どこかの誰かの卒業式

CHOPI

どこかの誰かの卒業式

「卒業証書、授与」

 司会の副校長先生の声が体育館いっぱいに響き渡る。小学生は6年間もあった学校生活だけど、中学生はたったの3年間しかない。だから思い出なんてそんなに……なんて昨日までは思っていたのに、今この場ではびっくりするくらい、いろんな事が頭を駆け巡っていた。周りのみんなも空気に充てられているのか、初めは小さかった鼻をすする音が、あちこちから漏れ始めている。自分もだんだんと危うくなってきていた。


 壇上に登った校長先生と副担任。担任の先生がクラスメイトの名前を呼ぶ。呼ばれたクラスメイトが壇上に登って一言『はい!』と返事をし、校長先生から卒業証書を受け取る。出征記番号順にそれを繰り返していくだけだから、昨日までの練習で自分はその番号がかなり最後の方なために呼ばれる頃にはだいぶ飽きが来ていたくせに、今日は全然そんな気にならなかった。


 3年前の入学式。前日まで桜がきれいに咲いていたのに、当日はまさかの土砂降りで雨のしずくと共にたくさんの桜が散っていた。初めて入った校舎の教室、黒板に張り出された席に座ってソワソワとしていた、まだまだ制服に着られている生徒に対して『入学、おめでとうございます。今日から皆さんは中学生です』と担任の先生が挨拶をした。自分は、進学に合わせて作ったばかりのめがねにまだ慣れていなくて、少し頭がくらくらしたので、めがねを外しながら窓の外を見た。窓の外、空には曇天が広がって薄暗くて、先行きの不安な自分の心持をそのまま映しているように見えた。


 入学してから初めはみんな、お互いの様子を観察しつつ動いていたけれど、割と直ぐに運動会というイベントがあったから、それを終えるころにはそれなりに団結力が芽生え始めていた。だんだんと気の合う友人ができ始めたのもこの頃だったっけ。自分たちの学年は人数が少ないことも手伝って比較的学年全体の仲もいい方だったし、そういう意味では3年間過ごしやすかったように思う。


 もちろん、嫌なこともその時々にちゃんとあった。学校に行きたくない日だってめちゃくちゃあった。でも、それもこれも全部が今日で最後だと思うと、なんだか少し寂しかった。


 そんなことを思い返していたら、自分の名前を呼ばれた。『はい』と返事をし、壇上へと登る。3年間、自分がこの壇上に登った回数はほとんどなくて、卒業式の練習日と今日くらいだ。校長先生の目の前に立って、卒業証書を受け取る。『おめでとう』、自分にだけ聞こえるような声量で校長先生が言う。3年間、ほとんど関わることの無かった人なのに、それでも祝辞の言葉を言われると嬉しくて、同時に少しだけ照れ臭かった。


 式が終わって教室に戻るころにはクラスメイトの8割は泣いていて、自分もその8割を構成していた。これで最後。これが最後。口には出さなくてもみんながそれを感じていて、だけどそんな湿っぽい感じなのにどこかカラッとしている空気もあって。ふと、3年前のあの日のように席から窓の外を眺めた。


 あの日とはうって変わって晴天。澄み渡る春の青空が窓の外には広がっていた。残念ながら桜は咲いていないけれど、代わりにちょっと気の遅かった梅の花が咲いている。泣きすぎて視界が曇っているのがもったいなくて、めがねを雑に外して制服の袖で目をこすった。隣の席のやつに『おまえ、目真っ赤!』って言われたけど、そいつの目だって真っ赤だったから、『おまえに言われたくない!』って言って、2人で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どこかの誰かの卒業式 CHOPI @CHOPI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説