つなぐ橋

ちかえ

八年も離れるなんて!

 イシアル学園の初等部と高等部の敷地をつなぐ道は渡り廊下や小道などがある。

 その一つに小さな橋がある。小さな人工の池を渡している橋だ。


 イザベルはその上で佇んでいた。


 この橋は半円のアーチが二つあり、水面に映る影と合わせるとメガネに見えると学園の生徒の間で評判だった。

 でも、今のイザベルには、異世界での数字の『8』を横倒しにした姿だとしか思えなかった。


「八年かぁ」


 橋の欄干に顔を埋めながら呟く。


 今日は学園の卒業式だった。そして、今はその記念の舞踏会が開かれている。

 それはイザベルのではない。イザベルの婚約者のデイヴィスのだ。

 そして、彼は卒業後にはミュコスという国へ留学してしまう。


 彼は魔術の実力が際立っているので、王族の命令でその国に魔術の奥義を学びに行くのだ。

 それは魔導師になるのに必要な事だ。それは分かる。


 でも、そのためには魔術大国であるミュコスで平均で八年修行する必要がある。


 八年。八年もデイヴィスと離れるのだ。

 こんな事は耐えられない。寂しい。つい涙が出そうになる。


「イザベル、そこで何をしているの?」


 後ろから声がかかる。イザベルはびっくりして飛び上がってしまった。


「デ、デイビ……デイヴィス様!」


 慌てて振り返る。そこにはデイヴィスが呆れ顔をして立っていた。


「僕のお見送りをしてくれるんじゃないの? 何でこんな所にいるの」


 デイヴィスの言葉にイザベルは答えない。ぷい、と横を向く。正直子供っぽいとは思う。でも止められないのだ。


「イザベル」


 静かに返答を促される。


「デイヴィス様こそ、みんなに卒業おめでとうの言葉をもらわなくていいんですか?」

「いや、もうもらったよ。言ってくれないのはイザベルだけ」


 さらりと返事される。

 そうだ。それが言いたくなくて、言ったら辛くなる気がして、舞踏会の会場を抜けてきたのだ。


「卒業おめでとうございます」


 とりあえず顔も見ないで言った。デイヴィスはイザベルが何を考えているのか察したようで苦笑いを漏らす。


「俺がミュコスに行くことは二年前から分かってた事だろ?」


 口調が変わった。誰もいないから丁寧な言葉を止めたのだろう。


 どうやら説得に入るらしい。

 でも、それに屈したくはない。なのでそのままそっぽを向いておく。そうだけど、と言おうかと思ったが、言わない。


「何が不満なんだよ」

「もう苦手な魔術を教えてもらえないんだね」

「……それは自分で頑張れよ」


 あっさりと言い返された。まあ、それはその通りだ。

 水面に映る半円を恨めしそうに眺める。そこには膨れっ面の自分も映っている。呆れ顔をしているデイヴィスの顔も。


「寂しい?」

「うん」


 さらりと聞かれるので素直に答えてしまった。


「だって八年だよ。長すぎるよ」

「俺がそんなにかかると思うか?」

「……え?」


 思いがけない言葉についまた後ろを振り返ってしまった。


「五年……いや、四年で帰ってきてやるよ」

「はい!?」


 自信満々に言われる。それは実際に難しいのではないだろうか。そう言ってなだめるだけのつもりだろうか。


「分かった。四年で帰って来なかったらお前の言うことなんでも聞いてやるよ」


 どうやら本気のようだ。そうでなければこんな自分に不利な事は言い出さない。


「四年ね」


 それでも長いが、我慢するしかない。


 あと、休暇では一時帰宅して会いに来てくれると約束してくれる。


 それだけ譲歩してくれるのだ。膨れているわけにはいられない。機嫌を直すしかない。


 分かった、と言おうと口を開く。そこにデイヴィスの唇が落ちてきた。欄干を背にして。


「では戻ろうか」


 さらっと手を繋がれる。


 初等部と高等部をつないでる橋の欄干を背にしてキスをすると永遠に結ばれるというジンクスがある。二つの目が、いや、二つの『レンズ』が見ているから、ということだ。


 デイヴィスはジンクスなどは馬鹿にする性格だ。

 なのに、それにあやかってくれた。それだけ譲歩してくれたのだ。イザベルのために。


 ありがとう、とは恥ずかしくて言えない。でも、それを示すために、イザベルはデイヴィスの手をそっと握り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

つなぐ橋 ちかえ @ChikaeK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ