【KAC20248】猫とメガネ

野沢 響

猫とメガネ

 ジルは窓辺に寝そべりながら日向ぼっこをしていた。

 雪もすっかり溶けて日に日に暖かい日も増している。


 うとうととうたた寝をしていると飼い主らしき足音が聞こえてきた。


 (おっ、帰って来たな)


 ジルは起き上がると伸びをして玄関に向かった。


 おやつやチュールを期待しながら飼い主が入ってくるのを待つ。


 ガチャリと玄関が開いて飼い主が入って来た。


 「ジル、ただいま!」


 飼い主がそう声をかけてジルの頭を撫でる。

 何度か頭を撫でたあと、彼はジルを抱っこしてリビングに向かった。


 ジルが飼い主の手を見ると右手には何やら紙袋が。


 初めて見る袋だったけど中身を見るまでわからない。


 飼い主は紙袋をテーブルの上に置くと中身を出した。


 目の前に置かれたのは楕円形のケース。

ジルはそれをちょいとちょいと触ってみる。

黒い色のそれは硬くて丈夫そうだ。


 てっきりおやつかチュールだと思っていたのに予想は外れてジルは尻尾を下げる。


 「もしかしてチュールだと思った? ごめんな、今日は買って来てないだ」


 悲しげなジルに気付いた飼い主が声をかける。伸びた手はまたジルの頭を撫でた。


 ふと顔を上げて飼い主を見上げると彼の顔に何かがプラスされていることに気付いた。ジルは思わず首をかしげる。あれはもしやメガネというヤツか?


 撫で終わったのを頃合いに飼い主によじ登りメガネをちょいとちょいと触ってみる。

 テレビで時々人間がかけているのを見たことがあるような。


 「あっ、ジル。駄目だよ、傷付いちゃうだろ?」

そう声をかけるとジルを抱っこしてソファに降ろす。

 「やっぱり猫でも分かるんだな。どう、初メガネ似合ってる?」

 かけたメガネを指さしながら尋ねる飼い主にジルは「にゃーん」とだけ答えた。

 似合っているかいないかまでには興味が向かなかった。


※※※


 その日の夜、飼い主の入浴中にジルはこっそりとメガネのレンズを覗いてみた。レンズの向こう側は歪んでいてはっきりと見ることが出来ない。もう片方も試して見たけども見え方は同じ。

 ジルはまた首をかしげる。


 (メガネってそんなにいいものかなぁ?)


 それから数日後、飼い主の彼女が遊びに来た。

 飼い主は今自分がかけているメガネについて説明している。


 「迷ったけどさ、やっぱり買ってよかったよ。全然見え方が違うんだ」


 「良かったじゃない。色も似合ってるよ。あっ、そうだ。ねぇ、ちょっとメガネ借りてもいい?」


 「いいよ」


 飼い主は頷くとかけていたメガネを彼女に渡した。

 てっきり試しにかけてみるのかと思ったら違うらしい。


 「ジル、おいでー」


 彼女に名前を呼ばれてジルはそちらに駆け寄って行く。

 ソファに座っていた彼女の元に行くと、ジルの頭にちょこんと飼い主のメガネを置く。

 そして取り出したスマホでジルをパシャリ。


 「ほら、ジル可愛いよ!」


 撮ったばかりの写真を飼い主に見せる。


 「可愛いけど、メガネでかいな」


 楽しんでいる二人を見つめながらジルは思う。


 (そんなにメガネっていいものかなぁ?)


                 (了)

 


 








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