春の色はうつりけりな
斑鳩陽菜
第1話 春の色うつりけりな
庭をはらりと薄紅の
寝殿造りの
――未練がましいのは、わたしと一緒ね……。
この身はいまだ、男を知らぬ。
恋をしなかったわけではない。この身を求めてくる
正妻である北の方になるにしろ、
だが彼女は、彼らの求婚に応じることはなかった。
彼らはわたしを、薄情な女と思うだろうか。
一度、帝から求婚されたこともあったが、小町は帝さえ振った。
――東宮さまを産めば、
呆れるような声がして、白い影が小町の前に立った。
「また、お越しに? お
既に故人ではあったが、生前から昼間は朝廷で官吏を、夜間は
小町はそんな祖父の影響か、彼女にだけ彼が視えた。
「花を
「そうふらふらおいでになると、
「いいや、わたしの花は今も美しい」
孫を賛美する篁に、小町は嘆息した。
「お祖父さまにいわれても、嬉しくはありませんわ」
「彼もそう言っているのだよ」
「彼……?」
「
深草少将――、かつて小町に熱心に和歌を送ってきた公達。
小町は彼に「私の元へ百日間通い続けたら結婚してもいい」と言った。
深草少将は小町にいわれた通り通ってきて、
そして、もうすぐ九十九日という冬の日。
――少将は今宵も来るのだろうか……?
もし深草少将が百日通ってきたら――。
そこで否といえば、己は殿方から男を弄ぶ女と罵られるだろうか。
だが、夜になっても深草少将はやって来ることはなかった。
諦めたかと思ったが、少将はこの世の人ではなくなっていた。
篁は冥府で、彼に会ったという。
思いを遂げることは叶わなかったが、小町への愛は今でも変わらないという。
こんなにも、自分を愛してくれた男がいる。
桜の花弁が、また一つ散る。
なにかにしがみついているわけではないが、小町は妻になることより女でいたいのかも知れぬ。
多くの恋をし、
なれど、この身も花と一緒。
老いとともに美しさは色褪せ、もはや誰にも見向きされぬ。
――花の色は 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに。
古今集に綴られている、小町の和歌である。
花の色は、すっかり色あせてしまった。春の長雨が降って、私がむなしく世の中や恋のことについて物思いにふけっている間に。
小町は小箱を取り出すと、
中には深町少将が置いていった、九十九個の榧の実がある。
もう彼は来てはくれぬ。
こんな想いをするのなら、意地を張るのではなかった。
桜は来年になれば、また美しい花を咲かせる。
だが人は一年毎に歳を取り、美しさも色褪せる。
眼の前でまたひとつ、花が散る。
小野小町という花は、あとどれくらい咲き続けるのだろう。
最期は何色になって、散るのか。
小町は檜扇越しに、ふっとため息をついた。
春の色はうつりけりな 斑鳩陽菜 @ikaruga2019
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます