第3話 星に願いを
「冬の大三角が見えてきたね」
聞こえた声に後ろを振り返る。いつの間にか
「
どうかしたのって、詩織ちゃんの引っ越しの事で落ち込んでるのに、詩織ちゃんはなんとも思ってないのかな・・・
その事実にますます気持ちが落ち込んでしまう。
「ううん、なんともないよ。ただボーと星を見たかっただけ」
「望遠鏡、今観てないなら私使っても良い? 最近は歌の影響でペテルギウスを観るのがマイブームなんだ♪ 直接話したかったから手紙には書かなかったんだよ♪」
「あっ、じゃあ隠れちゃう前に先にベガを観させてもらっていい?」
「どうぞどうぞ。天野さんちの望遠鏡だしね」
そう言われた僕は、急いでベガにピントを合わせてレンズをのぞき見る。ここで観るのはこれで見納めかもしれないベガを複雑な思いで見続ける。自動追尾機能付きなので夜空から消えるまでずっと観る事ができる。
見終わった僕が詩織ちゃんと交代する。
「弥彦君見て、今夜も月が綺麗だね」
月を指差しながら、詩織ちゃんがそう言ったので、僕も観てみる。今日は下弦の月を少し過ぎたところなので特別な月というわけではないけれど、さっきまで灰色の世界だったのが嘘のように、いつも通り冴え冴えとした光を放っている。
確かに綺麗だ。
「ほんとだ、綺麗だね」
詩織ちゃんは僕の答えにニコっと微笑むと、望遠鏡をペテルギウスにセットしながら、話しかけてくる。
「弥彦君も12月のコールドムーン観た?」
「うん観たよ。 東京でも凄く綺麗に観れたんだよ」
「そっか良かった。同じ月を観てたかと思うとなんだか嬉しくなるね!」
もう会えないかもしれないのに、詩織ちゃんは凄く楽しそうに望遠鏡をセットしている。
なんだろう、凄く気持ちがもやもやする。
セットし終わった詩織ちゃんはペテルギウスをじっと観はじめた。
それにしても天体望遠鏡って何万、何百万光年も離れた星の光をよく鮮明にとらえることができるよな。
・・・こんなによく見える望遠鏡を反対から覗いたら、いったい何がみえるんだろう。
詩織ちゃんの心がのぞけたりして。
ふと思いついた誘惑に僕は
そっと筒先にまわりこんで望遠鏡越しに詩織ちゃんをのぞき見る。
「わっ!何? 弥彦君!? びっくりした!」
何もみえなかった。
当然か。
「ごめん、ちょっとおどろかせようと思って!」
「もうっ! やめてよ、びっくりしちゃったよ」
そう言うと、詩織ちゃんは大笑いしだした。
笑った顔はとびきりかわいい。薄暗い中、月明かりや星のまたたきだけでも
特に少し潤んだ瞳は、満天の星を映し出してすごくきれいだ。
脳内に二学期最後の社会の授業がフラッシュバックする。
月が、いや、みえているのは星だ。
瞳にうつった星を見ながら、思いを込めて僕はそっと言った。
「
詩織ちゃんはキョトンとしたまま、パチパチとまばたきをすると、ふふっと笑って言った。
「今なら手が届くでしょう」
え!?
「それって・・・」
「ねぇ弥彦君。 今のって告白?」
少しおどけて詩織ちゃんはそう聞いてきた。
「いや、え〜っと、うん・・・そうだよ」
詩織ちゃんはもう一度ふふっと笑うと、
「じゃあ今のが私の答え」と言った。
「僕と付き合ってもらえるって事で良いんだよね」
詩織ちゃんはコクリと頷くと、僕をうながして隣り合って座った。
「弥彦君はさっきまで変だったけど何があったの?」
「何がって・・・『ろくとうせい』に来ても詩織ちゃんともう会えないのかと思って」
「え〜!? なんで? 普段は引っ越しちゃっていないけど、夏休みと冬休みには帰ってきてるから、弥彦君とは今まで通り会えるよ」
「え!? だってさっきお父さんと詩織ちゃんのパパが話してたでしょ?」
「おばあちゃんちへ引っ越すって言ったあとに、夏休みと冬休みはここに帰って来るってはなしてたと思うけど」
「引っ越す話を聞いた後は頭が真っ白でよく聞こえなかった気がする・・・」
「もう! おっちょこちょいだなぁ、弥彦君は。今まで通り七夕様の織姫と彦星みたいにちゃんと会えるよ。しかもこっちは年2回だから七夕様より上だね」
「そうなるね。なんだ早とちりだったのかぁ。一人で落ち込んで損した気分だよ」
「でもそのおかげで告白してもらえたのなら、早とちりも役にたったね」
そう言いながら伸ばされた詩織ちゃんの手を、僕はギュッと握ると再び夜空を見上げた。
空にはいつも以上に星がきらめいていた。
〜おわり〜
【KAC20248】望遠鏡でみたいのは 🔨大木 げん @okigen
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