真祖の一族に放り込まれた新人眷属さん死にかける
黒猫館長
「末弟ジュリー・ブラッドリーは試される」
ジュリー・ブラッドリーが吸血鬼の真祖であるエリザベート・ゼクス・ブラッドリーによって眷属にされてから数年ほどたった時、エリザベートの元に一通の手紙が届いた。それまでさまざまな仕事に追われ忙しい日々であったが、やっと落ち着いたころでそれを受け取った彼女はすぐにジュリーたちへ手紙を見せに来た。
「ジュリー、ジューン!」
「あらどうかしたのかしら?屋内を走っては危ないわよ。」
メイドのジューンは同僚のメイドであるモモセが現在日本にいることをいいことに、ソファーに横になりながらポテチを食べていた。それをしかるべきか繁忙期が終わったから仕方ないかと迷いながらも、ジュリーは彼女に紅茶を出していた。また今朝ポストを確認したが手紙なんてあっただろうかと疑問に思うも、やはり主の手には手紙がしっかりと握られていたことに首をかしげる。
「エリザベート様。ロイヤルミルクティーが出来ていますがいかがですか?」
「うむ貰おう。それでだ二人とも、明日は出かけるぞ。ミーカ叔母さまからパーティーの招待状だ。」
「ミーカ叔母様?」
ジュリーたちもその名前を聞いたことはあった。ミーカとはエリザベートの叔母であり、エリザベートの現在の立場であるイギリス政府特殊事件捜査課、特別顧問の前任者であったという。名前は知っているも、今まで顔を合わせたことは一度もない。
「また突然ですね。ここで過ごして3年ほどですが、初めてではないですか?」
「叔母様からの任務だった「天霧」討伐が達成されたからだろうな。情報漏洩を避けるために極力連絡は取らないことになっていたのだ。」
天霧というのはロンドンに存在した暗殺者集団で、この地で絶大な影響力を持っていた闇組織であった。この数年間はその組織の特定と討伐のために使われたわけである。ちなみにジュリーは数回死にかけた。てっきり政府からの要請であったと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「面倒くさいわ。もうしばらくパーティーはうんざりよ。うるさいのも人込みも勘弁だわ。」
パーティーと聞きジューンはげんなりとした表情だ。それもそのはずここ数日忙しかったのは、天霧討伐の成功やその間に起こった怪物アンノウンによる事件の解決などの功績をたたえられ勲章授与式やパーティーが連日開催されたためだった。最初こそイギリス王室などが主催する盛大なパーティーに浮かれていたジューンであったが、それが何日も続けば疲れ果てるのも仕方ない。
「そういうなジューン、所詮親族の集まりだ。ジュリーの実家に行った時のようにくつろいでいればいい。」
「何を言っているのかしら?人の実家に行ってくつろげるほど面の皮は厚くないわ。」
「思いっきり泥酔してましたね。いやうちの父親が悪いんですけども。」
「…さあどうだったかしら?」
日本に一度帰省した時この三人でジュリーの実家に言った。その時ジュリーの父親が勧めたおかげか、調子に乗ったジューンが酒を飲みすぎ千鳥足になるまで酔っ払ったのは良い思い出だ。ジュリーの父親は酒が強く、ジュリーやエリザベートも飲める方であるからか自分の下戸さを忘れていたのだろう。あまり緊張した様子ではなかったことは確かだ。そんなことを思い出しながらジュリーは彼女に耳打ちした。
「せっかくご家族と会えるんですから。従者の俺たちが行かないわけにもいかないでしょう?」
「…それもそうね。手土産位用意しておいてあげるわよ。」
「そうですね。エリザベート様、ミーカ様の好物などを教えていただきたいです。」
「そうだな。よし、せっかくだみんなで選びに行こうか。」
その後三人でパーティーへ向けた準備を行った。
次の日、3人は飛行機を使ってドイツの辺境へ向かった。そこにミーカの屋敷があるという。エリザベートは何度か言ったことがあるようだが、それ以外の二人は少し緊張した面持ちでそこに向かった。
「…。」
「…。」
「お、見えてきたな。あれがミーカ叔母様の自宅だ。すごいだろ?」
「ジューンさん。今聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが。なんか自宅とか言っているように聞こえたんですが?」
「最近私も常識がアップロードされてるから、あなたの気持ちはよくわかるわ。ねえエリザベート様、私にはあの建物は大聖堂か何かに見えるのだけど。私たちの視力が貴方より低いから、実は別のものを見てたりするのかしら?」
「何を言っているのだ?目の前にでっかくあるだろう?あれだ、なんだっけなほらドイツでは有名な建築様式だろ。」
「ゴシック建築ですよ!?いやだからおかしいでしょう!?さっき観光雑誌でケルン大聖堂レベルに精巧なんですが!?世界遺産登録されてそうなレベルなんですが!?」
目の前のミーカの自宅ははまさに荘厳で神々しい美しさを持つドイツの大聖堂がごとき巨大建築物であった。さすがに観光名所のような大きさではなかったが、今まで屋敷住まいであったジュリーとジューンからしても圧倒されるレベルである。そんな二人の様子がよくわからないといったお嬢様はそのまま門の前をくぐる。
「「「ようこそいらっしゃいましたエリザベート・ゼクス・ブラッドリーお嬢様。」」」
その入り口前には三人のメイドが立っており、こちらに頭を下げる。そのドレスは美しいが、頭部は兎、鳩、犬の被り物をそれぞれかぶっており少々不気味だった。
「出迎えありがとう。こっちの二人が私の眷属とメイド、ジュリーとジューンだ。」
「「宜しくお願い致します。」」
「「「こちらこそ。お会いできてこの上ない喜び。」」」
なんとなく息を合わせて挨拶をしてみたのだが、目の前の三人のメイドはさらに息の合ったあいさつで返した。まるで被り物の下がすべて同じ人間なのではないかというほどの阿吽の呼吸にちょっと負けたと感じた二人だった。
「それではお嬢様とジューン様はこちらへ。」
「申し訳ありませんがジュリー様。御方はこちらにお願いいたします。」
「…?承知しました。」
「ではジュリーあとでな。」
「…はい。」
ウサギのメイドがエリザベートとジューンを案内し、残りの二人に連れられジュリーは別の場所に向かうこととなった。男女で別れる必要でもあったのだろうか。初めてくる場所、それもジュリーの金銭感覚からは想像もできない豪華さを持つ自宅である。転んで窓の一つでも壊したらどうしようとすら不安になる。この赤色のカーペットもいくらするのやら。そうして連れてこられたのは少し薄暗い廊下で、その奥にある部屋を見るとそれは高級レストランにでもありそうな巨大な厨房であった。
「えーっとこれは一体?」
「申し訳ありませんジュリー様。実は昨夜悪天候に見舞われた結果、食材の調達が遅れパーティーのお食事の準備が大幅に遅れています。ジュリー様はお料理も達者とお聞きしましたので、どうかお手を貸していただきたいのです。」
「僕がですか?お手伝いは構いませんが、僕は所詮料理は二流です。あまりお力になれないかもしれませんよ?」
「ご謙遜を、しかしご心配なさらず。最終的な調理自体は我々が行います。ジュリー様にはあちらの肉の下処理をお願いしたいのです。」
鳩のメイドが示した厨房の中にある調理台の一つには、おそらく牛肉と思われる肉の塊が台一杯に置かれていた。ロースやバラなどの一般的な部位以外にも、内臓や高級そうなサーロインもある。これはもしや一頭買いでもしたのではないかと思うほどの量だ。
「可能でしょうか?」
「腎臓などの処理も一応は習ったことがありますので可能です。逐次確認を取りながらの作業になってしまいますがよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
「承知しました。」
「それではこちらでお着換えください。時間がございませんので急ぎましょう。」
それから用意されていたちょうどいいサイズの調理服に着替え、しばらくの間肉の下処理に従事した。最初は場所が場所だけに何を言われるかと内心びくびくしていたが、獣のマスクをかぶった3メイドは全員穏やかで優しく対応してくれた。処理する内臓の中には腎臓など少し特殊な部位もあったが、師匠であるモモセの指導があったおかげか何とかこなすことができた。結構な量であったが何とかすべての処理が終わりほっと一息つく。
「お疲れさまでしたジュリー様。今ハーブティーを用意…あっ。」
犬の被り物をしたメイドがティーポットを持って小走りにこちらにやってきた。気が逸っていたのかそのメイドはその時台の隅に足をぶつけ前のめりに倒れ込んだ。
ガシャン!
「おっと。大丈夫ですか?…やば。」
「も、申し訳ありませんジュリー様!足が!」
何とかメイドの方はとっさに受け止め点灯を阻止することができたが、ティーポットは地面に落下し割れてしまった。その時左足に中に入っていた熱湯がかかってしまう。両方うまく処理できればいいのだが、とっさとなるとなかなかうまくいかないものだ。メイドはジュリーの足のことを心配してくれるが、彼自身は別のことが気がかりだった。
「大丈夫ですよ。むしろお怪我はありませんでしたか?」
「私は良いのです!ああ、なんてことを…。」
「あ、すみませんメイド服を汚してしまって。…いざとなれば弁償しますので…いや本当にすみません。」
「そんなことはどうでもよいのです!す、すぐに冷やさなくては!」
肉を処理した時に用いた手袋をしたまま触ってしまったので、せっかくきれいなメイド服を汚してしまった。しかしそれは眼中にはないようで、犬の命をはジュリーが火傷したことに狼狽しているようだ。ウサギのメイドも慌てた様子で氷などを用意してくれるが、ジュリーはそれをなだめる。
「この位大丈夫ですよ。曲がりなりにも吸血鬼ですから。」
「「え…?」」
吸血鬼の再生能力は眷属といえども火傷程度であれば瞬時に再生する。主人のエリザベートが言うには魔力をうまく扱えばまず火傷すらしないらしいが、それはまだ難しかったりする。というか魔力という概念がよくわからない。だから安心してもらおうとしたのだが、二人のメイドはなぜかフリーズしてしまった。そしてウサギのメイドがこちらに尋ねる。
「失礼ですが、エリザベートお嬢様の側近はジューン様であるとお聞きしました。ジュリー様は使用人として働いていると。」
「はい。まあそうですね。彼女は公的な場でもエリザベート様のサポートを行っています。家事等は僕も行っていますが、基本は今日は来ていない同僚のメイドが行っています。僕の仕事はエリザベート様から下された任務が多いですね。」
「あのジューン様は眷属では…?」
「違いますが?」
よくわからない質問にジュリーは首をかしげた。犬のメイドはせっかく立ち上がったというのにまた倒れそうになる。
「ああ…ミーカ様…。」
「え、大丈夫ですか!?」
そのあと分かったことだが鳩のメイド以外の2人はエリザベートのそばに控えるジューンが眷属であり、ジュリーはただの従者だと思っていたらしい。この家では吸血鬼のほうが位が高いらしく、無礼を働いたと感じ気が遠くなってしまったようだ。まったく問題ないことを伝え服を汚してしまった犬のメイドは着替えに行き、ジュリーは割れたポットを掃除するため向かいの掃除用具の収納室へ入ろうとした。しかし廊下に出たところで声をかけられる。
「こんにちは!」
「…こんにちは。いかがなさいましたか?」
そこにはオレンジがかった金髪に紫色の瞳の少女が立っていた。エリザベートに少し似ている気もする。親戚の子だろうかと思案した。
「あのねあのね。おなかすいちゃったの。」
その話し方は見た目よりも幼げで、今は日本に暮らしている知り合いの少女のことを思い出す。
「少々お待ちください。」
鳩のメイドに了解を取り、先ほど小休止のために用意してもらったクッキーを手に取り少女の元へと持っていった。
「申し訳ございません。お料理はもうしばらくお待ちください。よろしければこちらのお菓子をどうぞ。」
「ほんとに!?ありがとう!」
「喜んでいただき何よりです。」
少女はクッキーを受け取ると小走りに帰っていった。転ばなければいいのだが。それから掃除用具を使って片づけを完了するころに犬のメイドが戻ってきた。
「ジュリー様。本当にご迷惑をおかけしました。」
「いえいえ。さて、この後はどのようにすればよいでしょうか?できる限り手伝わせていただきますよ。」
「いけませんいけません。あとはわたくし共で十分間に合います。ジュリー様は顔合わせもございます故…ならばなぜ私は先にお着換えを…!」
犬のメイドはどうやら本来そそっかしい性格のようだ。だが初対面よりも人間味を感じジュリーとしてはありがたかった。
「ジュリー様。お着換えが終わり次第客間にご案内いたします。こちらは心配なさらずに。ご助力本当にありがとうございました。」
「むしろこれほど大きなお肉を扱うことは初めてでしたので、良い経験になりました。それでは着替えてきますね。」
その後着替えを行い鳩のメイドに連れられ、エリザベートたちのいる客間へと向かった。そこですぐに衝撃の真実を知ることとなる。
「ミーカ様。ジュリー様をお連れいたしました。」
「あ、来たかジュリー。ミーカ叔母様改めて紹介しますね。これが私の眷属ジュリー・ブラッドリーです。」
「うむ。そうかそうか。」
「…初めましてジュリーと申します。……ミーカ様?」
メイドやエリザベートの視線の先にいる人物がミーカだという。だがその人物の姿はどう見ても子供。それも先ほどジュリーがクッキーを渡した少女であった。
「会えてうれしいぞジュリー。わたちの新しい甥よ。」
こちらに見せつけるようにプラプラと先ほど渡したものであろうクッキーを見せつける彼女がミーカ・フュンフ・ブラッドリー。この家の主であり、エリザベートの叔母であり、吸血鬼の真祖の一人だ。
「先ほどはとんだご無礼をいたしました。」
「なに生まれたての小僧ならば気づけず当然よ。なかなかの紳士ぶりであったよ?」
「ごめんねジュリーちゃん。ミーカちゃんはいたずら好きで困っちゃうわ。」
「い、いえ。」
とりあえず少女と間違えてしまったことに謝罪したのだが、ミーカはただからかっただけであったようだ。そして彼女の隣に控える筋骨隆々の男がフォローを入れてくれる。その姿に反して口調は女性のよう、つまりオカマっぽい。その異常なギャップにジュリーは面食らいながらも平静を保とうとした。
「あ、自己紹介してなかったわね。私はフィンリーよろしくね。」
「よろしくお願いします。フィンリー様。」
握手を求められジュリーの体は硬直しながらなんとかそれに応えた。なんとも言えない恐怖感を感じる。その理由をジュリーは言語化できなかった。
「お前は図体でかいんだから怖がらせんじゃねえよフィンリー。俺はミーカの眷属やってるシドってんだ。シド兄さんって呼んでくれていいぜ。よろしくな。」
「はいよろしくお願いします。シド…兄さん?」
「あら、じゃああたしはフィンリー姉さんて呼んでもらおうかしら?」
「フィンリー兄さまもあんまりからかわないでやってください。うちのジュリーは結構人見知りなんですから。」
「あらあらごめんなさいー。別にからかうつもりはなかったんだけどね。」
柔らかに笑うその姿はジュリーには恐ろしくてしょうがない。なんせ相手は筋骨隆々で髪形とサングラスを付ければマフィア幹部といわれても納得するというのに、女性的な雰囲気を醸し出している。とりあえずエリザベートの背中に隠れることにした。
「さて、場所を移すぞ。いつまでも客間ではつまらぬからの。」
「サリム来てねえがいいのか?」
「あやつは自分勝手だから勝手に来るだろよ。姪っ子共を退屈させる気かえ?」
「あいよ。リズはいいだろうが、そっちの二人はこの屋敷の中も気になるだろ?案内してやるよ。」
ジュリーたちに配慮してくれたようで、シドが率先してこの屋敷を案内してくれることになった。正直なところ興味津々で会ったのでありがたい。そうしてシドたちが立ち上がった時だった。バンと無造作に客間の扉が開く。
「風の噂で来てみれば、ひどいじゃないかミーカ叔母さん!僕を呼ばないだなんて!」
入ってきたのはくすんだ金髪にひどくクマの強調される青い目、そして真っ黒なコートに身を包んだまるでおとぎ話に出てくる吸血鬼のような男だった。その後ろにも同じように真っ黒なメイド服らしきものを着用した顔色の悪い女性が二人控えている。部屋の空気が一気に悪くなったように感じた。
「今日はリズの祝勝会だからの。別にお前は関係あるまいに。」
「リズ?あーあの生まれたての?」
するとエリザベートは男に頭を下げた。
「お久しぶりですギードさん。」
するとギードは舐めまわすようにエリザベートを凝視し、大げさに驚いた。
「あの小便臭かったリズがもうこんなに大きくなるとは!時間の流れとは速いものだ。ふーん下品な体だがこの髪は素晴らしい。特にこの美しい色合い…。」
「離せ無礼者。」
「ああ?」
無遠慮にリズの三つ編みに下げられた長髪を触るギードの腕をジュリーがつかんだ。それに癇に触ったのかギードは、もう片方の腕で無造作に殴りつけた。それにエリザベートやほかの者たちも驚くが、ジュリーは左腕でガードして難を逃れる。その腕は折れ曲がったが、すぐに再生した。ギードの手からエリザベートの髪が離れたことを確認すると、ジュリーは無表情にギードの手を離す。
「エリザベート様どうかお下がりください。」
「…叔母さんなにこいつ?僕の腕をつかむなんて不敬にもほどがあるだろう?殺していいよね?」
「こやつはリズの眷属のジュリーだ。」
「はあ?こんな小さくて醜いガキが眷属?ははは笑わせないでよ。ってかリズお前、何ずっと黙ってるわけ?この素行の悪さお前のせいならちゃんと謝れよな!」
「失礼いたしましたギード様。勝手に女性の髪を触るなどどこの無法者かと、つい体が動いてしまいました。」
「ちょっと貴方、挑発するんじゃないわよ。」
ジュリーの淡々とした態度がさらにギードをいらだたせていた。ジューンはさすがにとジュリーをたしなめようとする。なぜなら真祖であるミーカを叔母さん呼ばわりできる存在など、ここにはよほどの愚か者か…。
「この真祖ギード・フィーア・ブラッドリーが無法者だと!?リズ!出来が悪いとは思っていたが眷属すらまともに作れないか!無礼者がここで殺してやってもいいんだぞ!」
その様子にジューンやギードの背後に控えるメイド二人も青ざめる。怪異の王と呼ばれる吸血鬼の頂点、真祖。化け物中の化け物を怒らせるなど、自らマグマの中に飛び込むようなものだ。
「にょほほほ。血気盛んだな結構結構。そんなに戦いたいのならいい場所を貸してやろ。」
「おいおい。まさかジュリーとギードを戦わせようってか?面白いこと考えるねエ。」
「様をつけろよシド!」
「おおこわ。」
「つーか叔母さんも何言ってんの?僕がこんな雑魚と戦っても何にも意味ないじゃん。むしろこっちの格に傷がつくだろ?」
「別にいいよ?そしたらギードは眷属との戦いから尻尾を巻いたとわたちの日記に書くだけよ。」
「…。」
ギードはプライドが高いのかミーカの言葉に舌打ちすると、思いついたように提案してきた。
「分かったやってやってもいい。だがリズ、お前の眷属が悪いんだからさ、こいつが負けたら僕の奴隷になれよ。」
「何?」
「その無駄にでかい乳は気に食わないけど、遊びに使うにはちょうどいい体してるもんな。それを使って僕に謝罪するこれで許してやるよ。」
「下品な。そんなふざけた要求…」
「いいだろう。受けて立つ。」
ジュリーが言い返そうとするが、その言葉にかぶせてエリザベートが承諾した。それにジュリーは驚き声をあげた。
「エリザベート様!今回の責任は俺にあります。その条件はあまりに道理に合わない。」
「お前は私の眷属だろう。それが道理だ。だから負けることは許さんぞ。」
「…っ!一体どこからその自信が…。」
「ではいくかの。シド、フィンリー、移動中に喧嘩せんように見張っておけよ。」
とんとん拍子に話が進み、移動する中ジューンは心配そうにエリザベートを見た。そしてため息をつく。
「エリザベート様貴女、楽しんでないかしら?」
「さて、何のことかな?」
「はあ。」
連れてこられたのは天井が高く広い特殊合金で作られたという、魔道具などの試用実験を行う実験場だった。その強度は吸血鬼でも簡単には破壊できないのだという。1階に観客席ようベンチのような場所があり、エリザベートたちはそこに座った。ジュリーとギードは互いに向かい合い、その横にシドが立った。
「それじゃ、ルール説明するぜ。勝利条件は相手を戦闘不能または降参させた場合。戦闘不能かの判断は俺の独断と偏見だ。後は好きにすればいい。以上。」
「適当すぎますね。」
レフリーの立場のシドが簡単な説明を終えると、ギードが余裕ぶった表情でジュリーに言った。
「今降参したら、半殺しで許してやるよ。泣いて詫びてみろよ。ちび。」
「丁重にお断りさせていただきます。さっさと始めましょう。」
「それじゃあ行くぜ?はっけよーいのこった!」
シドの合図とともに戦いが始まった。ギードはボクシングポーズで間合いの読み合いを行う一方、ジュリーはレスリングのように腰を低く保ちながら見合っていた。ギードの右ストレートが放たれるが、それを難なく躱し軽快なステップを踏みながらそれに連なる攻撃をいなし観察を続けた。
「ジュリーちゃんやるじゃない。身体能力はギードちゃんの方が高いと思うけど、攻撃をすべて見切ってるわ。」
「あれでも眷属にしてから今まで私と組手を行ってきましたから当然です。」
真祖であり格闘術にたけたエリザベートを師事し、その組手に付き合わされてきたジュリーにとってギードは暴れ牛のように危険であるが、対処しやすい相手であると感じた。ジュリーは一瞬の隙を突き背後に回り込み足を払うと、ギードの襟をつかみ
「ぐぐぐぐっ!」
「さて、これでよろしいでしょうか?」
ギードの体は地面に倒れ、背後を取られた上での完璧な締め。試合というのならこれは勝利としてほとんど揺るぎのないものであった。ジュリーはシドに確認をとるため声をかけるが、彼からの返事はなく代わりに頭部に強い衝撃があった。
「は?」
それはギードの攻撃ではない。彼の連れていたメイドの一人がその眼を真っ黒に染め襲ってきたのだ。衝撃に手を緩めたと同時にギードが抜けだす。ジュリーの腕をつかんでくるので転がりながらそれを外し、体勢を立て直す。だが二人のメイドが追撃し、さらにギードのこぶしが迫ってきた。メイドを投げ転がしギードのこぶしも避けて見せたジュリーであったが、その時ジュリーの首元にギードがかじりついた。
「つう!」
ギードを引きはがし、ジュリーは後退した。首から肩にかけての肉がえぐられ尋常ではない血が流れていた。
「仲間を呼ぶって、好きにしろにしてもルール違反過ぎません?」
「これは僕の能力の一部だ。眷属を自在に使役しただけ、何の問題もない。それより、治さなくていいのか?そうでなければその出血量じゃ眷属といえども数分の命だ。」
「…。」
吸血鬼の牙には再生阻害能力がある。こうしてかみつかれれば治すことは難しい。
「天下の真祖様がずいぶんと野蛮ですね。もう奥の手は尽きたのでしょうか?いや、そもそもあなた本当に真祖ですか?」
「その気取った面いつまで持つんだろうな!」
ジュリーは右手で傷口をつかみさらに引きちぎった。再生阻害されている表面を除去することで、再生を開始させる。その痛みに目をつぶれば、最も簡単な対処法だ。ギードは二人のメイドとともにジュリーに襲い掛かる。
「遅かったなサリムよ。」
「そうか。状況は?」
「ギードちゃんとジュリーちゃんの決闘中よ。そうねえ、戦闘技能で言えばジュリーーちゃんの圧勝かしらね。」
「女どもへ攻撃をためらっているか。ふん。ずいぶんと甘いことだ。それで勝てるほど甘くはあるまいに。」
メイドの二人はギードに操られているようだ。そうなると傷つけることには抵抗があった。ジュリーには劣るとはいえ、無視できる身体スペックではなく少しずつ逃げ場を失っている。その上、ギードの動きも向上が見られた。複数のものを操作するのだからむしろ自身の動きは鈍りそうなものだが、まるで複数の目によってジュリーの行動を把握しているかのように計算された動きになっていた。
「ぐっ!」
メイドの一人に腕をつかまれ動きが鈍ったと同時に、ギードのこぶしが初めてジュリーの胸部に直撃した。めきめきと骨の砕ける音とともに、強烈な痛みがジュリーを襲った。それに味をしめたのかもう一人のメイドとともにジュリーは両サイドから拘束を受けた。壁際に追い込まれ逃げ場がなくなる。
「くそっ!」
振り払える。だがそのために力を籠めれば、この二人はバラバラになる可能性すらある。嫌な弱さだ。その思考が致命的な隙となった。
「オラオラオラオラオラオラ!」
ギードのこぶしの連打がジュリーを襲った。
「エリザベート様さすがに死んでしまうわ!早く止めて!」
「…。」
ギードの連撃を受けあたりに血をまき散らしながら、壁に押しやられるジュリーを見てジューンは顔を青くした。人間ならば一撃受けただけで即死するであろう打撃を頭部に打たれ続ける苦痛は想像すらできない。高い再生能力があるとはいえ、あのままではジュリーが殴り殺されると思った。だがエリザベートは何も言わず真剣なまなざしで戦いを見ていた。
「まさかこのまま見捨てるだなんて…そんなこと言わないわよね?」
このふざけた賭けも、殺し合いも最後はなかったことにしてくれるはずだ。その確認だけでも取りたかった。だが訴えかけるジューンのまなざしに、ミーカたちは冷たい視線で返した。その反応にジューンは呆然とする。
「…。」
ジュリーの思考は澄んでいた。瀕死でアドレナリンでも大量に出ているのだろうか、痛みもあまり感じない。目は何度もつぶされてろくに見えないが、この状態からの逆転をゆっくりと考えていた。これ以上攻撃を受け続ければ敗北する。ならばもうこの女たちは見捨てるべきだろう。ギードはどう倒せばいいか、締め技はどこまで効果があるか力負けの可能性がある状態でどう相手を戦闘不能に持っていくか。だがどちらにせよこの連撃を何とかしなければならない。その時、自分の心の内側から怒りが漏れてきた。自分のものではない全く違う誰かのもののような、強い怒り。
「お前は殺さないさ。手足をもぎ取ったお前の前でリズを犯してやる。臓物を汚泥で満たして泣きわめく姿はきっと最高に面白いだろうな!豚に肉を食わして眷属ができるか試してみるか!?そしたらお前は豚と兄弟だあはははは!」
壁は真っ赤に染まっていたその下で膝から崩れるジュリーを見下げ、ギードは高笑いした。そしてシドに自分の勝利を宣言した。シドはジュリーの様子を確認しに近づく。
「く、くはは…。」
「はい?」
「あははあはははははははあーっはっはっはっははははは!」
急に大声で笑いだし立ち上がったジュリー。それと同時に両サイドにいたメイドが倒れ込んだ。完全に気を失い全く動かない。
「あははあははははははは!」
狂ったように笑いながら、ジュリーはギードを見据えた。そして一歩また一歩と近づいていく。
「っ!死にぞこないが!」
とどめを刺そうとギードが走り出しこぶしを振るおうとするが、その死角から下あごにアッパーが撃ち込まれた。ほとんど無動作で放たれたにもかかわらず、その一撃はギードの顎骨と歯を粉砕した。そのすぐあとにジュリーは右腕に飛びつき全身を使ってギードの腕を締め上げた。そんな中もジュリーの心の中の激しい怒りが殺せ殺せとわめき続けている。
「十字固めか。ジュリーの奴結構冷静じゃねえか。」
「ぎゃあああああ!」
そのすぐ近くで観戦しているシドにはジュリーの体から何かゆらゆらとした光のオーラのようなものがうっすらと見えていた。ジュリーは腕拉ぎ十字固めの状態からさらに体を反り返らせ、ギードの腕を引きちぎった。ギードは悲鳴を上げ、痛みに悶える。
「くくあああはははは!」
ジュリーの口からは絶えず大笑いが漏れるが、それに反してまるで面白くないかのように無造作で引きちぎった腕を投げ捨てた。マウントポジションをとったジュリーはお返しとばかりにギードへ殴り掛かり、同時に目玉をえぐり取った。そのおぞましい光景に事情を聴きつけてきた犬のメイドが失神した。
「ははっはあ…。」
ギードはもはや逃げ腰で、抵抗すらできていない。ジュリーは容赦なくその溝打ちに手を突っ込み、心臓をえぐりだした。そしてゆっくりと立ち上がる。
「ぎゃああああああ!あがっ…あああはあ…あっ。」
「これでも死なないとは、吸血鬼というものをまだ甘く考えすぎてたみたいですね。」
やっと感情が収まってきた。だがこの男は殺さなければならない。そうでなければ危険だと、感情ではなく理性が判断していた。頭をつぶそうと歩き出そうとしたとき、後ろから声がした。
「もう十分だジュリー。よくやった。」
エリザベートがジュリーを後ろから抱きしめる。エリザベートはシドに目配せすると彼は笑って合図した。
「勝者ジュリー・ブラッドリー!劣勢からの見事な逆転だったぜ!」
「終わりですか?」
「ああ。終わりだとも。」
体中血だらけでどこで顔をぬぐっていいかわからない。するとエリザベートがハンカチで顔をぬぐってくれた。
「あ、ああああああ!」
戻ろうとする二人の背後を土気色になったギードが襲った。突然立ち上がったかと思うと二人にとびかかったのだ。
パン!
その脳天をジューンが拳銃で打ち抜き、シド、フィンリー、サリムが同時に攻撃しギードは灰になって消えた。
「…よかったんですか真祖を殺して?」
「おぬしも気づいておったようにあれは真祖ではない。眷属の特殊固体みたいなものだが…ちょっと頭がな。処理するにもちょうどよかったのよ。」
ミーカがあっけらかんと答えた。ジュリーと戦わなくともいつかギードは彼女たちに殺されていたのかもしれない。
「ジュリー。」
戦いも終わりボケッとしていたジュリーに突然エリザベートがキスした。そして自らの首元を指さす。
「人前ですよぉ。」
「身内だ構わん。ご褒美だ。」
エリザベートに抱きしめられながら、ジュリーは彼女の首元にかみつき血を吸った。血を吸う前に相手にキスをして感謝する。それがブラッドリー家の掟なのだという。その姿にシドはにやけ、フィンリーはまあと笑った。ミーカはにょほほと笑うとジュリーに入浴を薦め、廊下へ歩いていった。
入浴を終え着替えるとジューンに案内され一室に連れてこられた。そこは今まで見てきた部屋よりも一回り小さいが大きなテーブルとそれを囲むコの字型のソファーが置かれていた。そこにブラッドリー家の面々が座り会話に花を咲かせていた。
「ジューンご苦労だった。二人ともこっちに座れ。」
「はい。」
「仕方ないからエリザベート様の隣は貸してあげるわ。ありがたく思いなさい。」
「はい。」
ジュリーは眠たげな表情で受け答え座った。エリザベートに撫でられるもされるがままだ。テーブルには豪華な食事が並べられ、各々が自分でとる形式になっていたが心配した犬のメイドが取り分けてくれた。
「ありがとうございます。」
「どうだジュリーよ。うちのメイドの料理は?」
「おいしいです。」
「そうかそうか一杯食べろ。にょほほほほ。」
「長期回復力はFか極端だな。」
「戦闘中の回復はB-ってとこか短期決戦型って感じじゃね?」
「最近手芸に凝ってるのよー。リズちゃんにはこれなんてどうかしら?」
「おおこんな感じですか?」
「あらかわいい!綺麗な髪だからシュシュが映えるわー。」
各々が会話に花を咲かせる中、ミーカがエリザベートに語り掛けた。
「まさか生まれたての吸血鬼がギードを倒すとはな。無謀とも思えたが成し遂げるとは偉業よ。」
「相手が素人であったから勝てただけでしょうけども、ありがとうございます叔母様。」
「偽物とはいえ真祖と聞いて叩きのめされてなお一度もひるまなかった。フィンリーにすらおびえていた小僧だというのに、よほどお前を好いていると見える。良い眷属を見つけたものよ。」
「はい。大事な弟です。」
「よかろう。ジュリーを正式に我々ブラッドリー家と認めようとも。皆のもの異存はないな?」
ミーカの問いかけに全員が肯定した。それを一瞥してミーカはまた笑った。
「さて盛大に祝いたいものだが…どうしたものか?」
「一時間すれば起きますのでそのあとでお願いします。」
「よかろ。」
ジュリーはジューンの膝の上で寝息を立てていた。こうしてジュリーはブラッドリー家の吸血鬼として正式に認められたのだった。
「リズ。」
「サリム兄さま?どうかしましたか?」
いつの間にかここに混ざっていた銀髪に白衣をまとった男、サリム・ブラッドリーがリズに話しかけた。
「お前たちにはしばらくここに滞在してもらうぞ。そこの小僧は吸血鬼として日が浅く適合率も低い。まともに運用するには訓練が必要だ。特に魔法のな。」
「…え、もしかしてジュリーに魔法が?」
「ああ。そしてそちらの小娘もな。」
「私は?」
「お前はまだわからん。」
「えー。私真祖なのに。」
「拗ねるんじゃない。」
ジュリーは眠りながらも悪寒を感じ、ジューンも何かを察して少しだけ優しく彼を撫でた。ギードに仕えていたメイドたちはミーカに保護され、ここで働くことにしたらしい。ジュリーに課せられた試練が一つ果たされ、そして彼らの物語はまた一段加速する。
真祖の一族に放り込まれた新人眷属さん死にかける 黒猫館長 @kuronekosyoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます