めがねうら

遠部右喬

第1話

 ようこそ、嬢ちゃん。さささ、どうぞお掛けなさい、遠慮なさらず。

 ハイ、ハイ、そうですよ。黙って座ればぴたりと当たる。コンタクト派はお断り、眼鏡人の、眼鏡人による、眼鏡っ子の為の占い師、それがワシ、「眼鏡卜めがねうら」ですじゃ。

 誰がオオトンボ目じゃ、どう見ても人間じゃろがい。あっちは「メガ・ネウラ」、ワシは「眼鏡・卜」。まったく、失礼だな、チミィ。まあ今回は、そのおしゃまな赤いフレームに免じて、特別に許してあげよう。

 では、気を取り直して……いや、皆まで言いなさんな。恋の行方……じゃろ?

 ふっふっふっ、ワシも眼鏡卜道五十年。嬢ちゃんのお悩みは、その掛けてる眼鏡に浮かんで見えるって寸法じゃ。案ずるなかれ、悩み事など、このワシがちょちょいっと解決してしんぜよう。

 さあ、この聖なる眼鏡を持って……そうしたら、この祓い清めたセリートで心を込めて磨くんじゃ……そうそう、レンズだけじゃなく、フレームも丁寧にの……いい感じじゃぞ……ふむふむ……ハイッ! 見えたあ!

 それじゃ、聖眼鏡のお告げを伝えよう。心してお聞き。

 「気になるあの人と接近するチャンス到来。思い切ってランチに誘ってみるといいかも。ラッキーフードは熱々のラーメン。湯気で曇ったレンズが、緊張を和らげてくれるかも⁈ この時期、眼鏡ケースを買い替えるのも吉。色はグレージュ、レザー素材がおススメ!」

 ふう、こんなにはっきり見えたのは久しぶりじゃ、嬢ちゃんはツイとるよ。

 さて、鑑定料の五千円を頂戴します。更に詳しい占いは、追加の鑑定料三千円で……ああそう、もう帰るの? 残念じゃのー。それじゃあ、気を付けての。



 おや、嬢ちゃん久しぶりですじゃ。

 もちろん覚えとるよ。今日の鼈甲のウェリントンもいいが、あのオーバルの赤いフレームはよく似あっとった、忘れたりするもんかい。

 ほうほう、わざわざ報告に来てくれたのかい。

 そりゃあ、えかった。道理で、今日のレンズは曇っていない訳じゃの。

 なあに、世の眼鏡っ子を救う為の占いじゃ、嬢ちゃんが幸せになったな……ら……?

 妙じゃねえ……今日の嬢ちゃんの眼鏡からは何のバイブレイションも感じないんじゃが……もしやその眼鏡は……? 

 やっぱり! か、帰っとくれ! 安易に眼鏡を捨てコンタクトに走り、その上伊達眼鏡とは……ええい、眼鏡っ子の風上にも置けん。まさに悪魔の所業よ。

 ええから帰っとくれ。帰れったら、帰れええええ!

 ……ふんっ、男が出来た途端に垢抜けようとしよって……ああ、また一人、眼鏡っ子が消えてしもた……ワシの愛する眼鏡っ子が……。この街も、もう潮時かの。悲しい思い出が増え過ぎたわい。コンタクトだのレーシックだのに、一体、何人の眼鏡っ子を奪われたか……。今の時代、ちょっとシャイで、お洒落するのが照れ臭い、そんな眼鏡っ子はもう古いのかねえ……。

 ああ、すいませんねえ、お客さん。今夜はもう店仕舞いするつもりでして……ややっ! これは実に見事な、近来稀に見る瓶底眼鏡!

 さささ、どうぞお掛けなさいよ坊っちゃん、遠慮なさらず。え? 店仕舞い? 何の事やら。


 ハイ、ハイ、そうですよ。黙って座ればぴたりと当たる。コンタクト派はお断り、眼鏡人の、眼鏡人による、眼鏡っ子の為の占い師、それがワシ、「眼鏡卜」ですじゃ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

めがねうら 遠部右喬 @SnowChildA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ