第2話 ベガとアルタイル

 今年(2024年)も1月5、6、7日でペンション『ろくとうせい』に泊りがけで星を観に行くことになった。


 詩織しおりちゃんに会えるのは半年ぶりだから凄く楽しみだ。行きの車の中で、お父さんにからかわれるくらいには、うかれているみたいだ。自分でもわかるくらいハイテンションだった。


 車で5時間かけてやっと着いたペンション『ろくとうせい』は今日も変わらぬ佇まいをみせている。でも、夏とは違い雪かきが必要な所以外には雪が30センチ位積もっていた。それを見て東京からだいぶ遠くまで来たんだなと実感した。


「こんにちは~!天野あまので〜す!」


 お父さんが入口でそう呼びかけると、中から詩織ちゃんのママが出てきてくれた。


「あら、早かったですね。お久しぶりです。いらっしゃいませ」


「今年もよろしくお願いします。弥彦やひこが早くと急かすものでね、いつもより早めに出ましたよ」


「しおり〜! 弥彦君来てくれたわよ〜!」


 詩織ちゃんのママが中に向かって呼びかけてくれると、中からトトトトッっと足音がして、玄関に詩織ちゃんが現れた。


 わぁ、詩織ちゃんまた可愛くなってる。スキニーのジーンズに白のニットを着て、髪型はお団子、シニヨンって言うんだっけ? 服も髪型も凄く似合っててかわいい! なんか顔を見るのが恥ずかしいな。


 そう思い少し顔が赤くなった僕がついうつむいてしまうと、詩織ちゃんがガバっと僕の手を握りブンブンふってきて言った。


「弥彦君久しぶり! 手紙だけじゃなくて会えるの楽しみにしてたよ!」


 うっ、笑顔がまぶしい。

 耳が熱くなるのが自分でもわかってしまう。


「久しぶりだね詩織ちゃん。僕も会えるの楽しみにしてたよ」


 なんとか普通に答えられたと思うけど、変じゃなかったかな。


 「まだ午前中だからこの後、どこかに行かれますか?」


 チェックインを済ませたお父さんに詩織ちゃんのママがそう聞くと、お父さんが「どうする?」とお母さんの顔を見た。


「夕方には戻って来たいのですけど、まだ行ったことが無い冬でも行ける所って近くに有りますか?」


「うーん、雪があるからねぇ。天野さんちはだいたい近場は知ってるだろうし。 あっそうだ! 去年から道路が通って横付け出来るようになったから氷結の滝はどうかしら?」


「氷結の滝?」


「文字通り滝が凍るのよ。あの辺りは雪が積もらないからスニーカーなら行けますよ。ただ場所がわかりにくいから・・・詩織、一緒に行って案内してあげて」


「お手伝いしなくていいの?」


「観光案内も立派なお手伝いよ」


「はーい、わかりましたぁ! それじゃあ天野さん、弥彦君、準備ができたら声をかけてくださいね!」


 おおっ、お父さんとお母さんも一緒だけど、詩織ちゃんと一緒に観光なんてまるでデートみたいだ! やったね!


 

 『氷結の滝』は凄く楽しかった。2段に凍りついた滝がキラキラして、遠くには雪化粧した山が見えて凄い絶景だった。お父さんが滝をバックに僕と詩織ちゃんのツーショット写真も撮ってくれた! 凄く良い思い出になったよ。


 

 夕食は地元の食材をふんだんに使ったコース料理だった。星の観察と料理が『ろくとうせい』のウリだけあっていつも凄く美味しい。今日は別のお客さんがいないので途中から畠山家も一緒に参加した。アットホームなのも人気の理由だろうな。


 お父さんと詩織ちゃんのパパは軽くお酒を飲んでいて、大人は大人同士で話をしている。この後の天体観測に影響が出ない程度にしといてね。


 『ろくとうせい』のメインの天体望遠鏡が据え置かれた中庭で、大人達が見て、僕と詩織ちゃんの二人は僕の家から持ってきたビクセンの天体望遠鏡をベランダの外に設置して見るのがいつもの定番だ。


「ところで詩織ちゃんの中学校は結局どうなったんですか?」


 お父さんが、詩織ちゃんのパパに何か聞いている。詩織ちゃんの事みたいだ。何の話だろう。


「おばあちゃん家へ詩織だけ引っ越す事になりました。ここからだと中学校までは通えませんからね。家族が離れるのはちょっとと思って、一度は私達も麓へ降りて生活してみるかと考えて、住宅の内見・・・・・も1軒だけですがやったんですが」


「『ろくとうせい』はお辞めになるんですか?」


「いえ、天野さんみたいにここを楽しみにしてくださっている方が大勢いらっしゃいますからね。すぐに考えを改めました。それでここよりも通いやすいおばあちゃんちへ詩織一人だけ行かせることにしたんですよ。」


 えっ!? 詩織ちゃんここからいなくなっちゃうの!?

 じゃあ『ろくとうせい』に泊まりに来ても詩織ちゃんにあえない? そんな・・・


 お父さんがまだなにか聞いているけど、頭がボーっとして聞こえているのに何も聞こえない。


 もうそれ以上はなさないで・・・・・・


「ごちそうさまでした。僕外で星を観てくるよ」


 ボーっとしながらいつもの場所へ天体望遠鏡をセットした。しかしレンズをのぞき込むことはせず、肉眼でなんとなく、夜空を眺めていた。


 わし座のアルタイルが西の端へと消えていった。


 もうすぐ、こと座のベガもかくれてしまう。

 

 


 


 

 




 


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