第18話:女子に僕は挟まれた


 時は流れる。季節は巡る。

 僕の嫌いなアイツが準備運動を始めた。


 夏が。近付いている。


 近年、気温上昇は異常だ。

 梅雨も期末も終わっていないのに先月から既に半袖でないと厳しい日も多々あった。

 だが空の様子は夏ではない。色も雲も違う。そう、アイツはまだ本領発揮していないのだ……。


 あーいやだ。暑いし、庭掃除暑いし、買い物暑いし。もう暑いしかないもん。


「彼氏欲しいー」

「痩せなきゃやばーい」


 イヤダイヤダな僕とは違い、楽しそうな女子の声があちこちからする。

 僕の気のせいかもしれないけど、夏が近付いてくると陽の者たちの声はでかくなるように思う。

 そしてこれが夏本番ともなれば蝉とも張り合えるボリュームできゃっきゃと騒がしくなるんだから、ああ憂鬱である。


「なぁなぁ、アイツ透けてね?」

「……チッ、中になんか着てんじゃん」


 楽しそうな声は女子だけではない。

 そして陽の者だけでもない。

 今、僕の横を歩いて行った奴らもどうやら浮かれているらしい。フ、漫画じゃないんだからそんな簡単にラッキースケベが転がっているわけなかろう。女子だって自衛するのだよ。


 さて。僕が夏を感じているのは制服のせいだ。そう、衣替え。

 男女ともに半袖。昨日までみんな長袖だったのに全員(忘れて冬服の奴もいたが)一斉に袖が短くなるのだから、夏が迫っているのだと嫌でも感じさせられる。


 ちょっと肌が見える分量が増えただけ。

 ちょっと布地が薄くなっただけ。

 それだけなのに今日は浮かれた空気が漂っている。見慣れた景色が変化したのだから仕方のないことかもしれないな。


 机に教科書を出しながらそんな分析していると、


「ねぇ深山」


 声と共に桃谷が現れた。前の席にドスンと腰を下ろす。

 余談だがあの昼休み以降、僕たちはたまに会話をするようになっていた。


 桃谷は僕の机に頬杖をつくと、


「姫川さん、元気なくない?」


 そう言ってどこかを見ている。

 目線を辿って顔を向ければ佐藤さんの席だった。

 そこには佐藤さんはもちろん、吉澤と姫川がいる。


 元気がない……?

 二人と談笑している姫川はいつもと変わらないように見えた。

 だがまぁもし本当に元気がないとしたら、給食の時間まであと一時間あるからでは?


「……そうか?」

「オイオイ、仲良しさんなのに分からないのかね」

「そっ、そういう言い方はやめてくれ。……つか、何で姫川を気にしてんの?」

「えー? そりゃ普段朗らか~な人が物憂げ~ってなってたら気になるが。悩み事でもあるんかな」


 物憂げ……? そんな姫川なんて、空腹以外で見たことがないが。

 だが悩み、と言われると、「気のせいだろ」とは言えなくなる。

 吉澤から何も聞いていなければ、空腹一択だっただろうが。モヤ、と胸の端っこに引っかかるものがあるのだ。

 もしかして……例の男子と何かあった、とか?


 そんなことを考えているとくるり、姫川の顔が向いた。

 二人から離れこちらに来る姫川は「お? お?」とニヤついていて。

 ウゥン、やっぱりいつも通りに見える。


「なんだよーう」


 何度か姿は見ているはずだし、女子は同じ格好なのに僕は改めて思った。あ、夏服だ……と。

 姫川はベスト派なんだな、うん、いいと思う。

 学校指定の紺色のそれはバカな男子の視線から守ってくれる。


「熱い視線を感じたから来ちゃったよ」

「なっ、ちっ、ぼ、くじゃないだろ……」


 姫川の目線は僕に向けられているから否定しておく。見ていたのは僕もだけど、熱い視線を送っていたとするならそれは桃谷である。多分。


「うん、見つめてたのあたし~。でも深山、焦り過ぎ。図星かよ~」

「ハッ!?」


 頬杖ついたままの姿勢で桃谷はバカなことを言ってくるから大きな声をあげてしまった。

 なんだ、図星って。なんだ、焦り過ぎって!

 言いたいことは頭に浮かぶも、僕へのいじりは一瞬で終わった。

 二人は「衣替えなのに今日ちょっと寒いよね」などと話し始めている。


 ふん、別にいいけど。

 話題の中心にいるのはごめんだからな。全然いいけど。

 ……だが、「ハッ!?」しか返せなかったのは我ながらアレだなぁ、と。もう少し余裕をもって、せめて二文字以上返せなかったのかと。反省する。


「あれ、めっちゃくさくない?」

「うんうん。でも私意外と好きなんだよー」

「わかる! 癖になるよね」


 反省してたら女子二人の話題が何なのか全く分からなかった。なに、くさいって。

 とりあえず僕の体臭とかではなさそうなので安心だけど。一応、汗をかいてたらアレなんで、椅子ごとそっと姫川が立つ逆側へ少しズラしておこう。


「なんかこう……くさっ! からの、もう一回いきたくなる感じ」

「そうそう。まじでくっさい! ってなるんだけどね~」


 どうでもいいが。そんなにくさいくさい連呼しないでもらえるか。

 後ろの席の男子がビクッてなってるぞ。

 わかる、彼は今「俺じゃないよね?」って怯えていることだろう。大丈夫だ、何について二人が盛り上がっているのかは僕にもわからないが、どうやら好意的だから。



 チャイムが鳴るまで二人は楽しそうにしゃべっていた。

 僕は特に会話に入ることもなかったけど、遠くからだと僕も含めて盛り上がっているように見えただろう。


 僕はまだ気付いていない。

 この場面を不愉快に思っている人間の存在に。














――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 令和6年6月6日、更新間に合った!ばちくそ頑張った!自己満!

 二か月になりましたー。これからも深山たちを見てくれると嬉しいです。


 作品フォロー・☆レビューなど面白いと思っていただけたらよろしくお願いします。

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