第23話 最終話 再び、世界へ
「見送り、感謝するよ」
街の門の前で振り返ってみれば、ココで関わった貴族の当主が二人ほど。
そして彼等の使用人達が、ズラリと並んでいた。
本来は命を狙った側と狙われた側だったと言うのに、今では事業拡張の為に手を取り合っているというのだから、不思議なモノだ。
「本当に、行ってしまうのだな……私が差し出した飲食無料券。期限は無い、いつでも街に戻って来て好きな時に使ってくれ」
一人がそう呟けば、随分と世話になった執事やメイドが涙を溜めながら此方を見つめて来た。
「助けてもらったのに、大した礼も出来ずにすまない。せめてもの償いだ、使ってくれ」
そう言ってもう一人が差し出して来るのは、なんと魔法袋そのもの。
ただでさえ入手が難しい代物だというのに、気前の良い事だ。
なんて事を思っている内に、相手はアーシャの腰に魔法袋を取り付けた。
そして彼は膝を着き、私の事を見上げてから。
「我々は、いつまでも貴女方の帰還を待っている。何年経とうと、何十年が過ぎようと。この街に立ち寄った時には、顔を見せてくれ。本当に軽くでも構わない、少し顔を出すだけでも構わない。我々は、笑顔で“おかえり”と言葉にしよう」
こんな事を言って貰えたのは、初めての経験だった。
待っている人が居る。
そう思えるだけで、もう一度この地に訪れようと思ってしまうのだから不思議なものだ。
私も、案外単純な生物なのかもしれない。
「ありがとう、ございます……皆さん、どうかお元気で」
「あぁ、もちろんだ。アーシャ君も……元気で。今度来た時には、私の店がこの街で一番繁盛しているだろうからな。期待しておいてくれ」
「えぇ、それはもう」
柔らかい笑みを浮かべるアーシャだったが、目尻には涙が浮かんでいる。
コレがあるから、出会いは良いけど別れは嫌なんだ。
なんて思ってしまうが、やっぱり今回ばかりは……良い気分だ。
「アーシャ、行くよ。出発の時間だ」
「はい……はいっ! 一緒に行きます、リオナ!」
歩き出した私の隣に、彼はすぐさま並んで来た。
コレで良い。
出会いと別れも、旅の醍醐味というじゃないか。
この子はこれからも多くを経験し、様々な感情を抱く事だろう。
それが多ければ多い程、人生は豊かになる。
私達とは違い、短い人生だからこそ。
より多くの経験を積ませてあげたい。
いつか想い人が出来て、どこかの街に残る決断をするかもしれない。
旅に嫌気がさして、どこかで普通に生きるかもしれない。
何だって良いさ、それがアーシャの選んだ人生なら。
彼が満足し、精一杯生きられる道を選ぶのなら、私はソレで良い。
また一人旅に戻ってしまうのは、少々寂しいが。
でも私は長命、だからこそ時代そのものの観測者とも言えるのだろう。
一つの物に執着するべきではない。
ソレは分かっているのだが。
「リオナ殿! アーシャ君! またな! また会おう!」
「さらばだ、二人共! いつかきっと、元気な姿を見せくれ!」
二人の当主が手を振り、使用人達も皆揃って見送ってくれる光景を見ると。
こういうのも、良いなと思ってしまったりするのだ。
「少しだけ、寂しいですね」
「そうだね、アーシャ。でも私達は旅人だ、こんな事を何度も繰り返すんだよ?」
もしも嫌なら、この国に……そう、言おうとしてしまった。
いつもの癖で、軽い気持ちで。
でも、彼は笑うのだ。
「別れは悲しいですけど、きっとまた会えます。それに、リオナだけは絶対に隣に居てくれます。だから、大丈夫です」
その笑顔は、私には少々眩し過ぎた。
これまで、幾多の物を諦めて来た私には。
でも、本来はこういう物なのかもしれないな。
隣に誰かが居る、それだけで足を進める事が出来る。
それが旅人、私の様な存在の……本来の生き方なのかもしれない。
「……ありがとう、アーシャ。これからもよろしくね?」
「はいっ! もちろんです! 俺はリオナの隣を歩くって決めましたから!」
こうして、竜人と少年の旅は続いていく。
目的なんか無い、ただただ旅を続けるだけ。
美味しい物が食べたいな、なんて子供っぽい理由を浮かべながらも。
私達の旅は、何処までも続いて行くのだ。
人生に躓いた時、人は絶望し自らの命を絶つ事があるんだとか。
であれば、私は言おう。
そんなの、勿体ないと。
今有る金を握り締め、旅に出ろ。
知らない物を食べ、腹を壊す事もあるだろう。
なかなか上手く行かず、死にたくなる事もあるだろう。
でもそれは、自らが一度諦めた地点からずっと先の自分自身である事には間違いない。
生き残れ、人々よ。
私からすればずっと短い人生ではあるが、本人からしたら永遠の様に感じるのであれば。
新しい物を、探しに行け。
きっとそれは、一つの地で生きて来た者達には見る事の出来ない光景だから。
きっとそれは、その瞳にはとても美しく映る筈だから。
だからこそ、旅に出ろ。
絶望していたソレが馬鹿らしくなるくらい、世界は広いのだから。
自らの脚で、恐れず一歩を踏み出してみろ。
そうすれば、文字通り世界が変わる。
それはもう、私の様に。
一人で行き詰っている暇など無いくらいに、事態が動いていくのだから。
「アーシャ、今日は何が食べたい?」
「旅に出たばかりですからね……食料を温存する為にも、今日は狩りをしながら進みましょう!」
「なら、そうしようか。街で食べた物より荒っぽい味になってしまうが……アーシャは我慢できるかな?」
「そこまで子供じゃありません。それに、狩りとは命を頂く事。その意味を忘れたりしません」
「うん、ならば良し。良い子だね、しっかりと教えを覚えている」
「リオナは少々俺の事を子ども扱いし過ぎです……」
「それはすまなかった、では行こうか。次の街までは少し遠いよ?」
「望む所です!」
旅は続く、何処までも。
人が居て、街があって。
私達が生きて行く限りは、どこまでも続いていく。
だからこそ、今日を生きる。
明日に繋げる為に、毎日訪れる今日を生き残る為に。
でもそれが、たまらなく楽しいんだ。
それこそが旅、見える全てが新しい光景。
こんなの、楽しくない訳が無いじゃないか。
何てことを思いつつ、私達は何でもない街道に沿って脚を進めるのであった。
※※※
「アーシャー……また角が伸びて来たぁ……」
「もう少し我慢して下さい。物凄く小さい角ばかり売っていても、商会に怪しまれますよ? あ、それなら一度竜の姿に戻ります? アレなら大きな角を確保出来ますし」
「アレは服が皆駄目になっちゃうから、出来ればやりたくないなぁ……いやまぁ裸だったら問題ないけど、それに竜のままだと多分切断できないよ?」
「ん? え? あれ? ちょっと待って下さい。だって前回、いつもの黒ローブに戻りましたよね?」
「ローブだけはねぇ。流石に素っ裸は不味いと思って、急いで着た」
「あの時中身は素っ裸だったんですか!? 確かに妙に柔らかいと思いましたけど……いやいやいや、何考えてるんですかリオナ! 今後人前で竜化は禁止ですからね!? 前回だって何人の男性がその場に居たと思っているんですか!?」
あまりの衝撃的な事実に串を取り落としながら、水浴びをしている彼女の方へと振り返ってみれば。
河原から半身を出したリオナが、此方に背中を向けていた。
水面が月明かりを反射して輝く中、その光に負けない様な真っ白い背中。
そして白銀の長い髪の毛に、黒い角。
いつ見ても、彼女は美しい。
この歳で何を言っているのかと思われそうだが、それ以外であの人を表現する他の言葉を、俺は知らないのだ。
「ん? どうしたの? 一緒に水浴びする?」
「い、いえ! 料理中なので!」
慌てて視線を逸らしてみたものの、彼女に見とれていた事がバレてしまったらしく。
物凄く恥ずかしい気持ちになりながら料理に集中し始めた。
こういう事に関して、リオナは全く気にしない。
むしろ一緒に水浴びをしようと誘ってくるくらいだ。
何度でも言うが、俺は男だ。
いくらまだ幼いとはいえ、男なのだ。
だからこそ、彼女の誘いに乗る訳にはいかない。
その隣に立つと決めた以上、俺にだって“そういう覚悟”が決まった後じゃないと、甘える訳にはいかない。
なんて、思ってみたりもする訳だが。
「相変わらずマセているね、アーシャ。おや、今日は久し振りに川魚の塩焼きかい? いいね、旅と言えば質素。ソレを思い出させてくれる様な料理だ」
「普通は塩をここまで豪快に使う事すら、贅沢なんですけどね」
「我々は少し贅沢な旅人、そう言う事で良いじゃないか」
そんな事を言いながら、薄着のリオナが戻って来た。
あぁもう、本当に。
この人はもう少し性知識を学ぶべきだと思うんだ。
マセているだなんだと言って来るが、俺の歳だって経験している奴等はいるくらいだし……だから、その。
「リオナ、しっかりと服を着てから食事にして下さい。はしたないですよ」
「えぇぇ……良いじゃないか、誰が見ている訳でも無し」
「俺が見ています、なのでそんな薄着ではなく、せめてローブを羽織って下さい」
「最近アーシャが前以上に厳しいよ……」
「これでも成長していますので。ホラ早く、ちゃんと服を着て下さい」
色々な欲望を押し殺したうえで、リオナに口を酸っぱくしてでも常識を叩き込むのであった。
この人、一人だったら野営でも裸でうろつきそうな勢いだし。
確かにね、ドラゴンだし。
何に襲われても心配ないのかもしれない。
でもね、駄目です。
簡単に肌を晒さないで下さい。
色々と刺激的な上に、他の奴等に見られるとか嫌なので。
「着たよアーシャ、魚食べても良い?」
「えぇどうぞ、存分にお召し上がりくださいませっと」
はぁぁ、と大きなため息をついている間にも。
彼女はカブッと川魚に齧り付き、んん~っと幸せそうな表情を溢す。
警戒心とか、まるで無い感じに。
「腕を上げたねぇアーシャ。野営中だというのに、露店で売っている物と変わらないくらいに美味しいよ」
「それはどうも。俺だって少しは、美味しい物を作れるんですからね」
「なにやら、不機嫌かい?」
「そんな事はありません、いっぱい食べて下さい。沢山獲って来たので」
「ふむ? まぁ良いか。ありがとね、アーシャ。とても美味しい」
そんな事を言いながら、柔らかい微笑みを溢して俺の頭に手を置いてくる。
こういうのが、ズルいなぁって思ったりもする訳だが。
言葉にしてしまえば、きっと疑問を持ってしまうのだろう。
だからこそ、言ってやらない。
今はまだ、子供として見られてもおかしくない歳なんだ。
だったらもっと成長してから、彼女がちゃんと“男”と認識する程に強くなってやれば良い。
それまで我慢、我慢だ……などと思っていれば。
「ちょっとリオナ! 本当にローブ着ただけじゃないですか! 他の服はどうしたんですか!」
チラリと見えるその隙間から、彼女の肌が見えているのだ。
しかし、相手は。
「いやでも、アーシャの作ってくれたご飯が早く食べたかったし。こればかりは仕方ないと思うんだ」
「いやいやいや、反省してない上に何を自己肯定してるんですか!? ちゃんと服着て下さいって言いましたよね!?」
本日もまた、普段と似た様な会話が繰り広げられるのであった。
この人、人目が無いとどこまでもズボラになるのだ。
極限まで手を抜こうとするのだ。
街中に居る時は格好付けた様な口調で喋る癖に、他の目が無くなったらコレだよ。
のんびりだし、いつも眠そうだし。
そして寝たらなかなか起きないし!
「リオナ、もう少しちゃんとして下さい! だらしないですよ!?」
「うえぇぇ……アーシャが怒るぅ……」
これではどっちが子供なのか分からないではないか。
そんな事を思いつつも、今日も野営しながら夜が更けていくのであった。
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