テストが100点になる眼鏡
烏川 ハル
テストが100点になる眼鏡
「また100点満点か! いつもいつも
「当たり前よ。だって出来吉くん、私たちとは頭の出来が違うんですもの!」
彼女は別に、出来吉くんの恋人でもなければ親戚でもない。「幼馴染だから、出来吉くんが褒められると私も嬉しいの」というのが志津江ちゃんの言い
いや、志津江ちゃんと出来吉くんは幼稚園以来だから、もっと小さい頃から遊んでいる僕たちの方が、出来吉くん以上の幼馴染ではないか。
「これくらいの算数なら、普通に勉強していれば簡単なはずだけど……」
出来吉くんは謙遜のつもりかもしれないが、少し嫌味にも聞こえる。僕もきちんと普通に勉強しているのに、それでも毎回ひどい点数ばかりなのだから。
「……最近は、ちょっとズルしている気分もあってね。なんだか恥ずかしいよ」
照れ臭そうに頭をかく出来吉くん。
そんな彼に寄り添って、志津江ちゃんは何気ない顔で尋ねた。
「あら、どうして? 出来吉くんの100点、日頃の勉強の成果でしょう?」
「うん、僕としてはそのつもりなんだけど……」
ここで彼は声を小さくして、体も少し
「……僕が答えを書くより早く、解答欄にそれが見えてくるんだ。これじゃカンニングと同じじゃないかな、って心配でね」
見えてくる答えというのは一応、出来吉くんが書き込むつもりで思い浮かべる答えと、全く同じものらしい。
「あら、それじゃカンニングにはならないわ」
「だけど、結果的にそれで100点になるということは、その見えてくる答えが、全て正解だったわけだからね……」
「でもその正解こそが、あなたが書くつもりだった答えだったのでしょう? だったら問題ないし、気にする必要なんてないわ」
出来吉くんを慰める志津江ちゃん。
それよりも僕は気になる点があるのだけれど、江ノ川くんも同じだったらしく、それを口にしていた。
「だいたい、なんでそんな不思議なことが起こるんだ? きっかけみたいなもの、何かあったのか?」
「うん。原因は僕の眼鏡でね……」
――――――――――――
出来吉くんの説明によれば、話の始まりは、先月の日曜日。
池で釣りをしていた彼は、眼鏡を落としてしまった。
足元から結構深くなっている場所で、だからこそ魚もよく釣れる好スポットだ。あっというまに眼鏡は沈んで、完全に見えなくなった。
僕と同じで、出来吉くんも軽い近眼。眼鏡なしでは日常生活を送れない……というほどではないにしても、不便なのは間違いない。
困ったなあ、と思っていると、池の水面がピカーッと光って、水中から女の人が現れた。
長い金髪に、真っ白なワンピース。まあ水中から現れる時点で普通の人間のはずもなく、いかにも天使とか女神といった雰囲気で、さらにそれっぽい言葉まで口にする。
「あなたが落としたのは
彼女は両手にひとつずつ、眼鏡を持っていた。出来吉くんの眼鏡と同じタイプだが、
それが欲しいとか欲しくないとかでなく、出来吉くんは、とにかく真実だけを告げる。
「いいえ。僕が落としたのは、普通の
「あなたは正直者ですね。そんなあなたには……」
彼女はにっこり微笑むと、金縁眼鏡と銀縁眼鏡をサッとしまって、代わりに黒縁眼鏡を取り出した。
自分の眼鏡を返してもらえる、と出来吉くんは安心したけれど……。
「……この特別な眼鏡を差し上げましょう。見た目は同じでも機能は抜群。あなたにピッタリですよ!」
――――――――――――
「確かに『見た目は同じ』だったからね。『機能は抜群』と言われても、何がどう変わったのか、咄嗟にわからなくて……。戸惑っている僕にそれを押し付けて、彼女は消えてしまったのさ」
出来吉くんの話が終わると、僕たちは静まり返る。
とても信じられないような話だったからだ。
でも出来吉くんは嘘をつくような人間ではない。彼がそう言うのであれば、本当にあった出来事なのだろう。
「それで……。池で眼鏡が新しくなってから、テストの正解が浮き出て見えるようになったのか?」
「うん、そうなんだ。今のところテストは簡単だからいいけど、将来もっと難しくなった時、僕が解けない問題でも眼鏡のせいで答えがわかってしまうとしたら……」
なるほど、出来吉くんは、そんな遠い未来の心配をしているのか。
微妙に僕が納得していると、志津江ちゃんが僕に話を振ってくる。
「だったら一度、試してみましょうよ。解けない問題でも眼鏡のせいで答えがわかるというのが本当なら、それを使えば誰でも100点とれるんでしょう? こういう時こそ、
「おお、そうだな。いつも赤点の乗山が、出来吉の眼鏡を使ったらどうなるのか。これは面白そうだぞ!」
江ノ川くんも、志津江ちゃんの提案に賛成していた。
僕だけでなく、誰のテストも赤字で点数が書かれているのに、なぜか彼は僕の点数を「赤点」呼ばわりする。「特別ひどい点数はそう呼ぶ」と中学生のお兄さんから教わったらしく、それ以来すっかりその言い方を気に入っていた。
こうして、当の出来吉くんそっちのけで、彼の眼鏡を僕が使う話が決まり、出来吉くんも渋々うなずいて……。
――――――――――――
それから数日後。
国語のテストが始まる前に、僕は出来吉くんと眼鏡を交換。彼の眼鏡で、テストを受けてみたところ……。
「見える! 僕にも見えるぞ!」
思わず叫びたくなったけれど、心の声として
それほどの驚きだった。本当に、解答欄に答えが
それも一度に全部見えてくるのでなく、一問目から順番に少しずつ。これならば、答えがわかる順に従って、浮かんできた答えを鉛筆でなぞって書き込めば良い。
しかも、気のせいかもしれないが、浮かんでくる答えの文字は、ちょうど僕の筆跡とよく似ている。だから文字をなぞるのも簡単。
なんだか至れり尽くせりという感じの、すごい親切仕様だった。
テストが終わって、休み時間。
「どうだった?」
「バッチリだったよ! 出来吉くんの言う通り、すごい眼鏡だった!」
志津江ちゃんや江ノ川くんに対して、僕はそう答えるほどだったが……。
――――――――――――
テストが返却されると、思いもよらぬ結果が待っていた。
「乗山くん、これはどういうこと?」
「おい、乗山! お前、いつも通りの赤点じゃないか!」
志津江ちゃんと江ノ川くんが僕を責める。僕の点数は、わずか26点。いつもみたいな、ひどい点数だったのだ。
「そんなこと、僕に言われても……」
小さくなる僕とは対照的に、なんだか出来吉くんは、ほっと一安心という雰囲気だった。
「そうか。この眼鏡を使っても、本人の実力通りにしかならないのか……」
後日。
出来吉くんが中心になって、色々と試行錯誤した結果、僕たちはついに眼鏡の謎を解明する。
どうやら眼鏡の機能は正解が見えることではなく、ほんの一瞬先の未来が見えること。つまり答案用紙に浮かんできたのは、実際に本人が書き込む答えに過ぎなかったのだ。
(「テストが100点になる眼鏡」完)
テストが100点になる眼鏡 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★209 エッセイ・ノンフィクション 連載中 298話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます