~どっちでも、いいですよ~
「お片付け終わりましたわ……あら、なぜ光留がここにいるのかしら?」
理事長室へ入った華恋は、光留の姿を見つけて驚いた表情を浮かべた。
そしてそのまま光留のすぐ隣に腰をおろす。
「わたしが呼んだのだよ。少し彼と話をしたくてね」
「酷いわ伯父さま、わたくしのいない間にわたくしの光留を勝手に呼び出すなんて」
華恋は拗ねたように、理事長にそう訴える。
「華恋、彼はお前の下僕ではあるが、お前だけのものではないはずだよ」
「でも」
「ところで、随分と早く終わったね」
「ええ、
「ああ、そうしよう」
華恋と理事長の会話を聞きながら、光留はどこか居心地の悪さを感じていた。
華恋はピタリと光留に寄り添うようにして座っている。それも、当然のように。
『わたくしの光留』って……
華恋の言葉が、光留の頭の中を廻っていた。
俺、このまま華恋さんの下僕のままじゃ……
ふと、理事長が光留を見た。
光留の様子に気づき、フッと目を細める。
「夜明光留君」
「はい」
「実は本題はこれからだったのだが」
「……えっ」
「キミ自身がどうやら、気づき始めているようだね」
ゆっくりと立ち上がると、理事長は華恋のそばへ移動し、華恋の手を取って立ち上がらせる。
「華恋。下僕とそのように密着して座るものではないよ」
「伯父さま?」
「下僕は恋人ではない。華恋も彼との関係を、もう一度よく考えてみなさい」
「え……」
「さ、もう帰りなさい。夜明光留君、華恋を家まで送ってくれるね?」
「はい!」
理事長に促され、華恋は理事長室を出る。その後を追って理事長室を出る間際、光留の肩に理事長の手が乗った。
「華恋を、頼んだよ」
「はい」
大きく頷き、光留は理事長室を後にした。
「華恋さん? どこに」
「いいからついていらっしゃい」
家に帰ると思いきや、校舎を出た華恋が向かったのは、校舎裏。
そこは、華恋が光留に、『恋人か下僕か』の決断を迫った場所。
「光留」
沈黙のまま歩き続けていた華恋が、立ち止まって言った。
「もう一度、三分だけ待ってあげるわ。その間にお決めなさい。わたくしの恋人になるか、下僕になるか」
そして、スマホのタイマーを起動させる。
以前華恋に決断を迫られた時、光留は華恋の事を何も知らなかった。だから色々と考えすぎて、三分以内に決断ができなかった。
でも、今は違う。
華恋と共にいる時間を重ねた光留の心は、既に決まっている。
だから――
「今度はあなたが決める番ですよ、華恋さん」
「えっ?」
光留は華恋の手からそっと、スマホを取った。
既に時間は一分が経過している。
「何を言っているの?」
「華恋さんが決めたことなら、俺は受け入れます。だから、華恋さんが決めてください」
「光留……?」
校舎裏には今日も強い風が吹いている。
風に煽られた華恋の髪がフワリと揺れる。
「言い忘れましたけど、三分以内に決めない場合は、俺が決めさせてもらいますからね」
「ほんとうに、相変わらず生意気な下僕ね」
そう呟き、華恋は俯いた。
勝ち気そうな華恋の目は伏せられ、迷っているように見える。
だがその目元には、薄っすらと朱がさしている。
「二分経過です」
やがて、顔を上げた華恋は、まっすぐに光留を見た。
「ほんとうにわたくしが決めても、いいのね?」
「はい」
「いいわ。わたくし決めたわ」
光留はスマホのタイマーを止めた。時間は二分五十五秒。
「いいこと?今日からあなたはわたくしの――――」
華恋の言葉に、光留は目を丸くした。
なんだ、それも有りなんだ。もう、華恋さんたら欲張りだな。
そう思いながらも、じわじわと喜びが体の中から湧きおこってくる。
「はい。わかりました」
「期限は切らないわよ?わたくしがいいと言うまで、ずっとよ?」
「はい」
「ほんとうに、いいのね?」
「だから、いいって言ってるじゃないですか」
「だって……きゃっ」
光留は腕を伸ばし、華恋の体を抱きしめた。
体を強張らせる華恋の耳元で、そっと囁く。
「華恋さんこそ、いいんですか?」
「えっ?」
「俺に突然、こんなことされても」
「……いいに決まっているじゃない。でも」
「でも?」
「わたくしの初めてを奪った責任は、きっちりお取りなさいね」
「えっ?……っ」
ふいに、光留の唇に華恋の唇が触れた。
ほんの一瞬感じた、柔らかさと温もり。
「あの、華恋さん?」
「なにかしら?」
「どちらかと言うと、奪われたのは俺の方だと思うんですけど」
「あら」
光留の腕の中で、華恋が勝ち気そうな目に甘さを滲ませて笑う。
「これは恋人としての契約よ?だからあなたはもう、わたくしの下僕であり恋人なのよ」
「……はい」
華恋を抱きしめながら、光留は思っていた。
ほんと、華恋さんて欲張りだな。
下僕と恋人、両方取るなんて。
でも、そんな華恋さんが、俺はやっぱり、大好きだ。
【終】
お嬢様のお心のままに 平 遊 @taira_yuu
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