めがね

ひぐらし ちまよったか

魔王様のメガネ狂い

 ――極めて近い将来、大陸の人々に恐怖と絶望をもたらすだろう大軍事国家、魔王国……にも、春は来る。

 触れただけで皮膚が焼け落ち、肉は溶け、生ける者すべてを白骨と化す『瘴気しょうき』……国中捜しても、そんな厄介なモノ何処どこにもないが、湯煙ゆけむりは立つ。


「――よし、決めたぞ! この行動は、いかなる軍事的作戦よりも、優先される!」


 春の魔王城・慰安旅行に、今年は行こう!


 人族の国から持ち込まれた謎の感染症の影響で、ここ数年開催できず、城の女官たちは、ずいぶんと悲しい思いをしたことだろう。


「――勇者『アモン』よ! 温浴保養施設の整備・清掃を、申し付ける!」

「御意!」

「やった~っ! 温泉だ~っ!」


 最近アモンの後ろを、チョコチョコとくっ付いて歩く、ちっこい丸い小娘が、へこへこ海の生き物のように踊りだす。

 アモンめ気付いて無いのか、こうべを下げたまま止めもしない。御前だぞ? 魔王の、ご・ぜ・ん。


 どうやら、このポンコツ小娘、人族の王から差し向けられた暗殺者らしい。本人が、おむすびを頬張りながら、楽し気に白状したとか。


(このような珍竹林ちんちくりんが暗殺者だと? 魔王も、なめられたものだ)


 人族は人材が決定的に不足しているのではないか? わが魔王城の女官たちの様に、ぼん・きゅっ・ぼんの『美女』だったら、一度くらい殺されてやっても良かったものを……どう見ても『白イルカ』にしか、みえん。


(せめて、あのつるりとした眉根にメガネが架かればなぁ……)


「――アモンよ……出張先へは『マーシャ』も同行させるとよい……たまには、親孝行でも、してやれ……」

「……御意……」


「え! マーシャも、いっしょに行くの!?」へこへこ。

 白イルカの踊りは続く。

「やった~ぁ! マーシャのおむすび、美味しいもんね!」ふにゃふにゃ。


「……ふん……マーシャは、息災か?」

「……おかげさまで」

「さようか……」


 〇 〇 〇


「――ねえねえ、アモン~」

「なんだ?」


 慣れた手際で荷物をまとめる魔族の広い背中を、よじよじ登り邪魔するポンコツ・なつめ。敵国の暗殺者が、なぜ、なつく。


「魔王様って、マーシャの事、よく知ってるの?」

「――母上は魔王様の乳母、だったからな……」

「へ~……じゃあアモンは、魔王様の『乳兄弟』って、こと?」


「――そうなる、な」


「ふ~ん……」


 正座して衣類を畳むアモンへ、ついに肩車の格好となったなつめは、両腿に挟まれた長い黒髪を、不器用に編み込もうと口を尖らせている。


「――ボクはてっきり魔王様とアモンの関係って『パートさん大好きな工場長と、仕事ができるバイト君』だと思ってたよォ……」

「おまえ、なっ!」



 魔族の勇者・アモンは思う。


(――魔王様が、人族からの暗殺者を処分もせず俺に預けたのには、きっと何か深い考えが有っての事だ……)


「――ちょっと、なつめちゃん! お弁当の下ごしらえをしたいから、こっち手伝ってちょうだい」

 アモンの母マーシャが、台所から顔を出し、なつめを呼んだ。

「は~い!」


 くのいちの身軽さで肩からトンボにくるりと降り立ち、嬉しそうに小走り行く。


 そんな、なつめの後ろ姿を横目に見送るアモンの髪は、中途半端な三つ編みのままだ。


(……いっけんポンコツのようだが……我が魔王国にとって、なにか利用価値が有るのかも、知れない……)


 意図的に隠された物に限って、その真実の姿を見抜く能力『モザイク破壊』――なつめの出鱈目でたらめな神業のおかげで、冒険者さえ未踏破だった『ささくれダンジョン』も、難無く出口へ進むことが出来た。


(――あの方のお眼鏡に、まず狂いは無いだろう……)



「――ねえねえ、マーシャ! お弁当は、おむすび?」

「あんた、おむすび好きだねぇ……おかずは、なにがいい?」

「えっと、ねぇ~……きのこ~!」


 失敗は決して許されない、魔王様・勅命出張だというのに、陽気な歌が始まって困惑する。


「〽これっくらいの! おべんとばこに!」


 若い頃からだった、マーシャのの奥も、楽し気に細められた。


「〽おっむすび おむすび すっぽんぽん!」



 ―――― 了。

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