第4話 雨降って地固まる






 騒動は内密に処理された。

 当事者である俺や姫島、詩織は次の授業を欠席し、体育教師の齋藤先生や教頭先生、担任教師の倉石先生を交えた話し合いが行われた。


 話し合いの中で、被害者である俺は勿論、姫島も責められる事は無かったし、寧ろ、労るような扱いを受けた。

 代わりに、体育教師の齋藤先生は、終始、萎縮したように肩を縮め、針のむしろのようだったが。


 先生には悪いが、再発防止を考えれば、報告しないという選択肢は無かったし、多分、俺が狸寝入りを選択してたら、詩織は際限なく、騒動を大事にしていただろうから、こうする他なかった。


 話し合い自体は、割とすんなりと進んだ。

 学校側も反省していると言っているし、俺も事を荒立てるつもりが無い。

 次以降に片付けをお願いする際は、俺が一人でやるので、授業に少し遅れる事を許可して貰う、という落とし所に落ち着いた。


「ちょっと早めの昼休みってなんか新鮮だな。」


 相談室から出て、後方の詩織と姫島に声を掛ける。

 あと少しで4時間目の授業が終わるという事だったので、俺達は早めの休み時間を与えられていた。


 先生達はもう少し話し合いをするとの事だったので、恐らく、齋藤先生が大変な事になっているだろうと思う。


「・・・・・あんなことがあったのに呑気ね。」

「今さっき終わった話だし、文句言ってても仕方ないだろ。それより今日は天気が良いし、屋上で飯食わないか?良かったら、姫島も。」

「私も?」


 姫島はたじろぐ。

 八の字に寄せられる眉は申し訳なさそうで、何処か心のしこりを胸に残したままのようだった。

 だから、励ますように俺は言った。


「何時も一人で食べてるだろ。偶には一緒に食事をするっていうのも悪くないんじゃないかと思って。迷惑だったか?」


 以前の反省点を踏まえて、心境を尋ねる。

 おずおずと首を振る姫島。

 どうやら迷惑では無いらしい。

 しかし、何か言いたいことがあるのか、切れ長の目を伏せ目がちにし、下から窺うようにこちらを見る。


「その・・・・・お前は良いのか?私はお前を襲おうとした女だぞ。」


 歯切れが悪く口走り、そして、口にした後で罪悪感に目を逸らす。

 やはり、先の騒動の事を気にしているようだった。

 まぁ、気にするなと言われても、そう簡単に出来るものじゃないか。


 待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね、の太宰ではないが、問題を起こしてしまった側も身を置く場がなくて、心苦しいものだ。

 場合によっては、必要以上に思い詰めてしまう事がある。

 恐らく、姫島も苦しんでいるんだろう。

 ただ、それは無用の苦悩だ。


「それを言うなら、俺はお前に俺を襲わせようとした男だ。近くにいて怖くないのか?」


 姫島はハッとしたように顔を上げ、瞠目する。

 彼女の脳裏には、知識として蓄積されていた伝統と自分が感じた体験とが線によって結ばれたような強烈な実感が去来している筈だ。


「こういう事が起こるから、アルファは俺達、オメガを恐れた。同様に、オメガもアルファを恐れている。」


 だから、時折、オメガの中には過剰なまでの主張をし、社会に自分を守らせようとする人物が現れる。

 それが例え、差し伸べた手を振り払うような行いであったとしても。


「でも、どっちもどっちで、お互い歩み寄ろうとしなかったら、一生、分かり合えないままだろ?」


 思うに、真の分断とは、お互いの最適解が『相手と関わらない』へと変化してしまうことだと思う。

 それは自分の無謬性むびゅうせいを疑わず、もう話し合っても無駄だと、相手の正義を何も認めない事と同義なのだから。


「だから、お前も忘れていいんだぞ。これから少しづつ仲良くなって、少しづつ形を良くしてければ良いんだから。」


 今はまだ分かり合う途上なのだから、罪悪感を抱く必要性などない。

 穏やかな声でそう諭すと、姫島は目尻の端に涙を浮かべる。

 心の闇を洗い流すような透明な雫だった。


「意外と泣き虫なのね、貴方。」

「違っ!これは目にゴミが入っただけだ!」

「ふはは、言い訳がテンプレートかよ。」


 廊下に賑やかな談笑が響く。

 雨降って地固まる。

 愉快で頼もしい仲間が一人増えたようだ。



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貞操逆転世界のオメガとアルファ 沙羅双樹の花 @kalki27070

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