第14話:気にする姫としたくない僕


「ねー深山くん」

「……」


 呼ばれてすぐに反応できなかった。

 並んだ姫川と佐藤さんの上履きを交互に見て、そろりと顔をあげる。


「姫に変なことしてないよね」


 そう言われたのは佐藤さんの顔に視線がたどり着いた時。

 真ん丸な目、厚めの前髪にツインテール。姫川より少し低い身長と妹ポジみたいな見た目して、なんて圧だろう。

 ……くっそ。女子ってなんでこう、氷みたいな目できるんだよ。


 つかなんだ、変なことて。

 学校で何ができるというのか。


「ちょ、ちょっと美優。何言ってんのー。深山は何もしてないよー。ていうか私から絡んでるし」

「姫からぁ?」

「そう。深山は付き合ってくれてたの」


 姫川の言葉に「ふーん。ま、いいけど」と佐藤さんは返したが、ちっとも良さそうじゃない。

 僕を見る目の冷たさが緩んでくれない。


「姫、教室戻ろ」

「えっ、あ、でも」


 佐藤さんは姫川の手を引っ張り僕に背を向ける。

 姫川が僕を見るから首を小さく横に振った。

 僕のことは気にするな。と、伝わるかは分からない気持ちを込めて。


「あ、そうそう深山くん」


 困惑しているような表情をする姫川の奥で、佐藤さんは顔だけ振り返る。


「姫に近付かないでねー」

「……」

「え、ちょ。美優?」

「行こ」



 姫川は僕へ振り返っていたかもしれない。

 だけど二人が進むより先に僕は図書室へ向かったから、姫川の様子は分からなかった。


 多少、動揺はした。でも佐藤さんの言動にショックを受けたりはしていない。少なくとも今は。

 別にいいのだ、あんな目を向けられるのもわけもわからず拒絶されるのも。どうだっていい。

 後々へこむだろうしイライラするかもしれない。

 だけど僕を今動かしたのはそういう負のものではなくて。ただ、僕と友人の板挟みみたいになる姫川を見たくなかったんだ。

 ぼぉっとあそこに突っ立ったままじゃ、姫川はきっと僕を気にするから。



 ***



「洸ちゃん。ほのちゃんがこれ持ってきてくれたよ」


 ばあちゃんが部屋をノックしたのは夕食後、お風呂を済ませ机に向かっていた時だった。

 少しウトウトしていた意識がハッとする。


「え、姫川来てたの?」

「うん、今ね。本貸す約束してたんでしょう。洸ちゃん呼ぼうと思ったんだけど、ほのちゃんすぐ帰っちゃったから」


 え? 何も約束なんてしてないが。

 ばあちゃんは座ったままの僕の元まで来ると「はい」と差し出してくる。

 受け取ったそれを見て僕はぎょっとした。

 表紙から察するにこれは……。


 少 女 漫 画。


「次に読みたい人がいるからすぐに読んでって言ってたよ」

「え、あ」


 ねぇばあちゃん。ねぇねぇ。この表紙見た? ねぇばあちゃん、勘違いしないでよ、僕は姫川に借りる約束なんて――


 なんてことは一文字も言えず、ばあちゃんは部屋を出ていった。


「……なんなのか」


 階段を下りていく足音を聞いてから改めて手にある漫画を見る。

 表紙には一組の男女が描かれていた。男が女のほっぺたに顔を寄せている。

 付き合ってんのか知らんが、「わお☆」みたいなことを言いそうな女の表情にちょっとイラッとした。だって、なんて余裕だろう。


 別に少女漫画を苦手とはしていないし、掲載紙がなんであれ興味があれば読むけど。

 ……でもさぁ、こんな突然。まじで約束もしていないのに、ばあちゃんの手にこんな、男女のキャッキャしてる感じの表紙のものが渡ってさぁ。

 一応僕もさ、お年頃な男子なのよ……、姫川。

 家族に見られると恥ずかしい系のものってあるのよ、僕にもさぁ……。



 さて、そんなことはもういいとして。僕は別の問題に首を捻る。

 僕が忘れているだけで本当に姫川に読みたいよと言っていたとしようか。

 だとしても、僕はこの漫画のタイトルすら知らないわけだが。

 なのに。


 六巻なんだけど、コレ。どうして?


 約束が存在するなら借りるのは一巻では?

 なのに六巻て。

 迂闊にページ捲れないんだけどー、姫川ぁ。

 ネタバレはそこまで嫌じゃないよ。でも冒頭から重大なシーンだったりしたらどうすんの。

 これから先読みたくなった時、ちょっとつらくない?


「これ、貸す相手間違えたんじゃ……」


 ぽつり呟いて、とりあえずページを捲る。

 重大なシーンから始まる可能性を秘めているので薄目で。


 だけど内容を知ることはできなかった。

 なぜなら、ぺったりとポストイットが貼られている。目次の次のページ、差し込まれたイラストを覆うように。


 これは姫川の仕業だろうか。並んでいる文字に意外とキレイな字書くんだなと思った。


「……『部屋の窓開けて』?」


 書かれていた言葉をそのまま口にして、パタン。本を閉じる。


 え。これ本当に僕へ貸すものでいいのか?

 もし相手を間違えていたとしたら、目にしちゃダメなやつだったんじゃ……。


「……」


 立ち上がり部屋をウロウロ。

 前後左右、何往復かして窓へ目を向けた。

 とりあえず、これが僕宛てであるということにして、カラカラと窓を開ける。


 外はすっかり暗い。

 でもうちの玄関から伸びた光の道に人影があるのがすぐに目に入った。


「姫川……?」


 身を乗り出してその姿を見る。窓を開ける音が聞こえたのか、姫川もこちらを見上げていた。

 伸ばした両手を頭の上でぶんぶんと振る姫川は口をパクパクと動かしている。微かに声も聞こえたから読唇術がなくても分かった。


 お・り・て・き・て――。

 下りてきて?



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