第11話:気にする僕としない姫


「俺思うんだけど、姫と付き合えるチャンスって今なんじゃね?」


 休み時間、前から聞こえた言葉。

 読んでいたミステリー小説から視線を動かす。

 黒板を消している男子と足元に座っている男子がいて、発言をしたのは足元にいる方だ。


「はぁ? どういうことよ」

「姫にはまだ特別仲がいい男子がいない。ということは、ここで抜け出せばイケるんじゃないかと」


 こんなことを言っているが、彼が女子と親しくしている印象はない。

 つまりは、うん。妄想は自由だ。

 スッ。僕は小説へ視線を戻す。


「……。いやいやいや、だとしてもお前は無理よ」

「そんなのわかんねーだろ」

「分かるね。姫と喋ったこともないじゃん」

「だからそこをこれからどうにかさ~」


 嵐の中、離島にて殺人事件が起きた。

 所謂クローズドサークルである。

 これから主人公の探偵が犯人を詰めていくシーンが始まるんだ。

 残りページからして単純に探偵の独壇場とはならなそうで、僕の心を揺さぶっている。ワクワク。


「てか姫って彼氏いるんじゃ」

「それな本人否定してた」

「聞いたん?」

「って女子が言ってた。のを聞いた」

「お前……」


 あー、あの証言か。あまり信憑性がない感じで描かれていたが、ふむふむ。


「でもさ、それっているのを隠してるとかなんじゃない?」

「え、なんでよ」

「だって認めたらいろいろ探られてダルいじゃん」

「あー……」

「彼氏いるって方が納得するもん」


 いろんな解釈があるもんだ。なんてことない言動でも受け手が変われば角度の違う見方が出てくる。

 ちょっと深読みし過ぎじゃ? と思わなくもないが、額面通りに受け取らないってのは推理に必要なのかもしれない。


 だがしかし。パタン。僕は本を閉じる。

 姫川の話に推理など必要ではない。いないと言うならいない、それでいいじゃないか。


 本人がどんなに事実を伝えても、聞いてる人間にとって面白い方へ話は広がる。

 こうして本人不在の場所でも噂されて、印象や推測が混じっていく。

 注目される人間は本当に大変なんだな。


 まぁ、二人で話してる分には問題ないだろうが。

 いる方が納得て。思うのは自由だけど頼むから広めてくれるなよ。


 僕には全く無関係な話だけど聞いてるだけで疲れた。こんなBGMじゃ集中できない。

 数行しか読めなくて僕は大きく息を吐いた。



 **



「深山~~っ!」

「……」


 帰り道、先の方で手を振っている姫川がいた。

 立ち止まり、アレは明らかに僕が来るのを待っている。


 僕は後ろを振り返り辺りを見回した。

 学校からは離れているが左右をしっかり確認。

 うん、見える範囲では誰もいない。よし。


 姫川が男と一緒にいるのを学校の奴らが見たら、絶対変なことになる。

 まぁ相手は誰だとなっても、「見たことない人」良くて「誰だっけ~ほら~あの暗い人」的な感じだろうし、僕についてはどうでもいいんだが。

 同じ学校の生徒という情報が問題だ。おかしな方向に噂が作られてしまうかもしれない。


「あれ? 気付いてない? おーい、深山ぁぁ!」


 気付いてるよ、全部聞こえてるよ。

 僕は急いで進んだ。お願いだから僕の名前を叫ばないで。


「一緒に帰ろっ」

「……」

「ちょいちょい。なーんで通り過ぎるのー」


 言っておくがこれは待ち合わせじゃない。

 帰る方向が同じで、先に姫川がいて、振り返った姫川が僕に気付いたというだけ。

 帰り道が同じだから一緒に帰りましょうくらいの、実にシンプルな思考だろう。

 僕は全然姫川のことを分かってはいないがこの程度なら分かる。きっとこの人は僕が心配しているようなことなんて考えていない。


「遠足楽しみだね!」


 こんなこと言ってるもん。


 今日、担任から遠足の話があった。多分、僕を含め特別な反応をした生徒はいなかったと思う。

 でもそれは間違いだったんだな。

 ここにいたよ。


「……。小学生みたいなことを本気で言うんだな」

「えー? 遠足は大人も楽しみじゃない?」


 遠足を楽しみにしている大人、とは。

 大人になったらないのでは?


「ねぇねぇ、お菓子一緒買い行く?」

「え」


 さて。僕はとんでもなく驚いている。

 女子にこんなお誘いされたから。などではなく、


「いや……遠足はまだまだ先なんだが」

「深山ぁ、そんなん言っててもあっという間に来るものだよ」


 確かに? 僕にとって憂鬱イベントだからな、そういうものはあっという間にやってくる。

 だがそれにしたって。遠足まで半月以上あるのにこの浮かれっぷり。


「あー、でもそうだね。その頃には新商品とか出てるかもだしね」

「……う、うん」


 遠足のお菓子、ねぇ。

 持っていく発想がなかったな……って、あれ? ちょっと待って?

 そもそも持って行っていいんだっけ? おやつはいくらまで~とかそんな話なかったような。


「チョコが持っていけないのつらいよねぇ、溶けちゃうもんねぇ」

「……」

「深山はうすしお派? コンソメ派? あ、ポテトチップスの話ね」

「……のりしお」

「分かる~! 私も好き!」

「……」

「でも袋だと割れちゃうかもだよね。となると筒タイプのアイツを召喚するしか……」


 腕を組んで顎を摩りながらぶつぶつ。

 笑顔じゃなく真剣な表情。だけど楽しそうで。

 遠足なんてちっとも楽しみじゃなかったのに気持ちがつられてしまう。

 やはり空気ってのは恐ろしいな。



 しかし姫川のウキウキご機嫌タイムは、うちに寄ったことで終わりを迎える。

 ばあちゃんにもこの調子でふんふんお喋りをしていた姫川に、ばあちゃんが「お菓子は持っていけないよ」と現実を突きつけたのだ。

 姫川はこの世の終わりかってくらいの顔をした。


 だけどばあちゃんが「ホットケーキ焼こうねえ」と頭を撫でたら、すぐさまぱぁぁっと笑って。

 一件落着である。良かった。



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