風呂にびっくりしている。足元には大きな盥がありそこには程よい熱さの湯がなみなみと入っている。三千代殿は驚いているというよりは少し戸惑っている感じだ。三千代殿は風呂を知らないはずだがなんだろうな、馴染んでいるような気がする。
「さ、この盥にしばらく足をつけるのだ」
しばらくすると足湯と蒸気で汗が吹き出てくる。吹き出した汗とともに体についた潮だとかが流れていくような気分だ。
「しばらく風呂に入っていなかったから全く泡立たんな」
汗である程度汚れが落ちたかと思ったが、何度か泡立て直さなければならなかったな。
「どれ穂沼殿と三千代殿も流してやろう」
二人も汚れが溜まっているだろうから盥の湯をまずかけて、しっかり泡立てて洗うがやはり何度か泡立ててやらねばならない。穂沼殿は初めて見る石鹸に戸惑い、口に含んでペッペッしたり自分で泡立てて見たりだ。三千代殿は大人しくされるがままだった。
そんなこんなで汚れが落ちてスッキリしたところで風呂を出て、髪に椿油を塗って整えしばらくすると華鈴殿達が出てくる。
「うむ、風呂に入って見違えるようだ」
汚れが落ちてきれいな顔立ちがよりはっきりする。改めてみても美人だな。
「これ孫八郎、おなごの顔をそんなにしげしげと見るものではありませぬ。ほらこんなに恥ずかしそうにして居るではありませぬか」
そうかな?着物にはしゃいで俺の視線には気がついていないように見えるのだが、照れているのだろうか。
「さ、汚れも流れたことですし、食事にしましょう」
「うむ。今日はしっかり休んで、明日遠野に言って報告せにゃならん」
戦国大航海 海胆の人 @wichita
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