第21話 明るい別れ
この街に来てから、随分と色々な事があったが。
しかし時間とは早いモノで、リオナからは明日出発すると言われた。
名残惜しくはあるものの、一つの街にあまり長く滞在しない様にしているという行動方針があるそうなので、俺はそれに従うのみ。
ちなみに理由を聞いてみた所、それらしい理由としては。
あまり長く滞在して、リオナが竜人だと気が付かれるのが不味いとの事。
とは言え彼女の事を知っている人達は少なくない。
でも“竜の姿”を見られたのは確かだ。
こればかりは結構異例の事だったらしいが、皆良い人だったお陰でそこまで心配してはいないらしい。
だが彼女がこの街に長く滞在しない理由。
それはもう、本当にリオナらしい理由であったのには驚いたが。
「あまり一か所に留まると、環境に甘えてしまうんだよ。物凄く簡単に言うと、また旅に出るのが面倒くさくなる」
と、言う事らしい。
まぁ竜人の場合、俺達とはそもそもの時間の感覚が違う様だし。
まだ旅立たなくて良いや、みたいな事を言いながら数十年も滞在しては流石に困る。
そんな訳で、本日がこの街に滞在する最後の日。
「買い出しもあるけど、何か欲しいモノはあるかい? アーシャ」
「旅立つ前に色々買い揃えてもらいましたから、コレといって……あ、でも最近ブーツが窮屈になって来た様な」
「成長期だからね、服なんかも一式買ってしまおうか。少し大きめの物を選んでおけば、しばらくは着られる筈だから」
なんだか明日には旅立つのだというのが嘘みたいに、本当にいつも通り過ごしていく。
買い物をして、ブラブラと歩き回って。
食糧や調味料を買い足していく。
旅先ですぐに食べられそうな軽食として、露店で売られている様な品々もいくつか。
いや、いくつも……と言った方が良い数になってしまった。
それにオツマミやらお酒やら、ここに来てすぐに紹介された味の良い干し肉も随分な量を仕入れたみたいだ。
旅の準備というより、旅行の支度をしている様な気分になって来た頃。
「よぉ、お二人さん。明日出発するんだって?」
「魔法袋は持っていたよな? チキンを買っていけチキンを。ちょっとしたオヤツに丁度良いぞ? 残った骨は、動物を狩る際の餌にも使えるしな!」
チキン好きのお二方が、相変わらずの様子で絡んで来た。
しかし本日は、随分と物々しい恰好というか。
「これからお仕事ですか?」
二人は、冒険者だと言っていた。
例え昔に比べて平和な時代になったとはいえ、街の外に出れば魔獣だって居る。
リオナの話では、過去と比較すれば恐ろしく少なくなったとは言っていたが。
それも、こういう人達がずっと昔から頑張ってくれた影響なのかもしれない。
「おう、近くの村にちょっと面倒そうなのが出ちまったらしくてな。俺達はこれから遠征だ」
「明日見送り出来ないのは申し訳ないが、これも仕事なんでね。だから、今日の内に顔を出しておこうって話していた所なんだ」
カッカッカと豪快に笑う彼等に対し、此方も笑みを返した。
本当に、豪快な人たちだ。
そして彼等の性格は、敵を作らない。
「お世話になりました、お二人共。凄く楽しかったです」
「おう、こっちこそ! 今度会う時はもっとでっかくなってろよアーシャ君。男なら筋肉を鍛えなきゃな!」
そんな事を言いながら前みたいに持ち上げられて、二人がムキってやった腕に乗せられてしまった。
「アーシャは二人とはタイプが違うからね。細くて綺麗な大人になるんじゃないかな」
「おっとぉ、リオナ嬢はそっちの方が好みか? だが俺達は筋肉を勧めるぜ? この先どうなるか楽しみだな!」
リオナとも気兼ねなく話題を盛り上げる二人。
あぁやっぱり、この二人は性格が良い。
「本当に、ありがとうございました。チキン、いっぱい買ってから出発しますね。新作のカレーソースが掛かったアレ、凄く気に入っちゃいました」
二人に乗っかりながら、そんな言葉を残してみれば。
彼等はニカッと満面の笑みを浮かべながら親指を立ててくれた。
そして仕事へと向かう二人に、思い切り手を振った。
非常にあっさり、別れの言葉もなし。
でも、コレで良い気がする。
今生の別れという訳ではないのだ。
いつかまた、どこかで出会えるかもしれない。
だからこそ、本当に軽い言葉だけで十分だ。
「ここに居たか、捜したぞ?」
今度はカレーの人。
彼もまた俺達を探していた様で、見つけた瞬間此方に走り寄って来たではないか。
「やぁ、ここ最近毎日会っているね。暇なのかい?」
「ハハハッ、確かにな。私も人を雇う立場にある。だから友人が滞在している間くらいは、そちらに時間を割いているんだよ」
楽しそうに笑いながら、彼は腰の魔法袋から次から次に品物を取り出し始めた。
「魔法袋にまだ余裕はあるか? ウチで作っている旅のお供をいくつか持って来た。是非食ってみてくれ」
「すまないね、ありがとう。結構大きな魔法袋だから、カレーを鍋ごと渡されても大丈夫だよ?」
「それを聞いて安心した。では、持っていけ」
リオナの軽口に対し、相手はニッと口元を吊り上げたかと思えば。
本当に巨大な寸胴の鍋が出て来た。
当然中身はカレー、そして精米された米まで大量に取り出してきたほど。
「い、良いんですか? こんなにいっぱい……」
「何を言うかアーシャ君。旅に出る仲間に土産をやるんだ、沢山持って行ってもらった方が、いつまでも覚えていて貰えるだろう? それに食べ盛りの男の子が居るなら、いくらあっても足りないくらいだろう」
何と言うか、この街の人は豪快な人が多い。
そして何と言っても、馴染みやすい。
前にリオナも言っていたが、気前の良い人達が多いというのが改めて感じられる程だ。
「明日、出るのだろう?」
「あぁ、そのつもりだよ」
「あまり最後の見送りに人が集まっても、名残惜しくなってしまうだろうからな。私は今日で見送りと言う事にさせてもらおう」
「そう、ならば今日中に感謝を告げておこうかな。ありがとう、色々助けられた」
「なぁに、大した事じゃない。またこの街に寄った時は声を掛けてくれ、それだけで十分だ」
こちらもチキン好きの二人と同様、非常にあっさりとした別れ。
すぐにまた会えるとでも言いたげな雰囲気で、俺達にお土産を渡すだけ渡して去って行った。
「何と言うか、皆凄いですね。もっと最後まで引き留められるのかと思っていました」
「人によってはそうなるかもしれないけどね。こんなものさ、旅人を送り出す時なんて。その方が、後腐れも無いし。それに、この方が“また会える”って思うだろう?」
クスクスと笑う彼女は、こんな経験を何度も繰り返して来たのだろうか?
出会いと別れを繰り返し、長い時間を一人で生きて来たのだろうか?
「俺は、ずっと隣に居ますからね」
「ありがとうアーシャ、とても頼もしいよ」
そう言って微笑む彼女は、普段と変わらない声色でそう告げて来た。
分かっている、俺にだって。
ずっとなんて言うのは、不可能なんだ。
俺は普通の人間で、彼女は竜人。
そもそも寿命が違う。
でも、だからこそ。
俺が生きている間だけでも、この人を孤独にしたくないと思えてしまったのだ。
「さぁ、そろそろ“宿”という名の屋敷に戻ろうか。帰り道でチキンやら何やらを買いながら、ね」
今だけは、俺が隣を歩ける間は。
彼女の隣を、俺が歩こう。
歳をとって、動けなくなるその時まで。
絶対に一人になんかさせてやらない。
「リオナ、今日のご飯はどうしますか?」
「うーん、どうせあの当主が盛大に何か催しているんじゃないかい? だから、お腹を空かせて帰ってあげよう」
「ですね、そうしましょうか」
そんな言葉を交わしながら、自然に彼女と手を繋いで歩き出した。
俺は、竜人と共に旅をする。
俺を救ってくれた、守ってくれる彼女に対して。
此方が返せるものはあまりにも少ないが。
それでも、共に行こうと思う。
どうせ一度は捨てた人生だ、誰かの為に使い潰しても良いじゃないか。
なんて事を言ったら、リオナは怒るかもしれないが。
「今日のご飯、美味しいと良いですね」
「きっと美味しいさ。なんたってお金持ちが容赦なく金をつぎ込んで色々と準備してくれているんだからね」
「リオナ、言い方……」
「あはは、こればかりはなかなか直らないね。普段は貴族と関わったりしないから」
軽口を挟みながらも、また今日の“宿”へと戻って行くのであった。
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