第15話:僕らの関係


 外に出ると姫川の姿は門の向こうにあった。

 僕を確認したのかサササッと隠れるように一旦消えて、門壁から顔を覗かせる。


「ど、どうした……?」


 声をかけると手招きをされた。

 まさか、今からかくれんぼでもしようとか、そういうことじゃないよね?

 我ながらアホみたいな想像。だけど姫川だったらありそうだと思いながら門を出る。


「気付いてくれてありがと」

「……ま、まぁあんな身に覚えのない約束とか、気になるしな。そりゃ読む、だろ」

「うひひっ、私の知能が勝ったってこと?」


 知能? どこに?


「回りくどいやり方してごめんねぇ」

「……なにかあった、の?」

「いやね、丁度いい石がなくって」

「……。うん? 石?」

「ほら、石投げて窓をコンコン的な? あれやりたかったんだけどねー」

「……」

「でも手頃な石など落ちてなくてですね。スマホ投げるか小細工するか悩んで、小細工を選びました」


 冷静な判断をしてくれて良かった。


「おばあちゃんに言って出てきた?」

「え、あー、うん。……散歩、行って来るって」

「そっか。ごめんね、うそつかせて」

「……」

「ちょっとさ、おばあちゃんには聞かれたくないなぁって思って」


 だろうな。こんな風に呼ばれたんだ、それくらいは分かる。

 でも僕はうそなんかつかない。


「……夜の散歩は好きなんだ。ばあちゃんも知ってる」

「そうなの?」

「なのでうそじゃなく僕は散歩をする。から、謝らなくて、いい」

「……」


 姫川は「わかった、ありがと」と笑った。

 妙に恥ずかしくなって僕はふいっと顔を逸らす。


「ではっ、右と左どちらへ進みます?」

「え? なにが?」

「散歩。私もついていきますので」

「え。……なんで?」

「だって話したいことあって来たんだもん」

「い、今どうぞ……」

「立ち話もなんですから」

「……」



 *



 学校とは逆方向に公園がある。とりあえずの目的地をそこにして、僕らは歩き出した。

 姫川は「こっちらへん来たことなーい」ときゃいきゃいしていたが、やがておとなしくなり、


「昼休み、ごめんね」


 と切り出してきた。

 まぁやっぱり、その話だよな。


「あの後ね深山は変な人じゃないよって、いいやつだよって言ったんだけど」

「え……、言ったの?」

「うん。でも私たちって学校でそんなに話すわけじゃないじゃん? 美優に突っ込まれてね」

「……そうだな」

「家が隣とか、私は全然バレていいけど。もしかしたら深山イヤかもって思って。個人情報じゃん? 勝手にペラペラ言うわけにはなぁって」

「……」

「なので許可取りをしたく」


 許可取りて。なんて律儀な。


 家がバレる云々はどうでもいい。

 まぁ正直、姫川が絡むとちょっと面倒なことにはなりそう、と思わなくもないが。

 だけどそういう事情より何より、


「ひ、姫川」

「うん?」

「……あまり僕を庇わなくて、いい」


 僕について姫川が気に病む必要はない。

 むしろ、気にしないでほしいと思う。


「や、えと。昼休みのはなんとも思ってないから」

「え……、あんな言われ方したのに」


 そりゃあの後、図書室でずーんと沈んださ。

 一秒、一分。時間が経つとその度合いは悪化していって、なんであんな風に言われにゃならんのだクソが。と思ったりもした。

 でも、それをぶつけたいほどの高ぶりはない。

 そして今、僕にとって佐藤さんの件はさらにどうでもいいことになった。


 だって姫川が、ひどく気にしてしまっている。


 姫川はとても努力してる。新しい世界で自分の居場所を作り、僕よりもうんと毎日を頑張っている人なんだ。

 少しとはいえ僕は知ってしまったから。

 だから、築いたものを壊してほしくはない。


 僕ごときの存在で何か起こるとは思っちゃいないけど、何がキッカケとなるかは分からないだろ。

 そんなのは絶対いやだ。


「僕は、できれば、あまり目立ちたくないんだ」

「うんうん、分かる」

「今の環境に満足してる、し」

「おーう、それはとてもいいことよ」

「でも姫川が僕を、執拗に庇ったりすれば、……そうじゃなくなる」

「……」


 公園が見えてきた。その手前にある街灯を見つめ過ぎたせいか、視界がぼんやりとしてくる。

 大丈夫、だろうか。僕の選んだ言葉は、姫川を傷つけてしまっていないだろうか。

 ただでさえ姫川の善意を拒否しているんだ、言葉でまで傷つけたりしたくない。


「ひ、姫川は今まで通りで、いてくれればいい」

「……今まで通り?」

「佐藤さんは僕に近付くなって言ったんだ。僕からいかなきゃ、大丈夫だろ……」

「……」


 さっきまで気にならなかった足音が耳に響く。

 公園に到着してから姫川は口を開いた。


「うん、分かった。今回は、うん我慢する。美優の言い分にはちょっと言いたいことあるけど。でもそれが深山にとって嫌なことなら、言わない」

「あ、う、うん。たすかる……」

「でもごめん、これから先は分かんない」


 姫川は入り口にある銀色の柵を撫でながら、「またこんなんあったら、その時は言ってい?」と僕の顔を見る。

 うまく返事できずにいると円形のそれに腰を下ろし、姫川は続けた。


「深山は友達だもん。あんま失礼なこととか、言われたくない」


 と。



 ……え? え? えええええ!?

 僕らはいつから友達に……!?



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