探検家ロカテリアと大蛇(5)
大蛇討伐の報せを聞いて、隣村からも祝いの酒を持った民がかけつけ、大宴会がひらかれていた。
次の生贄が誰かと、おびえて暮らして来た少女たちの頬には、未来への希望が輝いている。
「本当にありがとうございました」
ヒザに額がくっつきそうなほど、深々とお辞儀をしていた祖父と孫は、そろってピョコンと顔を上げる。
その後で、赤毛の少女がメガネを直すのを見て、ロカテリアは苦笑いした。
「曲がっちまったね、悪いことをしたよ」
少女は顔の前で、両手をブンブンと振る。
「そんなっ、メガネなんか直せばいいんです。ロカテリアさんこそ、その手……本当に大丈夫なんですか?」
包帯が巻かれた老婆の拳に目をやって、大男はため息をつく。
「まぁね、拳なんか治せばいいのさ」
口真似された少女は、それすら嬉しそうに肩をすくめた。
「探検家ロカテリアさん、次はどこに探検に行かれるつもりなんですか?」
無邪気な問いに「そうだねぇ」と言いながら胸ポケットを探り、出撃前に祈祷師にタバコを預けてしまったことを思い出して顔をしかめた。
仕方なく膝の上に大切に抱えたトランクを撫でて、考える時間を稼ぐ。
大蛇討伐は、ロカテリアにとって最後の思い残しだった。
ひたひたと忍び寄って来る老いをねじ伏せて、素材を集めた探検は、どれも彼女にとって「最後の」ものだ。
この後は、トランクを作ってくれた職人の墓のある場所へ行き、だんだん短くなるタバコみたいに暮らし、最後は煙になって終われればいい。
しかしそれは、今いっぱいに未来への風を受けて飛び立とうとしている少女に聞かせるには、あまりにしみったれた話だった。
だからロカテリアは、唐突に思いついた景色を、大げさな身振りと一緒に伝えた。
「中央に近い町にね、ものすごい数のバッファローを飼ってる牧場があるんだ、そこでごくまれに、金色のツノの水牛が産まれるらしい。次はそこにしようかね」
わぁ、と少女は目を輝かせた。
「えぇっ、次はここから中央?」
素っ頓狂な声を上げた大男に、ロカテリアは嫌そうに目を細める。
「あんたはここで用無しだよ、どこへでもお行き」
そんなこと言わないでくださいよぉと、べそをかく大男は本当にこの先の道中で、ロカテリアに撒かれる運命である。
「さて、そろそろ行こうかね」
立ち上がった老婆に、全員が驚いて声を上げる。
「オレ、まだご馳走食ってない」
「せめて一晩は泊まって、体を休めていって下さい」
「まだ宴は始まったばかりです、村長からもお礼を申し上げたいと……」
皆からの声に背中を向けて、ロカテリアは手をヒラヒラさせた。
その背中で白髪のおさげが、彼女の意思とは無関係に、新たな旅を求めて揺れている。
「次に会った時にでも聞くことにするよ、またね」
=====
これにて2024年のKACお題全制覇です。
8話目の後でロカテリアが向かった先が、1話目の「受難」でしたというオチで収まりました。
全8回の素敵なお題によって書かせていただいた物語、まだ未読のものがございましたら、お読みくださると嬉しいです。
探検家ロカテリアシリーズにお付き合いくださって、まことにありがとうございました!
探検家ロカテリアと大蛇【KAC20248】 竹部 月子 @tukiko-t
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