第三話 隕石? 種? 卵? 

 文字通り死ぬほど走ったからか、洞の中でボーっとしているうちに眠ってしまっていたみたいだ。

 外は太陽が昇って間もないようで、若干肌寒く感じる。

 うろから這い出し、ずっと同じ体勢だった体の凝りをほぐしていく。

 背伸びやうろ覚えのストレッチをするたびに音が鳴り、絶妙に心地いい痛みが意識を覚醒させる。

 完全に意識が覚醒すると今度は昨日の負債である体中にある傷の痛みが襲ってきた。


「いててて……」


 こっちは全然気持ちよくなんてない。

 這い出たことで付着した土などを落としつつ、これからやるべきことを考える。

 喉が渇いたので水と、かなり空腹なので食料も必要だ。


 質を重視しないなら水たまりとその辺に生えてる草や死骸の腐肉なりで完結する。

 道具係の時に狩りに失敗したからと腐肉を渡されたり、洞窟の天井から滴る水を飲んだりしてわかったことだが、ゴブリンは粗末な物でも腹を下したりしないのだ。

 種としての弱さをカバーするために生存能力を上げるように進化していった結果だったりするのかもしれない。


 だが、この体の傷を一刻でも早く治すためにはそんな食事ではダメだ。

 どうにか探し回って栄養のあるものを食べないと。

 旅というやりたいことを決めた自分へのご褒美として美味いものを食べたい気持ちもある。

 さっそく探すとするか――


直後、響く轟音と微かな地響き。

それらに反応した名前も知らない鳥が逃げるように飛んで行く。


「ドラゴンか?」


 慌てて上空から見つかりにくいように体を屈め、空を見上げてみたがあの姿は見当たらない。

 それに前回は地響きなんてなかった。そう考えると今回はドラゴン以外の何かだろう。

 

 「うーん……」


 正直、音の原因が何なのか気になってたまらない。

 だが、傷だらけのゴブリンが一人で近づいていいものだろうか。

 気になって近付いたはいいが、ドラゴンほどじゃなくても危険な存在で見つかって即お陀仏という可能性の方が、特に危険がなかったという可能性より高いだろう。


 しばらく考え続けても堂々巡りの輪から抜け出せない。

 ここはもう昨日決めた指標に従ってみよう。

 気になったものを見なかったという引っ掛かりのせいで「いつ死んでも後悔しないように生きる」という目標がすぐに頓挫するなんて本末転倒もいいところだ。

 ただし、近付く過程で命の危険を感じた場合は流石に引き返そう。

 命を大事に、だな。


***


 地響きと轟音で生き物はみな危険を感じて逃げたのか、それとも隠れているのかは知らないが、音のした方向へ進む道のりに特に危険はなかった。


 どこまでも続くと錯覚させる緑に包まれた道なき道の先にソレはあった。

 倒れたり折れたりしている木々。

 そしてそれらの中心に佇んでいるのは岩のような球体。

 大きさは前世の成人男性の平均を超えるくらいの身長のグリガントでもすっぽり入りそうなほど大きい。


 地面にある異変からして、ソレが空から飛来してきたのは明白だった。

 第一印象としては隕石のように見える。

 だが、その球体の細部はそれが岩ではなく種――胡桃などの種に近いものだと告げていた。

 中にいる何かが目覚めようとしているのか、外殻にゆっくりと亀裂が入り始める。


「見つかったらまずいな。ひとまず隠れないと」


 近くの木に膝をつくようにして隠れ、引き続き謎の物体を観察する。

 さっきは種に見えていたが、亀裂が広がっているのを見ていると今度は卵のようにも見えてくる。不思議だ。


 これ、仮に中身が鳥か何かだとしたら、俺が親だと勘違いされたりするのかな。


 岩のような質感の外殻が剥がれていくのを見守りながらそんなことをふと思う。

 だが、その球体から出てきたものはこちらの想像の斜め上をいくものだった。


 最初に見えたのは両手。

 次いで、右足、左足という風に暗くて中が伺い知れなかった球体から全身がゆっくりと出てくる。

 姿は人間の女性のように見える。

 体つきは古代ギリシャのキトンのような服で分かりづらいが、長く伸びた金髪と顔付きでなんとなく女性だと判断する。

 だが、一か所だけ俺が知っている人間と明らかな見た目の差異があった。


 頭部だ。側頭部から木の枝のような茶色い角が一対生えている。

 存在感も異質で、あのドラゴンと似た強大さは感じられはするが、これといった敵意も危険性もないように見える。


 それどころか俺の存在にも気付いていないようで、先ほどの俺のように伸びをした後は倒れた木をペタペタ触ったり、落ちていた葉の匂いを嗅いだりしている。


「ごめんね。いま治してあげるから」


 折れた木の幹を軽々と持ち上げながら言う。

 木を簡単に持ち上げる怪力に驚いたが、彼女が口にした言葉が一番気になる。

 治す? 何を?

 いや状況から考えたら倒れたり折れたりしている木だろうけど、どうやって治すのか。


 木に手を触れたまま、こちらには聞こえない声量で何かを呟く。

 次の瞬間、折れた木は時間が巻き戻ったかのような挙動で蠢き、元通りになっていった。

 不可解極まる光景だ。

 いや、そもそも空から飛来してきた種? から人が現れた時点でおかしいが。

 唖然とする俺をよそに先ほどの行為を数回繰り返し、木々を元に戻していった。

 そしておもむろにこちらに振り返り――


「そこの人。隠れているつもりでしょうが、余裕でバレてますよ! 乙女のことを陰から盗み見るとかイケナイことです!」


 ……バレてたか。

 素直に出ていくか無視してこっそり逃げるか、運命の分かれ道な気がする。

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