第22話 旅の意味
「今宵はぁぁぁ! 宴だぁぁ!」
「「「うぉぉぉぉ!」」」
叫ぶ貴族、ソレに答えて声を上げる執事やメイド達。
私達がココに滞在する最後の日だと言う事で、家を挙げて“さよなら会”ならぬ、“行ってらっしゃいの会”とやらを開いてくれるらしい。
本日ばかりは他に人を呼ばず、本当にこの家の関係者のみ。
とにかく自らが出している店の最高級品やら何やら、全てを持ち込んで大騒ぎする様だ。
「さて、長ったらしい言葉は時間の無駄だ。さっ、どんどん食べてくれたまえ」
そんな訳で、テーブルに付いた私とアーシャの前に様々な料理が運ばれて来る。
コース料理ですらない、好きな物を好きなだけ食べろという趣旨らしい。
「では、頂こうかな」
「えと、いただきます……」
二人揃って祈りのポーズをしてから、手近な物から手を付けた。
コレはまた、意外な物があるもので。
お金持ちの貴族の家で、まさか揚げ芋が出て来るとは。
恐らくこの家の系列の店、露店などで販売されている物なのだろう。
薄い縦長の円盤型、一つ一つ持ちやすい様にする為か半分程紙が巻かれている。
匂いからして芋の揚げ物で間違い無いと思うのだけれども……この形は初めて見た。
手に取ってから、そのままバクリと頂いてみると……あぁ、なるほど。
細かく切った芋を成形し、この形で揚げているのか。
他にも色々と混ぜてあるらしく、噛んだ瞬間に旨味が広がって来る様だ。
そして何より、普通の揚げ芋とまた違った味わいと噛み応えが面白い。
うん、芋を挙げるだけでも美味しいし、私は結構好きだけど。
コレもまた、癖になる様な食べ応えだ。
「ハッシュポテトという料理だ。どうだ? 旨いか? ちなみに私はコレが好きでな……自らの好みに合わせて色々と味付けを変えてみたんだ」
自慢げにそんな事を言って来る御貴族様が、私には酒を。
アーシャにはジュースを自らの手で注いでくれた。
なんともまぁ、堅苦しくない貴族も居る者で。
「あぁ、美味しいよ。コレは初めて食べたかな。以前にも細かい芋を成形して揚げる様な料理は食べた記憶があるが、ここまででは無かった。噛みしめた時のサクッとした歯応えが良いし、細かく刻んであることでしっかりと味が染み込んでいる」
「芋本来の味わいを求めるなら、普通のポテトの方が良いんだろうがな。まぁそう言った物は街中でいくらでも食える」
「どちらも好きだけどね?」
フフッと微笑みを溢しながらいくつか平らげてから、アーシャに視線を向けてみれば。
彼は随分と大きなハンバーガーが頑張って頬張っていた。
いや、本当に冗談みたいに凄く大きい。
これはアレだろうか? パーティーなどのジョーク品か、もしくはあの鶏肉兄弟の様なのに売る為の商品なのだろうか?
些か物が大きすぎて、アーシャの口ではバクリと行くのは難しそうに見えるが。
それでも、彼は精一杯大きな口を開けながらバクバクと噛みついていく。
「凄いですコレ、肉厚のハンバーグは勿論の事。野菜が物凄くいっぱい入ってます! 噛みしめる度に、野菜のシャキシャキって歯応えと肉の旨味がいっぺんに押し寄せてきますよ! それにチーズが抜群に合う。あとソースも凄いです! この為に作られたんだろうなって予想出来るくらい、物凄く味を調えてくれますよ!」
満足気に語る彼は、興奮気味にハンバーガーに再び齧りついた。
あまりにも大きいから、口周りはベトベトになってしまっているが。
彼の口元をハンカチで拭ってから、私も次の料理を……。
「やはり、高そうな料理を出してもらっているのに後回しにするのは失礼か」
ニッと口元を吊り上げてから、明らかに目立っている巨大ステーキの皿を手に取った。
コチラもあまりに巨大、普通の店で食べたらいったいいくらするんだと言ってしまいそうなソレ。
この大きさでは、切り分けるのですら大変そうな見た目をしている訳だが。
「そちらは通称“ドラゴンステーキ”。とはいえ、本物のドラゴンを使用している訳ではございません。とても状態の良い牛肉を、豪快に使った一品となっております。まぁ、見た目で名前が付いたと言う事ですな」
初老の執事が、笑いながらそんな事を言って来た。
一瞬肝を冷やしてしまったではないか。
流石に同族を食べるのは気が引ける……と言う程でもないか。
最近の竜なんて、知性の欠片も無いし。
そこらに居る獣と一緒だ。
まぁそんな事は良いとして。
「ほぉ……コレはまた。凄いな、とても柔らかい。しかも驚く程肉脂が零れて来る」
「巨大なお肉ですからね、ただ焼くだけとはまいりません。だからこそ、職人技が絶対に必要となる一品です。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
執事の男が、私のグラスに赤ワインを注ぎ始めた。
この酒が、一番合うと言う事なのだろう。
思わずゴクリと唾を飲み込みながら、ステーキ肉に対して本格的にナイフを入れてみれば。
あぁ、何と言う事だろう。
スッと切れる程の柔らかい牛肉、だと言うのに断面から見えるのは美しい赤身。
これ程大きいのだ、生焼けどころか生その物っていう可能性だってあったのに。
この赤身は、そういうモノじゃない。
それどころか、口に含んでみれば溢れ出す肉汁が香り高く鼻を刺激して来るではないか。
なるほどどうして、コレは……物凄く良いお肉だ。
これまで私が食べた事が無い程、最高級品とも言って良いだろう。
肉の旨味、それがとにかく強い。
しかしソースがまた良い。
肉の味を邪魔することなく、口内にまず広がって来る味わい。
その旨味を堪能しながら、口に入れた肉を噛みしめてみればどうだ。
先程も言った肉の旨味が、まるで続けて押し寄せ来るかの様。
更にこの旨味を堪能しながら、注がれた赤ワインに口を付けてみると。
広がっていく味わい深いワインの味と香り。
洗い流すのではなく、調和していくかの様。
ソムリエたちが言う“料理と合わせる”というのは、おそらくこういう事なのだろう。
高い店に足を運ぶ事ばかりではないから、今まではあまり理解していなかったが。
この肉と酒は、抜群に合っていると言えるだろう。
「後付け調味料もある様だが……コレは?」
「今は堅苦しい席ではございませんので、どうぞご自由に。肉に合うと思われる物をご用意いたしました」
と言う事は、好きに使って良いらしい。
確かに高級店などに足を運び、シェフが丹精込めて使った物を自分好みに味を変えてしまうのは気が引ける。
しかしながら、今日だけは許されるのだ。
そんな訳で私は、好奇心のままに後付け調味料を切り分けた肉に乗せていく。
それこそそこらでも見る様な調味料ばかり、質はかなり高いのだろうが。
まぁその辺りは気にせず、まずは綺麗な色の付いた塩。
桃色の見た目をしている、粒の荒い物に見えるが……果たして。
パクッと口に含んでみれば、なるほどコレは素晴らしい。
ごく普通の塩と違い、非常に柔らかい味わいだ。
ただしょっぱくするだけではなく、マイルドに包み込んだそれに肉の味が混合していくかの様。
舌先は塩味で敏感になり、先程よりもこのステーキが味を主張して来るかに思える程。
後はニンニクやショウガ、はたまたワサビなんて物も並んでいる。
あぁ、次はどれから試そう。
などと考えてれば、ハンバーガーを食べ終わったらしいアーシャが私の袖を引いて来た。
「リオナ、僕にも一口……」
「一口と言わず、沢山食べて良いんだよ?」
「そう言ってくれるのはありがたいんですけど、そのステーキを食べ終えたら他が食べられなくなってしまいそうで」
少々申し訳なさそうに呟いてくる彼を見て、思わず微笑みが浮かんでしまった。
確かに、アーシャの体の大きさではこのステーキ一枚をペロリと行くのは難しいだろう。
年齢と体格に比べて、本当に良く食べる子だとは思うが。
それでもこの巨大な肉塊を一人で食べろと言われても無理だろう。
そして何より、ずっと同じ物を食べていれば絶対に“飽き”が来る。
「分かった、何か後付けするかい?」
「いえ、まずはそのままで!」
ステーキを切り分け、たっぷりとソースを付けてから。
彼の希望通りそのまま口に放り込んだ。
すると。
「何ですかコレ!? え、いや本当に! 結構赤身があるのに、物凄く柔らかいですよ!? それに旨味の暴力ですって! こんなの食べたら、いつまでも口がこの味を求めてしまいそうです! 物凄く美味しいです!」
どうやら、大満足だったらしい。
その後もひな鳥の様に口を開け、私がステーキを与えてみれば。
アーシャは非常に幸せそうな顔を浮かべながら、このステーキを頬張っていた。
彼の様子を見て、周囲のメイド達は微笑ましそうに笑っていたが。
今のアーシャにはそんな事は関係なかったらしく、何度もステーキを口に運び、その度に美味しいと言葉にした。
食事に対して“美味しい”と言葉に出来る事。
それは本当に、素晴らしい事だと思う。
私は様々な光景を見て来た。
食べ物がある街、そこらの草でも食べないと生きていけない街。
本当に様々だ。
でもこうして、美味しい物を食べた時だけは。
皆決まって似た様な表情になるのだ。
フニャッと、顔の筋肉が緩んだ様な表情。
特に子供は、必死で感動を言葉にして伝えようとする事が多い。
例えどんな場所でも、どんな物を食べようとも。
“美味しい”と言葉にする時の幼子の顔だけは、本当に印象に残っている。
この子の様に私に付いて来た子供は、流石に初めてだったが。
「沢山お食べ、アーシャ。今でも、これからも。沢山の“美味しい”を探す旅をするんだ。なら、今この場所で食べられる物を堪能しておかないと」
クスクスと笑って、再び彼にお肉を差し出してみれば。
彼は、ちょっとだけ不思議そうな顔をしてから
「なら、リオナもいっぱい食べないと。ホラ、コレとか凄く美味しいですよ? あーん」
そう言って、アーシャは私に向かって食べ物を差し出して来るのであった。
あはは、参ったな。
私は今まで、与える事の方が圧倒的に多かった。
竜の角は売れるから、金に困る事も少なかった。
だからこそ、気分次第で貧民を救った事もあった。
誰もが柔らかい表情を浮かべ、“美味しい”と声にしてくれたことはあったが。
「リオナ?」
「いいや、何でもない。頂くよ」
アーシャに差し出された料理を口でお迎えしてみれば……あぁ、なんて美味しいんだろう。
料理の旨味は勿論だが、心が満たされていく。
本当に何でもない、食事中のやり取り。
だと言うのに、私は今。
この少年と共に食事をしているんだという実感が、心を満たしてくれる。
今は一人ではないと、実感させてくれる。
あぁ、もう。
孤独ではないというのは、随分と心地が良いモノだ。
「美味しいね、アーシャ」
「はい! どれを食べても全部美味しいです!」
その後も彼は、モリモリと料理を減らしていった。
アーシャの姿を見て、皆楽しそうに笑っていた。
貴族も平民も旅人も関係ない。
皆それぞれ好きな物を手に取り、楽しそうに笑いながら食べているのだ。
食とは、やはり素晴らしいよ。
「おや、アーシャ。キノコがあったよ? 食べてみないかい?」
「うぐっ!?」
「無理にとは言わないけどね?」
「……食べます」
「偉いよ、アーシャ。何事も挑戦だ」
そう言って彼の口にキノコ料理を放り込んでみれば。
ちゃんと咀嚼し、しっかりと味を確かめてから。
「あ、あれ? 物凄く美味しいです」
「フフッ、一つ大人になったね。偉いよ」
多分此処の料理人の腕なのだろうが。
アーシャが初めて、本心からキノコ料理に対して“美味しい”と言葉に残した。
これは、また一歩前進かな?
「それ以外の野菜も凄いよ? ステーキと一緒に盛ってある物だって、脇役じゃない。しっかりと味を主張して来るんだ」
「あぁ! リオナ、ブロッコリー下さい! さっきから気になっていたんです、お肉と一緒に食べたら凄く美味しそうだって!」
何でもない会話を続けながら、私達がこの街に滞在する最後の夜は更けていく。
身分の違いを気にする事も無ければ、誰に対しても遠慮なんてせず。
皆が皆、美味しい物を食べて、お酒を飲んで。
心から楽しんでいる空間が広がっていた。
こんなにも楽しいと思えたのは、何年ぶりだろうか?
今までは多くの人に関わる事に対して、警戒心の方が強く働いた。
何か起きても街を出てしまえば関係ないと、どこか傍観している気分だった。
でも、今は。
「リオナ、俺……この街に来られて。旅を始めて、本当に良かったです!」
「そうだね、アーシャ。私も今、同じ事を考えているよ」
二人して、満面の笑みを浮かべるのであった。
旅とは孤独なモノ。
出会いと別れを繰り返し、たとえ少しだけ交わってもすぐに離れてしまう。
そういう認識だったというのに。
「またこの街に来た時には、絶対この料理を食べましょう!」
「あぁ、そうしよう。また旅の目的が増えてしまったね」
またいつか、そんな言葉が自然と浮かんでしまう程に。
私自身この街が好きになっていたのだ、印象に残ってしまっていたのだ。
多分私は、この街を忘れない。
この街で出会った人々の事を、この先も記憶に残し続ける事だろう。
ただ歩き、新しい場所を求めていただけの旅はもう終わりだ。
これからは、この子と共に。
全てを記憶に残せるような旅にしよう、その全てが輝いている様な記憶を残して行こう。
それはきっと、アーシャにとっても“良い旅”だと言って貰える物になるだろうから。
私の旅は、本当の意味でこれから始まるのだ。
なんて、出発は明日なのに……らしくない事を考えてみたりするのであった。
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