第24話 後日談 十数年後


「すみません、今回の話は無かったことに」


「そ、そんな……どこが、いけなかったのでしょうか?」


「すみません……どこが、という訳ではないのですが……」


 私の我儘で行き馴染みの店を指定し、お見合い場所にさせてもらった訳だが。

 今回も、お断りさせて頂く状況になってしまった。

 こう言ってはとても失礼だが、条件としては悪くないのだ。

 お金持ちの家の息子だし、親の仕事は非常に順調。

 身分もあって、まさに申し分ないと言える相手ではある。

 さらに見た目も悪くはない。

 だがしかし……こう、ピンと来ないのだ。

 ひたすら相手に謝罪の言葉を続けていれば、彼は溜息を吐いてから店を出ていった。

 まぁ、こんなものだろう。

 こちらもため息を一つ溢し、珈琲を口に含んだ。

 少し冷めてしまったが、濃厚な味わいと舌先に感じる昔から変わらぬ苦み。

 今でも覚えているのだ。

 この店で、王子様に出会った事を。

 私の誕生日に、祖母がいつもより高いお店に連れて行ってくれると言ってくれたのだ。

 私はどんなに美味しい物が食べられるのかと楽しみにして、このお店に訪れた。

 その当時は味の違いや、食品の良し悪しなんて分からなかった私は、とにかく綺麗なお店でいっぱい食べた記憶がある。

 そして会計時、祖母が困った様子を浮かべたのだ。

 今でこそ分かるが、所持金が足りなかったらしい。

 非常に慌てた様子の祖母と、困り顔の店員。

 二人の間に挟まれ、今にも泣きそうになってしまった事を昨日の様に思い出せる。

 でもその時、颯爽と現れた殿方が居たのだ。

 凄く綺麗な声を上げ、綺麗な姿勢を保ったまま。

 優しい微笑みを浮かべつつ、私にバースデーケーキを用意してくれた。

 あの記憶が、ずっと残っているのだ。

 もう十数年も前の話だというのに。

 私は未だに、あの時の恋心が忘れられないでいる。


「こんな事をしているから、結婚相手の一人も選べないんでしょうね。また両親からは怒られてしまいます……」


 大きな溜息と共にコーヒーカップを皿に戻し、伝票を手に取った。

 私の我儘でこの店を選ばせて頂いた上、相手にはお断りを入れたのだ。

 此方が支払を持つの当然、というか奢って貰うなんて申し訳なさ過ぎる。

 それは分かっているのだが、どうしてもあの王子様と比べてしまう。

 あの人だったら、私に伝票すら触らせなかった気がする。

 もちろんこんなのは、勘違い女の都合の良い妄想だと分かっているのだが。

 この店に来るたびに、どうしても彼の事を思い出してしまう。

 まるで思い出と見合い相手を比べてしまっている様で、良くない事をしている自覚はあるのだが。

 改めてため息を溢してから、会計のカウンターに伝票を差し出してみれば。


「あっ……スゥゥ、そっか。最近こんな事ばかりだったから……」


 非常に、不味い事になった。

 所持金が、足りない。

 普通のお見合いであれば両親も同席し、財布を出す機会すらないだろう。

 しかしながら、それではあまりにも大事になってしまう上にお互い喋り辛いっていうのもある。

 だからこそお見合いという名のデートと言う事で、二人だけで合う約束を取り付けていたのだが。

 少々不味い事態が発生した。

 最近両親がお見合いをガンガン勧めて来るモノだから、連日この店に通ってしまった。

 結果は、言わずもがな。

 そしてお断りを続けた結果、会計は基本私の財布から。

 つまり連日私が二人分のお支払を続けていたのだ。

 向こうはフラれた訳だから、当たり前と言えば当たり前だが。

 私のお財布はスッカラカン。

 あぁもう……コレはあまりやりたくなかったが、家の名前を出してツケにしてもらう他――


「お嬢さん。えらく気前よく色々頼んでいたけど、誕生日ですか? おめでとうございます」


 そんな声と同時に、後ろに並んでいた人が私の伝票と自らの伝票を重ねて来た。

 はいっ!? と、思わず声を上げそうになったが。


「じゃぁ今日は一日お姫様だ。良い一日を、お姫様」


 それだけ言って、彼は二枚の伝票の上に大金貨を置いた。

 更に言うなら、振り返った先に居たその人は。

 どう見ても、あの時の“王子様”だったのだ。

 真っ黒いローブを頭から被り、その肩には羽の生えたトカゲが乗っている。

 普通なら疑ってしまう様な風貌だというのに、私の目には輝いて見えた。


「アーシャ、行くよ? 全く、久し振りに懐かしい味が食べたいと言うから戻って来たのに。やる事はナンパかい? そんな子に育てた覚えはないんだが。パタパタと羽を動かした私の気持ちにもなってくれ」


「リオナ、それは誤解です。以前こうして困っている人に対して、手を差し伸べる指示を出したのはリオナだ。教えに忠実に従っただけですよ」


 困った様に笑いながら、連れである女性……そっちも黒いローブで身を隠していたが。

 彼女に向かって走りだす男の人。


「あ、あのっ!」


「お客様! お釣り! お釣り忘れてますよ!?」


 私の声より、店員の声の方が大きかった。

 昔と比べて、この店の店員は非常に活き活きしている。

 だからこそ私の声なんかかき消すくらいに、大きな声が上がってしまった訳だが。


「あぁ、すまない! 追加の注文だ、その子にバースデーケーキを。大金貨でも余らないくらい盛大なヤツを頼むよ!」


 それだけ言って、彼は店から出て行ってしまった。

 残された私と店員は、思わずポカンと口を開けてしまったが。

 やっと、見つけた。

 私の王子様。

 幼い頃の記憶でも、しっかりと覚えている。

 ピンチの時に助けてくれて、先程同様颯爽と現れた男性。

 白髪に、赤い瞳。

 昔と違って、姿を隠すかの様にローブを纏っていたが。

 でも、間違いない。


「お、お待ちください!」


「あぁぁ! お客様! 今ケーキを作りますから!」


「あぁぁ、そうでした! えぇと、家に配達は可能ですか!? 私こういう者でして……」


「常連のお客様ですからね、お家も把握しております……了解致しました。であれば……早く追ってください! ケーキは此方で送り届けます! 彼にお話があるのでしょう!? 行って! 早く行って!」


 店員に急かされながらも、店を飛び出してみれば。

 大通りと言う事もあり、人が多い。

 キョロキョロと見回しても、あの黒いローブが見つからない……せめてフードだけでも外してくれれば、銀髪が目立つと言うのに。

 何て事を思いながらもひたすらに走った。

 相手が何処に居るのかも分からないのに、こんな行動無駄かもしれないけど。

 それでも、お礼が言いたかったのだ。

 気持ちを伝えたかったのだ。

 例え叶わぬ恋だと分かっていても、彼に対して。

 だからこそひたすらに、出鱈目に走ってみれば。


「いいかい? アーシャ、ナンパは禁止だ。君は旅人なんだよ? 子種を振り撒いて姿をくらますつもりなのかい? とんでもない男だね」


「言い方……それから、ナンパじゃないですって。ホラ、前にもあの店で同じような事したじゃないですか。だから、良いかなぁって」


「そうだっけ?」


「そうですよ」


「でもあまり若い女の子に良い恰好するのは、感心しないね」


「リオナ……機嫌悪いですね」


 裏路地で話している二人を、発見してしまった。

 思わず駆け寄り、飛びつく勢いで捕獲してみれば。


「ホラ、この通りだ。アーシャ、どう責任を取るつもりだい?」


 黒いローブの女性からは、非常に冷たい言葉を頂いてしまったが。

 それでも、言いたい事があるのだ。


「あ、あの! 十数年前に、同じように助けてくれた事は有りませんでしたか!? 私は祖母に連れられて、あの店に行きました。その際に、貴方に似た少年に助けてもらったと記憶しております!」


 また相手が逃げ出さない内に、一気に捲し立ててみた訳だが。

 彼は一瞬だけ驚いた表情を浮かべてから。


「あぁ……なるほど。どこかで見た事あるなって思ったけど……あの時の子か! 凄い偶然ですね、久しぶり。って、こんなテンションで話されても困りますよね……」


 相手は困った様な表情を浮かべてから一旦視線を逸らし、再び此方へと瞳を向けて来たが。

 その目は、私が見て来た誰よりも優しい色をしていた。


「嬉しいよ、こうして昔会った人に出会える事が。ありがとう、これだけでも凄く良い思い出になった」


 とても嬉しそうに、王子様が笑っているのだ。

 思わず見惚れてしまったが、彼は私の腕を解いてから。


「誕生日おめでとう。それから、これからも幸あらん事を。俺達はずっと君の幸せを願っている。それだけが、旅人に出来る事だから」


 その言葉と共に、周囲に突風が吹き荒れた。


「アーシャ、場所を変えるよ?」


「えぇリオナ、お願いします」


「全く……これくらい今の君なら出来るだろうに。いつまでも私に頼るんだな? アーシャ」


「俺はリオナが大好きですから。俺の為にやってくれると思うと嬉しくて、つい」


「……はぁ、この子は。早く場所を移すよ」


 そんな言葉と共に、両名の姿は虚空に消えるのであった。

 まるで白昼夢。

 幻でも見ていたのかと思う程の、信じられない光景ではあったが。

 それでも。


「ま、また出会えた……今度は話す事も出来た。もはや運命……!」


 爆発しそうな程に脈打った心臓は、彼の事を思い出すたびに加速していくのであった。

 アーシャ、そう呼ばれていた。

 なるほど、彼はアーシャ様と言うのか。

 つまり、私の運命の相手の名前が判明したと言う訳だ。


「絶対、絶対に私の旦那様になって頂きますからね! アーシャ様ぁぁぁ!」


 暗い裏路地で、私は大きな声を上げながら天に向かって拳を振り上げるのであった。

 戻って来てくれた、十数年も待った甲斐は確かにあった。

 彼がこの街に居る間に、捕まえてしまわないと。


「フ、フフフ。見つけますわよ? 未来の旦那様」


 決意を固めた私の体力は、興奮した感情によって無珍蔵かという程に膨れ上がり。

 街の隅から隅まで見て回る勢いで、日が沈むまであの黒いローブを探し続けるのであった。

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竜人リオナサレイヤは、食の為に旅を続ける。 くろぬか @kuronuka

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