サニータの受難

相有 絵緖

不思議な世界を垣間見る。

そのメガネを着けるようになってから、サニータはいつも不思議な夢を見た。

魔法のある世界や、獣人の世界、冒険者が幅を効かせている世界、魔法のない世界。


その中で、サニータは決まって男性なのだ。


学園に通ったり、冒険者としてモンスターを倒したり、仕事をしたり、恋をしたり。それぞれに人生を楽しむ男性たちは、見目の良さも能力もバラバラで、一見なんの共通点もなかった。


サニータは、確かに読書は好きだがそんなに妄想の世界に浸るタイプではない。読んで、楽しんで、そして現実に帰ってくる。

きちんと線引きをしているつもりだ。

職場では頼れる女性として数人の部下を抱えて独り立ちしているし、夢に逃げるほど辛いとは思ったこともない。


けれども、少し視力が落ちたと感じてメガネを変えてから、なぜか男性になっていろんな世界を生きる夢を見るようになったのだ。


初めは、なんとなく面白かった。

物語をたくさん読んでいるおかげで、不思議な世界に浸れるのだろう、と楽しんですらいた。

けれど、何日も何日もそれが続けば、興味は恐怖に変わっていく。


それに、目覚める直前に彼らは必ず同じ男性に変わるのだ。

ハルタと呼ばれている男性は、一見平凡な男性にしか見えないのだが、どうやらその様々な世界を作り出している、神のような存在らしい。

その神のように世界を作り出す男性は、ほとんど無自覚に新しい世界を作ってその世界を楽しんでは次の世界を作っているようだ。見た目はとても普通なのに、能力が強烈である。


そしてどういうわけか、その能力が漏れ出てサニータの新しいメガネに付与されたのだろう。

メガネを前のものに替えてみたらその夢は見なかったので、ほぼ確定といっていい。

そのハルタが鏡をじっと見ていたときのことを思い出したサニータの胸は、ざわりと音を立てた。






「姉ちゃん。また口から漏れてる」

「あらやだ」

ゆいは、弟のあおに言われて口に手を当てた。


「ほんとそれ、どうにかならないの?俺の前だけなら別になんとかなるけどさぁ。他の人の前だとマジで痛いよ。新しい彼氏さんの前ではほんと黙ってた方がいいよ。そろそろ30なんだから結婚できなくなるよ」

「大丈夫、青の前以外ではほとんど出ないから。あぁでも、晴太くんの前でも出るわね」

「は?え、マ?やばっ、姉ちゃん、フラれる……?」

ソファに座ったまま、床に落ちたアイスを眺めるような目で見つめる弟の頭を、結は容赦なく引っ叩いた。


「そんなわけないでしょ!」

「いってぇ!え?じゃあ受け入れてくれてんの?すごっ。懐が深すぎる。姉ちゃん、その彼氏さん手放したら一生結婚できないよ、頑張って押し切って」

「まぁ、好みだし優しいし趣味趣向も合うし、手放す気はないけどね?晴太くん、あたしと一緒なの」

「一緒?」

「うん、一緒」

「……どういうこと?」

何のことかわからない弟は、ぽかんと姉を見上げた。

結は、にっこりと笑みを浮かべた。


「あたしと一緒で、妄想が口から出るタイプなの。二人でいるとめっちゃ出るわ。なんなら世界が広がるわ。でもこないだは晴太くんのお母さんの前でも出ててすごい面白かった」

「まさかのお母さんも……?」

「ううん。お母さんはすっごい理解があって、妄想の設定が甘いところとかにめっちゃつっこんでるの」

「妄想につっこみ」

「そんで晴太くんが黒歴史をえぐられるって落ち込んでた」

「息子の黒歴史をえぐる母親」

「お母さん、めっちゃいい人なんだよ。晴太くんに付き合えるあたしがいて良かったって、遊びに行ったらすっごいもてなしてくれるの。あたしの妄想の話にも付き合ってくれるし、それがまた楽しいのよね」

「えぇ……」


青は、なんとも言えない表情で姉を見た。


「おっと、そろそろ行ってくる。今日はあの漫画原作の映画見に行くのよ」

「噂の彼氏さんとデートかよ。え、まさか外でも妄想垂れ流してないよね?」

「それは大丈夫。あたしも晴太くんも、気が緩む家の中でしか出ないから。お互いに気を許してるってことよね。いいことだわ」

そうして、姉は出かけていった。


「まさかの奇跡的な組み合わせだったか」

そうつぶやき、青は心の中で晴太に合掌した。

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サニータの受難 相有 絵緖 @aiu_ewo

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