第四話 世界樹の精霊

 呼びかけに答えた方が逃げるよりも安全だと判断した俺は申し訳なさそうな雰囲気を出しつつ彼女の前に出ていく。

 ただの傷だらけのゴブリンだとわかれば殺そうとはしてこないだろう。

 

「あれ? あなたゴブリンなんですね。気配からてっきり人間かと……。それにしてもゴブリンなんて初めて見ました! うわぁ~、記録で見るよりやっぱり生で見た方が感動するなぁ~」


 そういって彼女はいかにも興味深いといった風にこちらに近づいてジロジロと視線を向けてくる。

 想定にない返しをされて少し動揺してしまった俺はなすすべなくその舐めるような視線に晒されてしまう。


 距離が縮まったからわかったが、身長が思っていたよりも高い。一七〇センチくらいはありそうだ。

 あと、遠目だとただの金髪にしか見えなかったが、毛先が緑のグラデーションみたいになっている。

 こちらを覗き込む翡翠のような緑と金色の宝石のように輝く瞳と言い、頭の角と言い、やはりただの人間、というかただ者ではない感じが醸し出されている。


「あの、何か喋ってくださいよ。……そうだ! 覗き見してたこと、謝ってください! ワタシ、まだ怒ってますよ」


 負けじと観察し返していると謝罪を要求されてしまった。

 流石に謝った方がいい……よな?

 言葉からはあまり怒気は感じられないが、こういうのはちゃんと謝罪しないとだめだろう。

 向こうの言ってることがわかるのならこっちの言葉が通じないなんてことはないだろうし。


「音と地響きの正体が気になって来たらそこの種? の中から貴女が出てきて……だからわざとじゃないんです。あまりにも神々しくて見入ってしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 命の危険を少しでも避けるために少し褒めておく、まぁ、あながち嘘とも言い切れないがそれは置いておこう。

 転生してからゴブリンしか人型の生き物を見ていないからかもしれないが、正直美しいとは思っている。

 体がゴブリンでも美醜の感覚は変わっていないようで安心する。


「ワタシが神々しいだなんてそんな……。まぁ、これでも世界樹の精霊ですし? やっぱり高貴さとかそういったのが漏れ出てしまうのかな~。それにしてもいきなり褒められるなんて、統一言語覚えておいて良かったデス」


 お、思っていたよりもチョロいかもしれないなこの人。

 そして彼女の口から何やら重要そうな言葉がいくつか出てきた。

 「記録」「世界樹の精霊」「統一言語」どれもニュアンスである程度意味は分かるけど、こちらの認識と合っているとは限らないし、これからの為に詳しく知っておきたい。


「あの、世界樹の精霊さん。さっき言っていたことについて色々聞きたいんですがいいでしょうか」


「いいですよ。でもその前にお互いに自己紹介です。名前も知らないまま話すのは不便でしょう? それに、アナタはワタシが初めて触れ合う知的生命体なんですから」


「ワタシはセフィーリア。なんとなくお分かりかもしれませんが、世界樹の精霊、ドライアドです。ゴブリンさん、あなたのお名前は?」


 名前か……。一応前世の名前もあるが、どう考えても不自然だろう。

 適当に付けられた、しかも死人の名前なのは遺憾だが仕方ない。


「俺はウィロ。見ての通りのゴブリンです。色々あって群れが壊滅して、食糧探そうとしたいたらセフィーリアさんが落ちてきた音がしたのでここに来ました」


「群れが壊滅、ですか……。それはともかくワタシもおなか減ってたんですよ。さっそく食べ物を探しにいきましょう! 質問に答えるのは食べながらってことで。あと気軽にセフィって呼んでください」


「え? ちょっと待っ!」


 喋り終わった彼女は俺の手を掴むと凄まじい速さで駆け出した。

 当然俺は対応することは出来ず、宙ぶらりんの状態で強風に煽られる鯉のぼりみたいになっている。


「あばばばば」


「……? あんまり喋ると舌噛んじゃいますよ?」


 こちらの返事を聞かないまま俺を引っ張っていったと思えば、今度は返事を言うことさえも封じられてしまった。

 今までのやり取りから悪い人ではないことはなんとなく察せたが、少々強引な感じがする。

 でも、俺が初めて話す生命体だとか言ってたから仕方ない……のか?

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