第19話:僕は恥ずかしい
「でさぁ、そいつがさー」
「……」
昼休みが終わる頃、教室へ戻る途中。
僕の少し前を姫川ご一行が歩いていた。
壁側に姫川、横並びで吉澤と佐藤さんがいて。さらにその横に男子が二人並んでいる。
廊下は塞がれてしまった。
ハァ。ため息が落ちる。仕方ない、のろのろ進むご一行の後ろを歩こう。
二人のうち片方は去年のクラスメイトだ。
いいなぁ、春休みの間に伸びたんかな。ちょっと見ない間に頭の位置が高くなってる。
変わったのは身長だけではない。
もともと陰キャよりは陽キャ。真面目よりは不真面目。といっても先生に反発したりサボったりするとかではなく、クラスメイトへの振る舞いが少々でかい程度だけど。
でもあんな風に女子にガンガンいくナンパな人ではなかったと記憶している。
相手にされてないのによくいけるものだ。あのメンタル、少し見習いたい。
「てかそろそろ教えてくれてもよくない?」
「何がそろそろだよ」
「いや、お前に言ってねーから。なっ、ひめ~」
おお吉澤、頑張れ。
ひっそり心の中でエールを送っていると、姫川へ向けられていた男子の視界に背後の僕が入り込んだようだった。ぱち、と目が合う。
だがまぁ彼にとって僕は背景に馴染むモブだろうし、特に気にしなくていいな。
そう思って目を逸らされるのを待って、いたのだけど、
「あー、深山じゃーん。元気ー?」
彼はニカッと歯を見せて笑ってみせた。
その挨拶に僕は驚いた。だって僕と彼は一年間同じ教室にいたというだけの関係なのだ。
当時でさえあんな笑顔で挨拶などされたことないと思う。
「あ、姫。俺ら元クラスメイトでさぁ」
「……」
ご一行の足が止まって一斉に僕へ振り返る。
と同時にそいつは僕の元まで来ると肩に腕を回してきた。
え。僕と姫川が同じクラスだと知ってる?
まさかコイツ、僕を利用する気か?
いやいや、待ってくれよ。僕にそんな利用価値があるとでも?
……そうか、何でもいいからキッカケを求めているんだな。
やれやれ、そんなに姫川と仲良くなりたいとは。
て、あれ? それって、……もしかしてナンパな感じじゃなくて本当に姫川が好きなの、か?
ヘェェ……、フゥン。まぁ、姫川がモテるのは知ってる、んだけど。でもそれはマジなやつじゃなくてなんというか、マスコット? アイドル? 的なモテだと思ってた。
いや、まぁ、うん。僕が知らないだけなんだろうな。本気で姫川を好きな人は他にもいるんだろう。
だけど、……なんだ。なんか、回された腕が不快だ。とてつもなく。
途端に払いのけたくなって肩に力を入れれば、
「姫は優しいよねー、こんなのにも構ってやるとかさ」
こんな言葉が続くから「は?」と見上げた。
「あー、そいつアレだ、さっきの休み時間の? 姫と桃谷だっけ、と喋ってたヤツ」
「そうそう。姫って性格もいいんだな、こんなの会話に入れてやるとかさ。まぁ陰キャが一人いるとクラスの空気悪くなるしな~」
「確かに。ちゃんと相手してやんないとこっちがハブってるみたいになるし」
「まじでそれ。勝手にぼっちでいるくせにな」
さっき……。あぁ、アレを見てたのか。
え、まさか廊下から?
うわ、なにこいつら、そんな頻繁に姫川を訪ねてんの? 相手にされないのに?
そりゃ吉澤も辛辣なるわ。
なんて心の中は威勢がいいくせに、顔をあげていられなくなった僕の視界に広がるのは廊下。
だってこれを聞いている三人の顔なんて、見たくない。
三人が、……姫川がどんな顔をしているのかなんて、知りたくない。
だけど俯いたって声は耳に届く。
次に聞こえたのは姫川の声だった。
「いや、あのー……。私そういうつもり全くないですけど」
「ぶっ! ぎゃははっ! 深山、かわいそー。そういうつもりないんだって」
「姫、あんま陰キャに構っちゃダメだよー」
「そうそう。勝手に期待して勝手に拗らせるから。やばいよ、こういうのにつかまったら」
姫川の言葉を咀嚼する暇も与えてもらえない。続いた男子二人の言葉に僕は廊下を睨んだ。
「いや、そういう意味じゃな」
「ダメダメ、姫。もうこれ以上深山を惨めな男にしないでやって~。そんなフォローされたらプライドずったずたになっちゃう」
……あぁ、なんて面倒なんだろう。
ダルい。僕を利用してこの場を盛り上げているつもりなこいつらが本当にウザい。
でもそれ以上に。こんな風に扱われる自分が情けなくてみっともない。
だけど抵抗するのは恥ずかしかった。
ならばひたすらにこの場を耐えてチャイムが鳴るのを待つしかないんだ。
どうせもう昼休みは終わる。
あと少しの我慢――
「離してくんない?」
肩にかけられた体重に顔を歪めた時だった。ハッキリと聞こえたのは吉澤の声。
「あたしは深山よりそっちの方がよっぽどやばいと思うんだけど」
「は?」
「言っとくけど、こういうノリで盛り上がるような女じゃないから、姫は」
僕の手首をくいっと引いて、吉澤はそう吐き捨てた。
けれど僕の肩は相変わらず重たい。頭上で「はっ」と笑みを含んだような息がした。
そして彼は続けるのだ。
「いやいや、待てって」
「まだ何かあんの? いい加減うぜ」
「去年のこと知らないでしょー、姫は。教えてやったがいいんじゃないの」
その発言を待っていたかのように、彼が言い終えてチャイムの音が響いた。
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