第20話:僕は恥ずかしくない


 ***



 一年の時、クラスメイトに相田あいだという、声も態度もでかい男子がいた。

 彼によって教室の空気が不穏になることも多々あり、荒れてるほどではないけど少しギスギスしたクラスだった。


 そんな教室にひっそり生息する僕だったけど、彼と大きく関わったことが一度ある。


 あれは体育祭が終わって何日後だったか、機嫌が悪かったらしい相田に僕が目をつけられた。

 教室中に響く声で「深山んとこばーちゃん見に来てなかった?」と言い出した。ニヤニヤと、それは意地悪なトーンで。


 ばあちゃんのことでからかわれるのは小学校時代やられまくってたから、あぁからかいたいんだなと余裕があって。でも。

 類友というのか、それとも相田の機嫌をとりたいのか。奴の仲間が話を広げる。「そういや入学式にババァいたじゃん、あれも?」と。


 相田よりも更に悪意を感じる言い方にピクと反応はしたけど、僕は学んでいる。こういうのは相手にすると盛り上がるだけ。

 最悪は刺激してばあちゃんが侮辱されること。そんなのは嫌だ。

 ひたすらだんまりな僕の態度はからかうにはつまらないだろうし、耐えてればすぐ飽きるよ。


 そう机の木目を見つめていたんだけど、そんな考えは甘くて、


「つかなんかこの教室臭くね? 年寄りくせぇ」

「勘弁してよー、ここ中学なんだけどー」


 などと相田以外が盛り上がり、心がとげとげしてきた時、


「俺なら無理だわ~、あんなんが学校に来るとか。徘徊ですかぁ~?」


 相田の言葉を頭で理解したわけじゃなかった。瞬間的に僕はキレた。一気に、カァッと熱があがって、体が動いていた。


 僕は初めて、人を殴った。


 自分の拳が相田の頬にめり込んでいく感触、女子の悲鳴、机が倒れる音。今でも鮮明に思い出せる。

 羽交い絞めにされても、蹴られても殴られても、僕は相田へ拳を振り回した。

 見えてたはずの景色はぼんやりとしか思い出せない。

 その最中に相田の言葉の咀嚼が完了して、僕は更にキレた気がする。何か叫び声もあげていたかもしれない。


 ちなみに僕の拳がきれいに当たったのは最初の一発だけである。

 あんなにぶんぶんしたというのに。やっぱり現実は突然喧嘩スキルが開花したりはしないらしい。

 それを見てだったのかな、教室のどこからかクスクスと笑い声もあったっけ。



 その後、それぞれの保護者が呼ばれる。相田の母親は「慰謝料払え!」とばあちゃんに怒鳴り散らした。

 こんなのフィクションの世界にしか存在しないと思ってたよ。まさか自分が当事者となるとは。

 不謹慎ながら可笑しな光景だったな。

 どう見ても一番怪我をしているのは僕で。

 相田は「んなもんいらねぇよ! かすり傷だろうがよ! 見ろや!」と母親へキレてさ、相田親子に担任が仲裁に入っていたな。


 でもそんなことはどうでもよくて。

 怒鳴られている時も、相田親子がやり合っている時も、ばあちゃんは頭を下げていた。

 誰も見ていない時だって頭を上げることはなかった。腰を曲げたまま「申し訳ございません」と、声を震わせていた。


 人を傷つけた時、自分もまた傷つく。そんなことをどこかで聞いたことがある。

 だけど実際、僕が人を傷つけた時、傷ついたのは一番大事な人だった。

 僕は二度と人を殴ったりしないと決めた。

 もう二度と、ばあちゃんを悲しませるようなことはしないと決めた。




 相田親子のド派手な喧嘩が落ち着くと母親は帰っていき、廊下にて相田と二人きりの時間があった。


「うちの母親まじでクソだから慰謝料ふんだくったとしても俺には使わねぇ。そもそもお前の方がボロボロだしな、馬鹿なことは言わせないんで」

「……え、と。う、うん」

「お前のばーちゃん、びっくりしてたな」

「……うん」

「つらそうだったな」

「それは……相田に対してで。孫が申し訳ない、ってこと、だと思う」

「へえ、子供たにんのやったことに心痛めちゃうわけ?」

「……」

「すげーなぁ、お前のばーちゃん」

「……」

「あ、違うか。普通そうなんだろな。うちがクソなだけだったわ」

「…………」

「ま、俺も母親と変わんねぇクソなんだけど」


 ぺこぺこと何度も担任に頭を下げていたばあちゃんが僕たちの元へ向かってくる。到着する前に相田は、


「ごめん、最低なこと言った」


 僕に謝罪し、


「すみませんでした」


 ばあちゃんにも頭を下げた。



 *



 喧嘩をしたって仲良くなることはない。「お前のパンチきいたぜ……」なんて展開だってない。僕と相田にクラスメイトという関係をこえたものは生まれなかった。


 この件は他所のクラスでも噂になった。突然キレたヤバい陰キャが陽キャを殴った、と。

 僕たちが噂に言及することはなく、やがて飽きられていった。


 こんな噂は僕よりも相田の方が嫌だったに違いないのに、「俺は自業自得だから」とどのタイミングだったか覚えてないけど、言っていた。

 僕もそう思ってる。原因が省かれているだけで事実なのだから、ひそひそされても自業自得なんだ。



 さて。姫川にしつこい彼はこの話に出てこない。

 彼は僕たちを遠巻きに見ていたクラスメイトの一人だからだ。

 だけど当事者でない彼だから面白がれる。


 姫川に言ってどうなるというのか。

 彼はそうしたところで何を得られるんだろう。


 姫川はこの件を聞いたら――どう思う?

 僕を蔑むだろうか。

 冷めた目でも見せるだろうか。

 いや、それならいいな。……いや、少しは嫌だけど。でもまだマシというか。


 ばあちゃんの表情が姫川の顔にダブる。


 僕は胸がぎゅう、と締め付けられて。

 ただの想像、妄想のくせに。

 姫川の悲しむ顔は見たくないと、思った。


 おかしな話だ。どう考えても姫川が見せるであろう表情は、感情は、そうじゃないだろう?

 なのに浮かぶものは自分に都合がいい。だって、何で姫川がばあちゃんみたいに悲しむというのか。

 アイツがどんなに優しい心根だとしても、そんな感情を向けられる想像をする僕はあまりに――

 ……あまりに、自意識過剰というものだ。















――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 こんな時間に更新してしまい申し訳ないです。次回はもう少し、早く書けるよう頑張ります。



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陰キャな僕の毎日が隣の家の美少女のせいでちょっと楽しくなってきてる(仮) なかむらみず @shiratamaaams

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