【KAC20248】不器用おじいちゃんの古メガネ

ほづみエイサク

不器用おじいちゃんの古メガネ

 ボクが初めてメガネを掛けたのは、小学2年生の頃だった。


 と言っても、目が悪かったわけじゃない。


 おじいちゃんがメガネを掛けているのを見て、真似したくなったんだ。


 おじいちゃんは、とても神経質な人だった。

 あまり愛想は振りまかないし、お小遣いをくれる時も、かなり面倒くさかった。



「このお金はな、参考書や歴史小説を買うために使うんだぞ」



 お小遣いの使い道を指定してくるのだ。


 ボクの返事は、いつも決まっていた。



「うん! わかった!」



 もちろん、返事だけ・・・・だ。

 迷うことなくマンガを買っていた。


 おそらく、おじいちゃんも口だけだとわかっていただろう。

 何を買っていても文句を言っていなかったから。


 今考えれば、ただお小遣いを上げるのが、小恥ずかしかっただけなのだろう。


 おじいちゃんはそういう、神経質で不器用な人だった。



 でも、そんなおじいちゃんのことが好きだった。



 ある日、祖父母宅に遊びに行くと、おじいちゃんは新聞を読んでいた。

 メガネを掛けて、一行一行をなぞるように『おくやみ』に目を通している。


 でも、ボクの興味は新聞ではなく、他のモノに向いていた。



「ねえ、おじいちゃんのメガネ、ボクも掛けたい!」



 その時のボクはまだ、一度もメガネを掛けたことがなかった。


 だから、どうしても一度掛けてみたかったのだ。



「ダメだ。お前の目に良くないからな」



 あっさりと断られてしまった。

 でも、簡単にあきらめきれなかった。


 おじいちゃんがトイレに行っている間に、こっそりと掛けてみた。

 レンズをベタベタ触って。


 

(なんだこれ!?)



 ボクはメガネ越しの光景に、目を見開いた。


 なにもかもが、すごくボンヤリとしていた。

 新聞がどこにあるのかすらもわからない。


 ふと、ある光景がフラッシュバックしてしまった。


 プールの中で目を開けた時の光景。



(溺れる!?)


「うわっ!」



 パニックになって、眼鏡を投げ飛ばしてしまった。

 メガネは壁にぶつかってしまったけど、割れてはいない。



(な、なんだったの……?)



 さっきまで見ていた光景が信じらなくて、呆然としていると――



「なんだ!?」



 ボクの悲鳴に気付いて、おじいちゃんが駆け寄ってきた。



「おじいちゃん……」



 心配そうな、おじいちゃんの顔を見た瞬間、ボクは泣いてしまった。


 『ごめんなさいの気持ち』と『さっきまでの恐怖』が一気に押し寄せてきて、


 そんなボクを、おじいちゃんは優しく抱きしめてくれた。


 それから、ボクは事の経緯を話した。



「ねえ、おじいちゃんは、なんで平気なの?」

「おじいちゃんには、このメガネがちょうどいいんだよ」



 優しく言われても、ボクはイマイチ信用できなかった。



「ねえ、ボクの顔、ちゃんと見えてる?」

「ああ、見えてる。だからそんなに泣くな」



 おじいちゃんはずっと慰めてくれたけど、この日の出来事はボクの心に深く刻まれてしまった。


 メガネに対する恐怖として。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 それから月日が流れて。



 幼かったボク・・も――いや、ワシ・・も還暦を迎えて、定年退職となった。


 

 おじいちゃんが大事にしていた家はもう古くなっていて、取り壊すことが決まった。

 その代わりに、息子が新しい二世帯住宅を建ててくれるらしい。


 バリアフリーで、何もかもが便利な家だ。


 本当にいい子に育ってくれた。

 お嫁さんもいい人で、かわいい孫まで授かってくれた。


 今日は、その孫が引越しの手伝いに来てくれている。

 小学2年生。


 初めてワシがメガネを掛けた時と、同じ年だ。



「ねえ、じいじ、このメガネは何?」



 孫が一つのメガネケースを持ってきた。

 どこかのタンスから見つけてきたのだろう。



「ああ、こんなところにあったのか」

「じいじのメガネ?」



 ワシはゆっくりと首を横に振った。



「いいや、じいじのじいじが使っていたメガネだよ」

「じいじのじいじ?」

「そうさ。もういないんだけどね」

「へー。どんな人だったの?」



 おじいちゃんの顔を思い出しながら、言葉をまとめていく。



「優しいけど、少し変わった人だったよ」

「なんかじいじとあんまり変わんないねー」

「そうか?」



 少しムズムズしていると、孫がメガネを渡してきた。

 レンズをベタベタ触りながら。



「ねえ、じいじ、メガネを着けてみてよ」

「いやー、じいじはメガネが苦手で……」

「着けて!」



 最近視力が落ちてきて、老眼鏡を掛ける必要が出てきた。

 だけどメガネもコンタクトも怖くて、どうしても着ける勇気がない。


 そんなんだから、妻にも息子にも呆れられている。



(いい機会か)



 なぜだか、このメガネなら掛けられる気がした。

 恐怖心のはじまりになったメガネなのに。

 いや、だからこそ、なのかもしれない。



「いくぞ!」



 まるで水の中に顔をつける練習みたいに、勢いよくメガネを装着する。



「お、おお!」



 目を開けた瞬間、思わず声が出た。


 視界がとても鮮明だ。

 それほどまでに、ワシの老眼は酷かった。


 どうりで新聞もまともに読めないはずだ。

 眼科の先生や妻や息子に怒られるはずだ。


 もう、メガネへの恐怖はどこにもない。

 それどころか、久しぶりにクリアな世界が見えて、テンションが上がっていく。



「なあ、メガネ、じいじに似合ってるか?」



 ワシの問いに、孫は露骨に顔をしかめた。



「えー。いまいち。なんか古くさーい。

 じいじにはもっとナウでヤングなメガネが似合ってるよ」

「お前は本当、そんな死語をどこで学んでくるんだ?」



 下手すれば、老人よりも死語に詳しい孫である。


 実はこっそり、お嫁さんから『孫が死語に詳しい理由』を聞いている。

 孫は『じいじといっぱいお話しするため』と昔の言葉を勉強しているのだそうだ。

 だけど、ネットに出てくるのは死語ばかりで、そういう知識ばっかりついてしまっているらしい。

 孫もなかなか不器用で、変人だ。


 そんな孫が、昔の自分に重なって見えて、あるお願いをしたくなった。



「なあ、一度メガネを掛けてみてくれないか?」



 孫は露骨に顔をしかめた。



「えー。なんでそんなことをしないといけないの」

「いいからいいから」

「えー。じゃあ、お小遣いちょうだい」

「お菓子じゃダメか?」



 かりんとうを手渡すと、孫は渋々ながらも、メガネを着けてくれた。


 一瞬で、孫の顔はさらに渋いものへと変わった。

 昔のワシと同じ景色が見えたのだろう。



「まじありえないんだけど! ちょべりばっ!」



 孫はメガネを投げ捨ててしまった。

 その動作があまりにもかわいくて、ついつい笑ってしまう。


 あの時のおじいちゃんも、きっと同じ気持ちだったのだろう。


 いとおしくて、あいくるしくて、可愛かわいらしい。



 ああ、本当に幸せだ。



 ワシは定年退職を迎えて、社会での役目を終えた。


 60年という長い人生の中で、様々な苦労があった。

 艱難辛苦を越えて、今かろうじて立っている体はボロボロだ。


 メガネを通さないと、新聞すらまともに読めない。



 でも、ワシは幸せだ。



 かわいい孫がいて、息子夫婦や嫁に囲まれている。


 生きていてよかったと、まだまだ生きていたいと、そう思ってしまう。



 ワシの視線に気づいた孫が、振り返る。



「じいじ、どうしたの?」

「いや、なんでもないさ」



 ここは「お前のことが愛おしいんだ」とでも言えばよかっただろう。

 だけど、少し恥ずかしくて、すぐに言葉にできなかった。


 ワシも少し不器用で、恥ずかしがり屋だ。



(ああ、おじいちゃんの血が流れているなぁ)



 そう思うと、少し気分が楽になる。

 おじいちゃんは幸せそうに天寿を全うした。


 ワシもいずれ、そうなるだろう。


 だから、今この瞬間を鮮明に見るためにも、この古メガネを掛けておこう。




 ねえ、おじいちゃん。





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KAC2024ギリギリ完走じゃあああああ!(´Д`)


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