第16話:僕は踏み出した
ともだち。僕らの関係に名前があったのかと驚き過ぎて、その後は「へー」「ふーん」とそっけない相槌を繰り返した。姫川が喋っていた内容は覚えていない。
さすがに落ち着いた帰り道。散歩終盤。
姫川の持ってきた漫画が全七巻のうちの六巻だったという事実はなかなかに衝撃だったな。
翌日速やかに返却したよ。暇が過ぎてうっかり手を伸ばしたりしないように。
さすがに初見で最終巻の手前はちょっとね。
にしても友達。まさか僕をそう言ってくれる人が現れるとは。しかも異性である。
ということは女友達、ってやつで。
女友達という響きはちょっとほわほわした気分になるな。
――だけどそんな気分がずっと続くわけもなく。僕という人間はつくづく、なんというか、面倒な思考をしているなと思う。
だって僕と姫川が友達、て。イヤイヤ……。
そう言ってくれるのは嬉しい。だけど僕は姫川を友達だとすんなり思えない。
ただ家が近くてクラスメイトなだけで、そんなポジションを与えられるわけがないんだ。
だって友達だぞ?
姫川のように日々を懸命に生きるでもない、何かを頑張るわけでもない。そんな僕が。
なんておこがましい。
難しく考え過ぎだって自分でも分かってる。だって昔はもっと簡単に友達という言葉を使っていた。
姫川はきっとそんな複雑に考えてないだろう。なんか、ふわっと感覚的に言ってくれただけかもしれないし、友達と捉える範囲がものすっごい広いのかもしれない。
なんにせよ姫川の自由で。
だけど僕はそう思うことに迷う。
理屈が頭を埋めて、心は制御しようとする。
なんで僕は……。
***
おつかいからの帰り道。
僕は前を歩く見知らぬおばあちゃんから目を離せないでいた。
両手で抱えるエコバッグは多分重たいのだと思う。「ふう、ふう」と息が聞こえてくるから。
僕と同じ方向らしい、おばあちゃんが長い階段を上り始めて僕はそわそわしていた。
持ちましょうか、そう声をかけようか。いやでも失礼かな。距離を空けて僕は悩んでいる。
年配の方への声掛けには嫌な記憶があるのだ。
電車で席を譲ろうと勇気を出した結果、「あ、大丈夫」と返された経験が。
コイツがさっきからよみがえって、うぐぐと声を発せずにいる。
あの時は本当にしんどかったな。
他の乗客から見られているような気がして恥ずかしいし、なんならその相手は不快に感じているようにも思えて。
座り続けることが耐えられなくなってさ、降りる予定じゃなかった駅で途中下車した。
とまぁ、僕は失敗に終わったけれど席を譲るってのはさほど珍しいものではないと思う。
では、これは?
重たそうな荷物を抱えたおばあちゃんに手伝いを申し出る……、そうそうあることではないし、席問題よりさらにハードルが高い気がする。
だって荷物運ぶって。初対面、信頼関係ゼロでも大丈夫なもの? 不審者情報ならない?
一段、一段をゆっくり。追い越さないよう立ち止まったりしながら上る。
一歩が遅いおばあちゃんを追い抜くのは容易い。だけど悶々としている僕にはその行為も難しい。
……姫川なら。
こんなグダグダせず、わーっと走ってって「おばあちゃん! 持とうか」とか言いそうだな。
それで拒否されても「元気で素晴らしい!」とか思ったりできそう。
しょんぼりくらいはするかもしれないけども。
ふいにこの前の昼休みを思い出す。
今と同じようにどうしようどうしようとグダグダする僕を他所に、姫川は何の躊躇いもなく、当然のように手を差し伸べた。
姫川はきっと拒否をされたらとか考えていないのだと思う。
自分へ返ってくるものなんて頭になくて、「あ、大変そう」って思ったら動ける人なんだ。
僕とは違う。
僕は自分を物事の中心に置いているから、受け入れてもらえなかったら、とか頭を悩ませるんだ。
恥ずかしいとか、何で声かけたんだろうとか。
全部、全部自分のことばかりだ。
「ふう……。よいせ、と……」
「……」
なん、か。なんかそういうの、
「……いやだな」
ぽつりと声に出てしまった本音に僕はバッと顔を上げた。
あの時思っただろう。学級目標みたいなことを、クソ真面目に。
僕はそんな僕が嬉しかったんじゃないか。
……ああ、今少し分かった気がする。友達だと言われて何故素直にそう思えないのか。
僕は自信がもてないから、友達だと言って「くれて」なんて思うんだ。
姫川と対等でありたい。
友達だと思うことに抵抗がないような自分に、少しでいいからなりたい。
皮膚の表面がざわっとする。鼻から吸い込んだ息が熱い。僕は前にある背中に、
「あ、あの……!」
上擦りながらも声をかけた。
「あの、よかったら、手伝います……!」
空けていた距離を上って、返事を待たずに手を差し出して。
自分でも大袈裟だなって思うけど。
ここにはいない姫川が僕の背中を押してくれたような気がした。
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