第五話 トモダチ
「む? この気配は……。ゴブリンさん、獲物が見つかりましたよ!」
ドライアド――セフィーリアはそう言って立ち止まる。
ドライアドって確か木の精霊みたいな存在だったはずだけど、獲物ってことは肉も食うのか。
勝手にベジタリアンな種族で、食べ物と言っても木のみとかだと思っていたが、印象だけで決めるのはよくないな。
彼女の瞳の先には、木々の陰の中で浮き上がる八つの目。
一瞬、四体の獣がいるのかと思ったがあの目の並び方には見覚えがあった。
蜘蛛だ。
まだドラゴンに襲われる前に聞こえてきた話を思い出す。
――この森には、俺達より大きく、角兎などの獣からゴブリンまで襲う蜘蛛がいる。
恐らく、というかほぼ間違いなく、今この瞬間目の前にいるのがその蜘蛛だろう。
奴は上下の顎を擦り合わせて威嚇のような耳障りな音を出した後、こちらに突っ込んできた。
その感情を読み取ることが不可能な目とまるで機械のような迷いのない行動に気圧されて動きが遅れた俺をよそにセフィは迎撃態勢を整えている。
「――権能励起――完了。悪いけど、ワタシたちの空腹を満たすためにやられてください!」
バキバキという木が軋むに音と共に地面から太い木の根が勢いよく飛び出し、槍のような形に束ねられたそれが蜘蛛目掛けて突き進んでいく。
「ギュイッ!?」
その木の槍はこちらに飛びかかろうとし蜘蛛の胴体に大きな穴を穿ち、何事もなかったかのように蜘蛛の亡骸だけを残して地中へ還っていった。
前に木を治した場面を見ていたから誰の仕業なのかはすぐに見当がついたが、正直無法すぎる。
「前から気になってたけど、その木を治したり操ったり魔法とかなんですか?」
つい口から疑問が漏れ出てしまう。
ゴブリンとかドラゴン、さらにはドライアドなんかもいるんだから魔法があっても今さら驚きはしない。
「う~ん。ワタシのは魔法とは微妙に違うんですよね。特性というか、生まれながらに持っているものというか……。権能と言った方が近いかも?」
権能……たしかその事柄を行使することを認められた資格みたいな意味だったはず。
世界樹の精霊だから色々規格外なのだろう。
それに口ぶりから魔法があることがわかったし、また一つ賢くなれたような気がする。
「それより、せっかく蜘蛛を倒したんですから、早く食べましょう! 頭とか腹の部分は毒とかあるかもなので無理そうですけど、脚はいけそうじゃないですか?」
そう言って微妙に痙攣している脚をなんの躊躇もなく取り外していく。
昆虫食なんて前世では考えてもみなかったが、空腹に負けて俺も解体作業を手伝う。
最初は角兎の時のような嫌悪感があったが、徐々に取り外された脚がなんとなく食えそうに見えてきた。
空腹でおかしくなっているのか、精神が順応してきているのかはわからない。
「俺何もしてないけど一緒に食っていいの? ついさっき会った他人に――」
「全然一緒に食べていいですよ。というか一緒に食べましょう! そもそも他人じゃなくてもうトモダチだと思っていたんですけど、ゴブリンさ……ウィロさんは違うんですか?」
そう言って悲しそうな視線をこちらに向けてくる。
前に悪い人ではないが少々強引だと彼女に対しての見解を抱いていたが、それはちょっと違っていたようだった。
俺に初めて会った知的生命体だと言ったり、そもそもあの種のような球体からでてきたことを考えると実は生まれたばかり、もしくは外界に出るのが初めてだったりするのかもしれない。
十代後半くらいの顔つきと容姿のせいでその可能性を完全に失念していた。
そう考えるとこの純粋さとゴブリンである俺へのフレンドリーさも合点がいく。
ならば俺はその純粋な思いを無碍にすることは出来ない。
友達というのも久しぶりに聞く響きでなんだか照れ臭いが、折角出会ったんだし仲良くしたいのは俺も同じだ。
「いや、友達って言うのもなんか照れ臭くて……。でも、そっちが友達だと言ってくれてうれしいよ」
少し言い訳がましくなってしまったがなんとか傷付けないように言葉を絞り出す。
あまり口が回る方ではない自分の性分がもどかしい。
「ホントですか!? じゃあ、ワタシたちは今から正式にトモダチって事ですね! やったー!」
そう言ってセフィはニコニコとした表情で最後の脚の取り外し作業を終えた。
蜘蛛ってどうやって食えばいいんだ?
味は前世で見ていた紀行番組とかでなんとなくイメージは出来るが、流石に火を通した方がいいよな?
一応森の中だし木の枝は沢山あるが、火おこしの仕方と言えばよくある典型的なイメージのきりもみ式しか知らない。
あれも結構時間と根気が必要なものだと以前なにかで読んだ覚えがある。
おまけに今現在湿度がわりと高いので成功確率が低そうだ。
「火を起こしたいんだけど、何か楽な方法、というか手っ取り早い方法ってないかな。ほら、流石に生で食べるわけにもいかないだろ?」
「う~ん。そうですね……あっ! 思い当たる方法ありますよ。まずは火が消えないように燃えやすいものを集めましょうか」
セフィの言うとおりに周辺からできるだけ燃えそうな物を集めていく。
……枯れ枝くらいしか見つからなかった。
ここが日本で季節が秋だったりしたら落ち葉があるだろうけど、生憎普通に緑が広がっている森だからなぁ。
そもそもこの世界はちゃんとした四季が存在しているのかさえわからない。
しばらくの間集めたが互いに主な成果は同じものだった。
これを前世の記憶を頼りにそれらしい形に積み上げていく。
ロングファイヤー型っぽい形に組み立てた後に、セフィの言う思い当たる方法とやらを実行することになった。
「ウィロさんに魔力の使い方を覚えてもらって、初歩的な炎魔術で火種を作ってもらいます!」
まさかの俺頼りだった。
いや、そもそもゴブリンに魔力なんてあるのか?
そんなもの今まで感じたことも無いんだけども。
はぐれ者たちのバラッド~転生ゴブリンと愉快な仲間達~ 藤臣倫悟 @dokutake
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