第12話:姫の待ち伏せ
***
「おーう」
「……」
トイレから出ると姫川が手をあげた。
「入ってくのが見えたので~来ました~」
「……」
いや。なんで?
「深山って昼休み消えるよね」
「……」
「今からどこ行っくっのー?」
「……と、しょしつ」
「一緒してもい?」
「は、はぁ……」
ろくに考えもせず頷いてから、いやいやおかしいだろと思った。
だって姫川には普段、一緒に過ごしているやつらがいるのだ。
「そういえば図書室行ったことないかも」
「……言っておくけど、本しかない」
「うん、知ってるー」
会話はするも、僕の足は動かなかった。
だがトイレの入り口(しかも男子)を塞ぐのもアレなので壁に寄る。
別に一緒に行くのは構わないが、モヤッとしたものがあって少し気持ちが悪い。僕は姫川の上履きを見ながら聞く。
「……と、友達はいいのか」
「うん。よっしーは部活の集まりだって」
よっしー。……あぁ、
小学校の時同じクラスになったことがある。
まともに話をしたことはないが、彼女の印象は強く残っている。背がすらりと高くて、女子のリーダーみたいな人だったから。
男子とよくケンカしてたな。
中二となった今はそんな姿もないが。
「
みゆ……? あ、
姫川がいつも一緒にいる顔ぶれを思い出す。下の名前なんて知らないが、多分間違いないだろう。
ちょっと? 佐藤さんが何かあったのか?
そこから言葉が続かないから僕は顔をあげた。
姫川の笑顔は少し引きつっている。口元が微かに震えているように見えた。
「……ひ、姫川……?」
ふっと逸らされる顔。姫川の視線は窓の外に向く。
さっきまで正面だったのに横顔になってしまってはどんな表情をしているのか分からない。
なんだ……、どうした。
「ふ……ぅぅふぇ……」
更に姫川は体ごと窓側へ向くと短くて小さな声を出すから、僕はぎょっとした。
え、え……!? まさか、これ、泣く……
「ぶぇえっくしょ!」
くしゃみだった。
「あー、スッキリしたあ。給食の後くらいからずっと出てくんなかったんだよねー」
「……は、はぁ」
なんだろうな、僕の思考が悪いのかな。
でも思わせぶりなタイミングじゃなかった? あんな風に言葉をフェイドアウトさせてふえふえ言われたら、心配になるよね?
「図書室行かないの?」
姫川はすっかり笑顔だった。
ふうと出ていく息は安堵。……まぁ、何もないのならいい。
やっぱり僕の思考が悪いんだ。なんでもネガティブな方へ捉えてしまう。
吉澤は部活、佐藤さんは多分別件とかなんかそんな感じで、今日は別行動となった。
ただそれだけなんだろう。
「……行く」
「楽しみ~。何しよう」
「本を読むんだよ」
「あっそっか!」
図書室は少々距離がある。僕が先を進み、姫川は後ろに下がった。
……てかでかかったな、くしゃみ。
女子ってもっと、外ではかわい子ぶるもんかと思ってた。「へぷち」みたいな。
でもらしいっちゃらしい……、いやいや。僕は何を分かったようなことを。何が「らしい」のか。
自分の思考に恥ずかしくなる。そのせいで無意識に足の速度をあげていたのだと思う。
姫川の足音がパタパタと、小走りを思わせるものになっていた。
「あー、そうそう。深山は目玉焼き、何かける?」
何が「そうそう」なのか。突然過ぎる。しかもなんで目玉焼き?
さっき給食食べたのにもうお腹すいたのかな。
速度を緩めると姫川は隣に並んだ。
トンと肩がぶつかって、「あ。ごめん」と姫川は体を縮めるから、僕も肩をきゅっと縮めた。
「よっしーは醤油で美優はマヨネーズだって」
「……ふーん」
「何かけてもおいしいもんねぇ、目玉は」
「めだま」
「で、深山は?」
「……塩コショウ。で、醤油はあってもなくても」
「あー、大人ぶってる」
「は、はぁ?」
調味料に大人も子供もないだろ。
「あっ、図書室って料理の本とかあるかな」
「さぁ……。レシピ?」
「的な」
「どうだろう……。料理の勉強?」
「え? しないよ。なんで?」
「???」
やっぱり姫川はわから……。ハッ、もしかしてレシピにのってるであろう写真が見たいとか?
まさかそんなにお腹すいてるの?
「あっ、こっちを右ですね?」
「いえ、まっすぐです」
「探検みたいで楽しいね!」
「……」
姫川は僕を追い越して、くるっと振り返っては笑う。
その様子は本当に楽しそうで、僕の頬は緩んだ。
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