第17話:僕と女子のお喋り
僕は驕っていた。お手伝いを、だなんて思い上がりもいいとこだ。
このおばあちゃんは僕なんかより力がある。
「ありがとうねぇ、さすがに買い過ぎたかしらって後悔してたの~」
「は、はは……」
まさかこんな重たい荷物を抱えてるなんて思わなかった……!
ちらりと覗いて見えた範囲でエコバッグに入っているのは米(推定五kg)、でっかいペットボトル。カチャカチャ聞こえる音は多分ガラスで、瓶が入っていると思われる。その他。
いやいや、エコバッグへの信頼感エグいよ。きっとエコバッグもびっくりしてる、ぎっちぎちに入れられてさ、ヒィィて悲鳴をあげてるのでは。
「ふっ。くっ」情けない声を呼吸に混ぜながら一段ずつゆっくりと上った。
だって、おばあちゃんを置いてさっさか上るわけにはいかない。
身軽になってもゆっくりとした足取りのおばあちゃんに合わせる。これが地味にきつかった。
「階段あがってすぐがうちでね。もう見えてるんだけど」
「あ、そ、そうなんですね。良かった」
「家建てた頃は見晴らしいいし階段で運動不足にもならないわ~って思ってたのにねぇ。年は取りたくないものねぇ」
思わず安堵の「良かった」が出てしまったけどおばあちゃんには聞こえていなかったようで、「昔はマンションもなくてねぇいい景色だったのよ」と足を止め振り返るからつられて僕も顔を向ける。
高台から景色を眺める――前に、人が上ってきていることに気付いた。
あれ? あのポニーテール……、
「吉澤……?」
「貸して」
僕を追い抜いた吉澤は両手を広げる。
あまりに自然に出された手に「あ、はい」と荷物を渡してからハッとした。
タンタン、階段を上っていく背中を見ているおばあちゃんに僕は慌てて説明をする。
「あ、だ、大丈夫ですよ。あの人、あの、僕の」
「お友達?」
「……同じクラスの人なので。盗んだりとかは」
「うふふ、そんなこと思わないわよぉ」
いや、ちょっとは思ったがいい。
何が起こるか分からないんだから。
渡してしまった僕が言えた立場じゃないけども。
吉澤は荷物を両手で抱え上で待機している。
言っておくが、吉澤がのぼった段数なんて六段くらいだから。ここまでは僕が頑張ったから。ほんと、あともうちょっとだったからね。
軽くなった腕を擦りながら階段を上った。
*
おばあちゃんの家は本当に階段を上ってすぐの一軒家だった。
パタンと玄関の扉が閉まって吉澤から言葉をかけられる。
「アンタ、勇気あるね」
「……え?」
「あたしは声かけらんないかも」
「……よ、吉澤、いつから見て……」
「つか気付かんかもだわ」
僕の言葉は聞こえなかったのか、答える気がないのか。
まぁどちらでもいいが。……随分とフツーに話しかけてくるんだな、と思った。
同じ小学校だっただけで仲が良かったわけではないし、中学に入ってから会話はほぼない。
なのにこんなフツーに。
これが対人スキルの違いってやつか……。
いや、そんなことよりも。
「……あ、ありがと、う」
僕はさっきよりも意識して声を大きく、ぺこりと頭を下げた。
「あー、うん。ちょっとしか手伝ってないけど」
「……い、いや、助かった」
「じゃ。お疲れ」
「えっ」
あっさりとした別れはともかく。吉澤は踵を返して階段へ向かうから声をあげる。すぐさま「あ?」と威嚇された。ヒッ。
「や、あの、下りるの?」
「それが何か」
何かって。いやいや、吉澤、それって僕を手伝うために上ってくれたということなのでは。
いい人が過ぎるだろ。
もう一度「ありがとう」と言うと、吉澤はふいっと顔を逸らして「そんなんじゃねぇわ」とぼそり。
おお……、これはもしや、ツンデレ?
「そういや。美優が悪かったね、ひどいこと言ったみたいで。とりあえず注意はしといたけど」
「え? ……あ、いや、そんなことは」
「美優の言ったこと気にしないでもらえる? アンタらがどう仲いいのかは知らないけど、今まで通りしてやってよ。姫、アンタのこと好きみたいだし」
「ハッ!? すっ……!?」
「……」
過剰な反応をしてしまった僕に吉澤の目が冷ややかになる。「恋愛感情の好きだったら言うわけないじゃん」とぴしゃり。うぐ、確かに。
口の中で「分かってるよ」と言い返すも、そんなの聞こえていない吉澤は腕を組んで、「まぁあたしは深山よりもさ」と続ける。
「うちのクラスじゃないんだけど、やたら姫にちょっかい出してくる奴らいて。警戒すべきはそっちだと思ってんだけど」
「……あー、モテる人は大変ダァ」
「それな。姫も明らか迷惑ですって態度してんのに、すっごいグイグイくるしさ」
僕より少し高い位置でため息が落ちて。
瞬間。心臓が少し、強い主張をした。
胸にざわりとしたものが広がっていく、これはなんだ。嫌悪感、か?
「チャラついてるしイキってるしでめっちゃウザいしキモい」
辛辣……。
「もし変なのが姫の連絡先とか聞いてきても教えないでね」
「……それは大丈夫。僕はスマホ持ってないし、連絡先とか知らないんで」
家は知ってるけど。
「そもそも僕に聞いてくるわけがないだろう」
「確かに。そうだわ」
「……」
いや、自分で言ったから別にいいんだけども。そんなすんなり頷かれると切ないものがあるぞ。
「あ、やば。あたし行かなきゃ。じゃ!」
「お、おう……」
階段を駆け下りる吉澤を見送って僕も歩き出す。
一瞬広がったざわりとしたものはまだどこかくすぶっているような気がしたけれど。
それよりも、思いがけず女子と喋ってしまったとドキドキしたり。改めて勇気を出せたことに高揚したりしていた。
――今の僕は知らないから。これから先に起こる大きな衝撃を。
まだ、知らないんだ。
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