第13話:僕らは正反対
「もうすぐ夏だねぇ。冷やし中華始めましたー?」
「あ、いえ、まだですね……」
「からしつける派?」
どうも今日の姫川は調味料に夢中らしい。
途切れることなく、もうすぐ図書室である。
「あ、この先が図書室な気がする」
「……う、うん。正解」
「やっぱねー」
姫川は得意げに言って鼻を「くんくん」とさせる。まさか匂いで分かったとでも? こわい。
僕を追い越していく姫川の後ろ姿から手前にある特別教室へ視線を動かすと、開いていた扉の奥に段ボールを抱えた女子が見えた。
あ、こっちに出てくるのかな。
他に誰もいないのだろうか、と足が止まる。
見た感じ重たそうではないけど一人じゃ大変なのでは……。
何か手伝い――
思ってすぐ唇をぎゅっと噛んだ。
初対面の女子に声をかける勇気はない。ましてやいらぬお節介かもしれない申し出だ。「あ、大丈夫です」と拒否をされたら?
例え遠慮したものであっても僕は引きずってしまう。言わなければ良かったと後悔するんだ。
気にはなりつつ前を向けば、振り返った姫川が首を傾げていた。
「どしたのー?」
姫川は僕が見ていた方へ視線を向けると、特に表情を変えることも反応もせず、スタスタと教室へ入っていった。
「あのー、突然ごめんなさい。もしかしてここ出ます?」
「えっ」
姫川は言いながら女子の前に立ち、僕はぽかんとその背中を見つめる。
「ここ閉めなきゃですよね、私鍵閉めますよ」
「い、いいんですか? すいません……。あ、鍵」
手に持っているらしい鍵を姫川が受け取ると二人は廊下へ出てきた。
施錠をしながら姫川は女子へ言葉をかける。
「階段下ります?」
「ううん、この階だから」
「一緒行きましょうか」
「ううん、大丈夫。これ大きいけど軽いの」
「軽くても大きいのは大変だよー」
「ふふ。ありがとう、でももう十分助かった」
「鍵は手がいい? 段ボールに入れます?」
「あ、じゃ段ボールで」
目の前の光景はまるで映像でも見ているみたいだった。現実なのに遠い。
僕は視線を廊下に落とした。「バイバーイ」と二つの声がして、視界に姫川の上履きが現れる。
「どしたの、深山」
距離感がアレな姫川にいつも少し後ずさりしてしまうのだけど。
でも今日はそんな風に体は動かない。顔を上げて真っ直ぐ姫川を見た。
あぁ、ほんとに姫川は何もかもが違う。
僕とは全く、正反対の人だ。
「……姫川は、すごいな、って思って」
「え? 何が?」
「いや、今の。……すぐに声かけただろ」
ぎゅ、と右手で左腕を引き寄せるようにして体を小さくする。僕は情けなくてたまらなかった。
素直に出た言葉は『僕と違って』という思いを含んでいて、心の中で自嘲する。
こんな些細なことで? と思われるだろうか。
だけど僕は、僕にとっては――
「でも気付いたのは深山だよ?」
僅かに俯きかけて聞こえた声。
前髪の隙間から見えた姫川は微笑んでいた。
「深山が気にかけなかったら私はズンズン前に行ってたし。図書室しか見えてなかったし」
「……」
「私がすごいなら深山もすごい」
前髪が風に吹かれて視界を姫川の笑顔が埋める。
あ、窓。空いてたのか。そんなどうでもいいことをぼんやり思って、僕はふいっと顔を逸らした。
「……。どういう理屈だよ」
僕の言葉に姫川が笑ってる気配がした。
顔が熱くて。頬が震えて。
心臓がどくんどくんとうるさくて。
姫川へ振り向けない。
僕は高揚していた。嬉しかったんだ、意味不明だけど肯定された気がして。
いや、本当に意味は分からないんだけど。どうやったって僕がすごいとはならないから。
だけど思った。もしまた何か気付けた時は声をかけてみよう、と。
まるで学級目標みたいな、真っ直ぐ思うのも恥ずかしいようなことを、僕は思ったんだ。
大袈裟だよな、だけど心がほんのり熱を持って。
僕はそんな僕が嬉しかった。
――けど、そんな熱はすぐさま下げられる。
バタバタと廊下に響く足音。明らかに走っているそれはこちらへ近付いてきて、
「姫っ!」
次に響いたのは声。
振り返ると佐藤さんがいた。
「美優。どうしたの?」
「教室にいないから探したんだよ。ごめんね、別のクラス行っちゃって……。よっしーが集まりあんの忘れてた」
「えっ、わざわざ探してくれたの?」
「もしかして姫ひとりにしちゃったかもって気付いてさぁ、まじでごめん」
「美優……」
姫川へ駆け寄った佐藤さんは「ごめんね、変な感じにしちゃって」と顔を歪める。
「ううん、私もごめん。マァマァしか言えなくて。あ、私は醤油もマヨもありだと思うよ。よっしーにも言ったけど」
「でしょー? 卵に卵かけて何が悪いのって話じゃんねー。うぜーんだよってひどくない?」
醤油? マヨ?
なんか最近聞いたようなワードだな。
……あ、目玉焼き?
ぐるぐると思考を巡らす。そして浮かんだ仮説。
え、まさか。
目玉焼きで吉澤と佐藤さんは喧嘩したのか?
で一人になった姫川は僕を見つけた、ってこと?
え、しょーもな。……いや、失礼。
「姫、深山くんと何してたの?」
「え? 喋ってた」
「仲いいの? 知らなかったー」
言いながら佐藤さんが僕を見る。
瞬間、僕は目を逸らした。
……あ、この人は、ダメだ。
前に姫川といるところを見た桃谷とは違う。僕に対する目が、ひどく冷たい。
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