第15話

 朝の電車に乗り、人混みを掻き分けて行くと、やがて女子にしては背の高い、金色の頭が見えてくる。つり革に掴まり、人を探すようにキョロキョロと頭を動かしている彼女は、優太朗を見つけた途端、明るい表情になった。


「おはよう」


「おはよう」


 優太朗が声をかけると奏は快活に応えた。彼女の嬉しそうな顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。


 でも直後に奏は眉を寄せた。


 また僕何かやらかした!? 変なこと言った!?


 優太朗は普段は冷静を装っているのに、何か予想外のことが起きると、すぐにメッキが剥がれてしまう。


 奏はむむ、と唸ってから言った。


「なんかいつもと違う?」


「あ、髪にワックス付けてみたんだけど、変かな?」


 髪をいじりながら言う。


「ううん、似合ってるよ」


 ホッ。


「でも」


 でもなんだ? まだ何かあるのか?


「他にもどっか違うような」


 他に変えたことってあるか? 頭をフル回転させる。


「あ、スキンケア始めてみたんだけど、それかな」


「どおりで! 肌がぷにぷに!」


 奏が優太朗の頬を人差し指でつつく。


「いややっぱり、そんなすぐに効果出ないと思う」


「いや、出てる出てる」


 ぷにぷに。


 周りの目が痛い。多くの人が乗っているし、その中には二人と同じ学校の生徒もたくさんいる。非常に恥ずかしい。


 でも照れてぶっきらぼうになっていたらダメだ。それじゃ前と変わらない。素直に気持ちを伝えないと。


「……ありがとう。奏も……奏は、いつもかわいいね」


「ありがと」


 奏はまた、しかめっつらになった。でもこれは照れているからだと鈍い優太朗でも分かるようになった。


 これから一緒に過ごした時間が増えるにつれて、もっと分かるようになるだろうか。そうだといいな。優太朗は無意識に笑みを浮かべた。


「仲直りできたし赤点もなかったし、いいことずくめだね」


 奏が屈託なく笑う。テストの返却から数日が経っていた。


 優太朗は心が温かくなった。自分との仲直りをいいことにカウントしてくれていることが嬉しかった。


「もうすぐ夏休みだよ。どこ行く? 海? 山? キャンプ? バーベキュー? 花火? 肝試し? やっぱ全部だよね?」


 奏が首を傾げながら聞いてくる。


「全部は無理じゃない?」


「いや余裕っしょ」


「でも宿題もしないと」


「あぁ~! せっかく忘れてたのに!」


 奏は頭を抱えて、非難がましい目を優太朗に向ける。優太朗は苦笑して言った。


「この前みたいに一緒にやればいいじゃん」


「それだ!」


 奏は優太朗を勢いよく指さした。


「じゃあ図書館とかカフェも行くとこリストに追加しとくね」


 奏はさらさらと空中に字を書いた。きっと頭の中にペンを走らせているのだろう。


 今年の夏は優太朗にとってこれまでで一番忙しい夏になる。不安や緊張ももちろんあるが、それ以上に楽しみだった。


 今までずっとどこにも出かけずに一人、家で夏休みを過ごしていた出不精の優太朗にとって、これは驚くべきことだった。同級生と過ごしたこともないのに、いきなり彼女とひと夏だなんて。


 でも前向きになっている自分、確実に変わっている自分を嫌だとは思わなかった。


「涼しい店内でキンキンに冷えたアイスコーヒー飲むのって気持ちいいよねー」


「風邪ひきそう」


「そん時はゆうゆうにおじや作ってもらう」


「分かった、練習しとく」


 そんな風に他愛ない話をしていると電車が止まった。


「行こっか」


 奏が手を差し出してくる。


 恥ずかしいけど奏にふさわしい男になるって決めたんだから堂々と胸を張って歩こう。


 優太朗は奏と手を繋いで電車を降りた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罰ゲームで告白してきた黒ギャルと付き合うことになった件~あの、これいつ終わるんですか?~ 上田一兆 @ittyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ