【KAC20247】どうするフロイス

🔨大木 げん

ルイス・フロイスと織田信長

 わたくしルイス・フロイスが織田信長殿に初めてあったのは、一五六九年四月十九日の事であった。


 ミヤコ(都)に颯爽さっそうとあらわれ、支配体制を確立させていったオワリ(尾張)の公爵ドウーケ信長殿に、かねてより拝謁の願いを出していたが、どうやら今日突然に拝謁の許しがでたようだ。


 使者である信長殿の家臣、和田殿に伴われて駕籠リテイラにて二条へ向かう途中これまでの事が胸中をめぐった。


 この島国(ジャポン)においては誰かの庇護ひごなしに、ヨーロッパ人が暮らして行くことはとても難しい。先達であり尊敬する神父パードレフランシスコ・ザビエルのお導きにより、ジャポンへ神の教えを布教しに来たが、これまでのところ苦難の連続である。


 キナイ(畿内)に覇を唱えつつ有る信長殿の庇護を受ける事ができれば、逆風の布教活動におおいにはずみがつくであろう。そう思うとこの突然の拝謁に胸が高鳴った。


 彼は古いものを憎み、破壊しているが、その一方でキリシタンには好意的である。もちろん彼には彼の利があるからそうしていることはわかっている。我々の共通の敵は坊主ボンゾ共だ。


 坊主の勢力を削ぐために主の教えを利用しようとするのはいささか気に入らないところではあるが、敵の敵は味方という言葉がジャポンにはある事であるし、受け入れるしかないのであろう。


 優先事項は布教である事を忘れてはならない。そして可能ならば、どうしても主の教えと相容れないジャポンの人々の悪習を改めるよう訴えたい。


 二条に建築中の新しいクボウサマ(公方様){注・新将軍足利義昭の事}のお屋敷にての拝謁となった。


 すぐそばにて見る織田信長殿は、凄烈せいれつにして裂帛れっぱくの気合いをまとっているような男であった。


 間近にての挨拶を許された私は深々とお辞儀をした。


「ポルトガルからまいりましたルイス・フロイスともうします。お目にかかれて光栄でございます」


 ジャポンの言葉で挨拶を述べると、信長殿は目を見開いて驚いた。


日の本ひのもとの言葉が話せるとは家臣より聞いておったが、達者であるな。 見事である」


「おそれいります」


 わたしは持参してきた箱の中から色とりどりの砂糖菓子コンフェイトスが入った小さなガラス瓶を取り出し、小姓に手渡した。


 先日信長殿のお屋敷を訪問した時に、手土産としてすでに多くのものを渡してある。最初の謁見えっけんの時には軽々しく話をすることはないというのがジャポンの風習らしく、今回が初めてのまともな会話となる。


 砂糖菓子コンフェイトスを小姓より受け取った信長殿は上機嫌で、いくつもの質問をわたしになげかけた。


 日本に来て何年になるのか。今まで日本で何をしていたのか。ポルトガルはどのようなところか。旅の途中のインドなどはどのようなところか。


 わたしはその質問に一つ一つ淀みなく日本語で答える。


伴天連バテレンたちはどうしてこのような遠い地まで来るのか?」


「神の栄光をこの地に届けるためです」


「ほんとうは其方たちも、己の利を求めてやってくるのであろう。正直に話すがよい」


「我々伴天連にとっては神の教えをあまねく地上に広めることこそが利となります」


「まことか?」


「はい。 ただわたしは個人的に旅の間に各地の風物を観察するのが大変面白く、喜びでもあります。 その思いが有りますれば、危険な長旅も苦ではありません」


 わたしの言葉に満足したのか、信長殿は大きく頷いた。


 他にも多くの質問をされ、わたしが答えるということが続いた。わたしの答えが好奇心を刺激し面白いようで終始信長殿の機嫌は良いように感じた。


 これは好機かもしれない。


「おそれながら申し上げます。 日の本では多くのボンゾ(坊主)、クゲ(公家)、ブケ(武家)、庶民に至るまで男色が盛んであります。 デウスの教えでは男色は自然に背く行為として禁じてあり、南蛮では死刑になることも有ります。 上様のお力で男色に禁令を出してはいただけませぬか?」


「ふははは! 男色に禁令とな。 お主は面白い事を言うのう。 儂もたしなんでおるが、戦場では女子おなごは連れて行けぬゆえ、小姓と契るのじゃぞ。 それにより心身共に一つとなり、生死を分ける戦いにても命を拾うような働きをするものじゃ。 少なくとも武家からは切り離せぬわ」


 ジャポンでは当たり前の答えが返ってきた。しかしここで簡単に引き下がる訳にはいかない。わたしには使命があるのだ。


「しかし、男色は良くないことで有りますれば・・・」


「儂は女子おなごの柔肌も好きであるぞ。お家を存続させる為には子を産んでもらわねばならぬしのう」


「で有りますれば」


「禁令と言うがお主はまつりごとを行ったことはあるか?」


「いえ、役人として働いたことはございますが、法を作ることはいたしておりませぬ」


「よいか、禁令とはな、放っておくと勝手に民草が行ってしまう事で不都合があればこそ禁じるのじゃ。 男色は自然に背くとお主は言うが、日の本ではみな自然にやっておる・・・・・・・・のじゃぞ。 そこになんの不都合がある? 南蛮でも禁令が出るくらいであるからには、少なくとも過去には横行しておったのではないのか? さればその行為は至って自然ではないのか?」


「いえ、神の教えに背く行為で有りますれば、不都合はございましょう」


「ならばお主たちキリシタンはそうすればよい。 儂はお主たちの行いを禁じぬぞ」


「はっ。ありがとうござりまする」


「よいかフロイスよ。 この日の本では例えお主たち南蛮人に占領されたとて、男色は無くならぬと思うぞ。 それくらい自然な事なのだ。 例えばそうじゃな、五百年の後の世であったとしても熱狂的に男色を愛する女子おなご達がおると思うぞ。 それが人というものじゃ」


 ー了ー


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