お稲荷さんちのアライグマ 〜祭の前〜

右中桂示

アライグマと友達

 稲荷神社で春の祭りが執り行なわれていた。

 畏まった空気の中、粛々と進む儀礼。

 そして周辺には多種多様な屋台が賑やかに並ぶ。


 薄墨の目は後者に釘付けだった。

 儀礼には参加せず、前日までの準備に励んだ分のお小遣いをもらい、今日は遊んできていいと言われている。

 縞模様の尻尾も機嫌良く揺れていた。

 彼女の正体はアライグマ。

 稲荷神社の神使たるキツネによって人の姿に変えられ、神社を荒らした分の責任を日々とらされているのだ。


 だが今日は羽目を外せると、美味しそうな匂いに期待を膨らませていた。


「あーっ!」


 そこに響く少女の叫び声。


 黒縁眼鏡。明るい茶髪のゆるふわショート。パーカーとデニムというラフな格好。

 彼女は薄墨へと勢いよく駆け寄ってくる。


「最近髪染めた? とか神社でバイトしてる? って言われるの謎だったけどこういう事かー!」


 一人で盛り上がりながら薄墨を遠慮なくしげしげと眺め回す。


 その最中に薄墨も匂いから思い出した。

 神使によると薄墨の今の姿は人へのイメージが影響しているらしい。その元となった人間。食べ物をくれたので印象に強く残っていた人間だった。


「あ、急にごめんね。でも驚いちゃってさ」

「別にいいよ。あたしも会えてうれしい」

「そう? ありがと。……んー、でも言う程似てなくない? 雰囲気だけ? 眼鏡のせい? 後ろとか遠くからなら似てる……? あ、いいこと思いついた! ちょっと手伝ってくれる?」

「いいよ!」


 少々強引なやりとりだったが、薄墨は食べ物の恩もあったので快く引き受けた。






 借り物の眼鏡をかけ、薄墨は友達を迎える。


「しょりり、ともち、やっほー」

「え? くーこ? なにその髪」

「染めたの」

「あと尻尾も。なにそれ」

「可愛いでしょ」


 言われた通りに仕事をこなしたはずだが、二人の友達からは疑われている。


「なんか声も違くない?」

「そう?」

「いや顔も遠目なら似てたけど全然違うし」

「そうそう。この子の方がカワイイ」

「うんうん。くーこはこんなにカワイくない」

「なんだとー!」


 遠慮ない物言いに、当の彼女が飛び出してきた。

 薄墨から眼鏡を返してもらい、自分でかけて抗議する。


「ちょっと言い過ぎじゃないかなあ!?」

「ほらやっぱり」

「誰なのこの子」

「さっき会ったばっかだから知らない。多分ドッペルゲンガー」

「いやいや、それにしてはカワイさが違うから」

「なんだとー!」


 かしましく笑う三人。薄墨も雰囲気に混ざって和んでいた。

 ひとしきりお喋りした後、薄墨の手を取って屋台を示す。


「ね、折角だから一緒にお祭り見て回ろ?」

「いいね。行こ行こ」

「うちのくーこが迷惑かけた分おごるからさ」

「うん、いいよ」






「いやあ、パーフェクトな完全武装だねー」


 両手に綿あめとりんごあめ、フランクフルトに焼き鳥。肘にお好み焼きとたこ焼きの袋。面白半分で蛍光ピンクの星型メガネに光るブレスレットなどの品々まで買った。

 薄墨は両手それぞれの食べ物を少しずつかじっては満足そうに微笑む。

 リアクションが可愛いからと買い与えられ、食べ続け、大いに満喫している。


「ね、その尻尾何? どこで買ったの? どうせなら揃えたいし教えてよ」

「うーん、どうだったかな?」


 クレープを手に、額に蛍光イエローのハート型メガネを乗せたくーこが無邪気に質問。

 薄墨も最近になって正体を隠す事は覚えた。うっかりはしない。頬張りながら適当に誤魔化そうと悩む。


「ウチもちょっと欲しいかも」

「これってたぬき?」

「このシマシマはアライグマだよ。この前も見つけてパンあげたけど可愛かったよ」

「ほう。あなたでしたか」


 急に男性の冷ややかな声が混ざった。

 四人が一斉に振り返れば、そこには儀礼用の装束に身を包んだ美形。


 神使。薄墨を人に変えた張本人であるキツネだ。

 彼は真剣な顔で淡々と語る。


「野生動物に餌を与えるのは感心しませんね。特にアライグマは凶暴なので危険ですよ。運良く怪我をしなかったようですが、今後は一切しないように」

「は、はいっ、すみません!」


 ピンと背筋を伸ばして返事をするくーこ。

 その後ろで薄墨はムスッとし、八つ当たりのように焼き鳥をかじりついていた。


 ただ、怒っていても美形。残る二人は興奮気味な面持ちで話しかけてくる。


「あ、あの……写真いいですか!?」

「構いませんよ。ただ、代わりと言ってはなんですが、お願いがあります」


 丁寧な物腰だが、静かな怒りを見た直後。

 条件は何かとひどく緊張してしまう。


「まず、先程言った事を守ってください」

「はいっ!」

「そして、その子と仲良くしてください」


 きょとんとする一同。唐突な繋がりへの困惑が大きかった。


 だが、背景は分からずとも意味は把握。

 三人で薄墨をギュッと囲むように集まった。


「それならカンタン! なんたってもう親友だもんね?」

「そうそう。また次も遊びたいし」

「ね、いいよね?」


 神使との写真目当てではない、本音の好意。

 純粋な友情。

 温かな気持ちと笑顔がそこにはあった。


「うん、あたしたちはもう友達!」


 薄墨もまた、彼女らと過ごして食べ物の恩以上の楽しさを感じていた。

 だから満面の笑みを浮かべて、力強く答えたのだった。

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