春の夜、銀色のりゅうさんがきた。

桜庭ミオ

春の夜、銀色のりゅうさんがきた。

「ねむい」


 で、りゅうさんが出てくる絵本をよんでいたわたしは、ぽつりとつぶやく。


 ねよう。


「よいしょ」


 わたしはからだを起こして、絵本を持った。


 雨の音がしない。やんだのかな?


 気になったわたしは、まどがあるほうを向く。

 ヒスイ色のぶあついカーテンが、大きなまどをかくしてる。


 わたしはそのカーテンを、じっと見る。

 雨の音がしない。風の音も。


「しずかだなぁ」


 絵本をよみはじめた時は、うるさかったのに。

 わたしはからおりて、水色のクツをはいた。

 絵本をかかえて、トコトコ歩く。


「ねむい……」


 わたしがつぶやき、絵本を本だなに、しまった――その時。

 キュルルル、キュルルルと、声がした。


「――えっ? りゅうさん?」


 びっくりしたわたしは、パッと、まどがある方を向く。

 ヒスイ色のカーテンを見つめながら、「ちかくにいるのかな?」と、つぶやいた。


 まどをあけたら、見えるかな?

 夜だけど。りゅうさんがちかくにいるなら、見たいもん。


 そう思い、まどに向かって、走ろうとしたのだけれど。

 カーテンからヌッと、りゅうさんの顔が出てきたので、わたしは「ひゃっ!」と、声を出す。


「びっくりしたー!」


 バクバクするむねをおさえながらも、わたしはりゅうさんから目をはなさない。


 銀色のりゅうさんだ。これゆめ? ゆめなのかな?

 りゅうさんが、わたしのことを見つめてる。ピクリとも、うごかないんだけど、どうしたんだろう?

 生きてるよね?

 

 りゅうさんの顔、大きいなぁ。

 口も大きい。長いひげと、太いツノ。

 たてがみって言うんだっけ? ふさふさしてる。

 目は、ルリ色だ。

 ぎょろりとした目は、こっちをにらんでいるようで、こわい気持ちもあるけれど……。


 ずっと、会いたかったから。ちかくで見たいと、ねがってたから。

 だから、うれしい。ゆめでもうれしい。


 うれしいんだけど、ドキドキがとまらないよ。


 からだがあつい。ゆめなのに。ゆめ? ほんとうに、ゆめなのかな?

 うー。もうっ、どっちでもいいやっ!

 りゅうさんに、会えたのだから。


 空とぶりゅうさんは、も、見たことがある。

 大きくて、長くて、きれいなりゅうさんが、空をおよぐように飛ぶすがたは、なんかすごくて。

 さけびたくなった。はしりたくなった。


 ここにいるよって、思うのに。

 わたしが大声で、りゅうさんをよんでも、りゅうさんは、おりてこなかった。

 いっしょうけんめい、りゅうさんをおいかけても、まってとさけんでも、まってくれなかった。

 かなしかった。いっぱい泣いた。


 りゅうさんは、人間には、めったに、ちかづいてこないんだって。

 おばあちゃんや、きんじょの人たちが、そう言ってた。


 でも。


 絵本の中のりゅうさんは、人間にもやさしいんだ。

 人間のこどもと、あそんだりする。


 わたしがそのことを話しても、おばあちゃんや、村の人たちは、絵本だからだよって言うんだ。

 みんな、りゅうさんのこと、よくしらないのに。

 ちかくで見たこともないのに……。


 どうして、絵本に書いてあることがウソだって、思うんだろう?


 りゅうさんは、人間の言葉がわかるんだ。そう、絵本に書いてあったから。

 空を飛んでいても、地上にいる、の声が、聞こえるとも、書いてあった。

 だから、わたしがりゅうさんのことが好きでも、りゅうさんは、わたしにきょうみがないのだと、そう思って、かなしかった。


 それなのに。


 なんで、今ここに、りゅうさんがいるのだろう?


 銀色のりゅうさんを見るのは、はじめてだ。

 わたしが見たことのあるりゅうさんは、青色のりゅうさんと、赤色のりゅうさんと、緑色のりゅうさん。それから、黒色のりゅうさんだ。


 ほかに、金色のりゅうさんと、銀色のりゅうさんと、真っ白なりゅうさんがいるって、人からきいたり、絵本で見たから、いつか見たいなって思ってた。

 思ってたんだけど……。


 このりゅうさん、どうして、わたしのへやまできたんだろう?

 わたしに会いにきてくれた? 銀色のりゅうさん、見たの、はじめてなのに。


 太陽のメガミさまが、ねがいをかなえてくれたの?


 ここからじゃあ、りゅうさんの、長ーいからだは見えないの。

 顔も、なき声も、りゅうさんだもん。りゅうさんだよね?

 なんだか、不安になってきた。


 わたしがきんちょうしながら、「りゅうさんだよね?」と、たずねると、りゅうさんは、こっちを見たまま、キュルルル、キュルルルと、ないてくれた。


 よかった。りゅうさんだ。


 あんしんしたけど、このりゅうさんって、思っていたよりも、顔が小さい気がするな。


「りゅうさんは、こどもなの?」


 キュルルル、キュルルルと、りゅうさんがなく。


「こどもって言った?」


 キュルルル、キュルルルと、またないてるけど。


「ごめんね。なに言ってるのか、わからないんだ」


 もしかして、おなかがすいた?


「ごめんね。りゅうさん。わたし、りゅうさんが好きな石、持ってないの。むらさき色の石はね、ルココの森にあるんだって。おばあちゃんが言ってた」


 絵本で見た、むらさき色の石。

 それを、絵本の中のりゅうさんは、たくさんたくさん食べていた。


 おばあちゃんにきいてみたら、むらさき色の石は、ルココの森にあるのだとおしえてくれた。

 だけど、その石をりゅうさんが食べるのかは、わからないんだって。


 こどもは、ルココの森に入ったらいけないという、きまりがある。

 だから、わたしはその石を見たことがないんだけど。

 おばあちゃんとか、村のおとなたちは、ルココの森に入れるし、見ることもできるんだ。


 でも、みんな、むらさき色の石を見ないようにしてるんだって。

 さわるのも、いやなんだって。


 むかしから、むらさき色の石を、ルココの森から出したらいけないって、そう言いつたえられてるから、見るのもこわいって言ってた。

 おばあちゃんも、村の人たちも、そう言ってたんだ。

 おとななのにね。


 わたしはね、おとなになったら、見に行きたいなって思うんだ。

 むらさき色の石。


 だって、りゅうさんが好きな石だもん。

 ほんとうは、りゅうさんにあげたいな。

 りゅうさんに、食べてほしいの。


 キュルルル、キュルルルと、りゅうさんがなく。

 すると、ヒスイ色のカーテンが、みたいにうごいたので、わたしはドキッてした。

 カーテンがあいたあと、まどまであいちゃった。


 りゅうさんが、ふしぎな力をつかうのはしってたけど……なにがしたいのかな?

 よくわからない。

 お話、できたらいいのに。


 ムワッとした空気。ツンとしたにおい。


「雨のにおいがする」


 やんでるよね? 音、しないし。

 わたしは、まどの向こう。夜色の世界を、じっと見る。


 キュルルル、キュルルルと、りゅうさんがなく。


「どうしたの?」


 わたしがりゅうさんに、たずねれば。


 グイグイ、グイグイ。りゅうさんが、顔、くっつけてきた。


「――いたいっ! やめてっ!」


 わたしの声に、りゅうさんが、ピタリととまる。


 ふう。ビックリしたー。ドキドキするよー。

 わたしはむねに手をあてた。


「りゅうさんはね、かたいの。だから、グイグイしたら、いたいんだよ」


 ピュウッと、つめたい風がふく。さむいな。


 あれ?


 ふわっと香る、あまいにおい。


 春月草はるづきそうのにおいだ。

 桃色のかわいらしい花で。春の夜にさく。


 わたしは、うれしい気持ちになって、ニコニコ笑う。


「春だね」


 キュルルル、キュルルルと、りゅうさんがないた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春の夜、銀色のりゅうさんがきた。 桜庭ミオ @sakuranoiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ