第20話 竜のその後
「リオナ……ですか?」
襲って来た男達を、目の前で喰い殺した白い竜。
とても恐ろしい光景を見たはずなのに、俺の心の中には安堵の気持ちが湧いていた。
彼女が来てくれた、もう大丈夫だと言う安心感。
普段とは全然姿形も違うのに、一目見ただけで分かった。
真っ白くて、黒い角を生やした大きなドラゴン。
普通なら腰を抜かしてしまいそうな程恐ろしい存在の筈なのだが。
此方を見つめて来る金色の瞳は、どこまで優しい色をしていたのだ。
「竜だと!? そんな馬鹿な!?」
「待った待った待った! 訳が分からねぇ! なんだコイツ! どっから湧いて出た!?」
「アーシャ君、走れ! 衛兵に知らせろ! それまでは、俺達で何とかする!」
皆慌てた様子で、俺の事を守ろうと前へと踏み出した。
まさに勇敢という他無いのだろう。
でも今は、この竜に対してはその必要は無い。
「大丈夫です、戦う必要はありません」
それだけ言って、彼等の間を通り抜けて竜の下へと足を向ける。
「アーシャ君! 危険だ!」
皆は未だに声を荒げて俺の事を止めようとしているが、俺には分かる。
これは、リオナだ。
リオナサレイヤという、俺を拾ってくれて、ずっと守って来てくれた竜人なのだから。
「リオナ、ですよね? 竜の姿だと、そんなに大きかったんですか?」
声を掛けながら両手を差し出してみれば。
彼女はゆっくり顔を近づけて来た。
この手に触れる、本物の竜という存在。
物語に登場するような、怖いドラゴンじゃない。
真っ白で、どこまでも優しい存在。
『アーシャ、怖くないのかい?』
白竜からは、彼女の声が聞こえて来る。
大きな姿になっていると言うのに、声はいつも通りなんだ。
「怖くないですよ、リオナですから」
そう声を掛けながら、竜の鼻先におでこをくっ付けた。
本当に大きい。
背中によじ登るのだって苦労しそうな程だ。
『もしもこの姿を見せて、怖がらせてしまうなら。誰かにアーシャを預ける覚悟をしていたんだけどね』
「嫌です、俺はリオナと一緒に旅がしたいです」
しっかりと言葉にしてみれば、ふぅと安堵の息を溢したかのような声が聞こえ。
「本当にアーシャには、驚かされる事が多いね」
一瞬だけ、目を開けていられない程の暴風が襲って来たかと思えば。
徐々に突風は止み、再び瞼を開くといつも通りの姿のリオナが立っていた。
角は……随分と伸びてしまっているが。
もはやフードに収まらず、生活するにも大変そうな見た目になってしまっている。
「また角を切らないといけませんね」
「あぁ、すまないがまたお願いするよ。邪魔で仕方ないんだ、コレ」
それな普段通りの会話をしてから、思い切り彼女に向かって飛びついたのであった。
※※※
その後どうなったかと言われれば、コレといって何も無し。
私の角が長くなってしまった為、アーシャにその場で切って貰ったが。
カレーの人とチキン兄弟に関しては、唖然としながらも口を紡ぐ事を約束してくれた。
「騒ぎにしてしまっては、食事の約束が果たせないからな」
「一緒に飯を食って競い合った仲間なんだ。食って飲んで、共に旨いと言い合えるなら何でも良いさ」
と、いうことらしい。
本当にまぁ、お人好しも良い所だとは思うが。
一応口止め料というか、友好の印として角を一人一本ずつ渡しておいたけど。
そして今回の事を依頼して来た貴族の家。
事情と結果を説明したところ、今回問題になっていた家の当主と話し合いの席を設けたみたいだ。
結局は衛兵達まで招集して、私個人の事情以外は全て説明した様だが。
実際の所、現当主は悪魔によって強要されていた状態。
なので、諸々の罰を受ける事になっても大事には至らなかったそうな。
この平和な世の中だ、今時悪魔がどうとか言っても信じられないなんて話になるのかと思っていたが……どうやら、そこまで平和ボケしている訳ではないそうで。
過去には多く存在していた事実もあり、見た事は無くとも警戒心自体は残っていたみたいだ。
そんな訳で、難しい事は他の人に任せ、我々の依頼は無事達成。
報酬としての金品と、彼の経営する店では好きに飲み食いして良いという手形まで頂いてしまった。
とはいえ、この街を離れてしまえば役に立たなくなってしまうが。
しかしまぁ、良い記念品を頂いたと思っておこう。
「では、遅くなってしまったが……乾杯といこうじゃないか」
「「「おぉぉー!」」」
今回関わった者達を集め、本日盛大な宴が開かれていた。
カレーとチキンの皆様は当然の事、その他関係者。
更には私を雇った貴族の家の面々と、一時は敵対する事になった相手まで呼びつけて。
各々自らの担当する食品や職人を呼びつけ、会場となっている広間では多くの人で賑わっていた。
「すまないね、場所を提供してもらって。しかもこんな大人数で」
「いや、構わないさ。それに、君には感謝している。あのまま悪魔に住み付かれていたら、本当にこの家はお終いだったからな」
当初は病人かと言う程酷い顔色だった当主は、今では随分と健康そうな身体に戻り。
周りの人間も付き物が落ちたかのように明るい表情を浮かべていた。
「店の方も、えらく価格を引き下げた様じゃないか。繁盛していると聞いているよ」
「そもそもあんな値段にしていたのがおかしかったのだ、今でこそ正常だよ。これで再び食品開発も進められる、他の店に勝っているのは内装だけなんて言われては癪だからな」
クックックと笑いながら、こちらに料理を勧めて来る。
有難くソレを頂き、人の集まっている場所へと視線を向けてみれば。
「アーシャ君、コレはな? 私の所で作っている新作のチキンカレーだ。何と、どこかのチキン好きが店と掛け合ってくれてな? 共同開発したという訳だ」
「ちなみにこっちは、俺等の行きつけの店の新商品。ナンに骨なしチキンと野菜を包んで、特性カレーソースが掛けてあるんだ。試食させてもらったが、旨いぞぉ?」
相変らず、アーシャがむさ苦しいのにモテていた。
まぁ、本人も楽しそうだから良いけど。
あと新作料理が美味しそうだ、私も後で貰いに行こう。
「君達は、私が恐ろしくないのかい? あの悪魔を殺した瞬間だって目の当たりにしたのに」
そんな事を呟いてみれば、相手はフッと口元を緩めてから。
「恐ろしいさ。しかし助けてくれた相手に恐怖心を見せる程、愚か者にはなりたくない。恐ろしいのなら、仲間になってしまい敵対を避けるべきだ。そう考えるのが、貴族と言う意地汚い生き物でね」
「ハハッ、むしろそう言って貰った方が私としては安心だよ。まぁまた他の人外に出会った時は、注意する事だ。私の様な存在の方が、多分珍しいからね」
「ご忠告、感謝する」
これで話は終わりとばかりに、クイッと手に持ったグラスを傾けて酒を飲み干してみると。
此方に向かってアーシャが走って来て、いつも通りの笑顔を見せてくれた。
「リオナ! 新作料理どれも美味しいですよ! チキンカレーはちょっと俺には辛すぎましたけど……でも凄いんですよ!? 旨味が後から押し寄せて来るみたいに! ナンに包まれたチキンの方は、カレーソースも甘めですからいくらでも食べられそうです!」
相変らず、食には真っすぐな御様子で。
思わず微笑みを浮かべ、彼の手を取ってから。
「それじゃ、端から御馳走になろうか。アーシャ、気に入ったものがあったら旅立つ前に買い溜めておこう。魔法袋があるからね、傷む心配は無いよ」
「どれもこれも美味しいから……悩みますね」
「フフッ、では全部買ってしまえば良いさ。今回は随分稼がせてもらったからね」
そんな事を言いながら、私達も人の輪に入っていくのであった。
本当に不思議なモノだ。
私一人だったら、一つの街でここまで多くの人と関りを持つ事等無かっただろう。
今回はアーシャが居たからこそ、こうして繋がりが出来た。
ただ通り過ぎるだけだった筈の旅路に、こうして多くの思い出が生まれた。
案外、こういうのも悪くない。
「まずは何から食べるんだ? やはりカレーだろう、新作のチキンカレー。是非感想を聞かせてくれ」
「おいおいそれならチキンロールの方がサッと食えて、感想も早くなるだろう? こっちから頼むぜ」
「リオナ嬢、ウチの新しいコース料理も試してくれよ? 今回の物は、前以上に自信作だ。あ、そうそう。二人にはまず珈琲をご馳走しないとな。今度はアーシャ君にも飲んでもらわないと」
誰も彼もが、私の前に料理を準備し始めるではないか。
全く、随分と騒がしくなったものだ。
嫌な気分にはならないから、別に構わないけど。
「本当に、気前の良い連中が集まってしまったものだね」
「リオナですから、仕方ないですね」
「そうなのかい?」
「そうなんです」
と言う訳で、皆の新作とやらを端から御馳走になっていくのであった。
あぁ、やはり。
この街の食事は良いね。
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