最終話 君と見たあの日の夢にそめられて



沙月へ。



もう、君に届ける場所はないけれど、

僕なりのケジメに、この手紙を書く事にした。



あれから、随分と、時間が経った。



最初、沙月がいない現実をどんどん実感してきて、

高校3年生になっても、しんどかった。



だけど、意地でも、学校は休まなかった。



沙月と出会った、思い出の音楽教室に、

1日でも長くいたかったから。



それで、君との思い出を大切にしたくて、

親に頼み込み、ピアノを習い始めてみた。



だけど、これが難しく、ドレミすら、弾けない始末。



でも、君が聞かせてくれた曲を弾きたかったし、

今でも、練習している。



少しでも、君の音に、近づきたくてね。



こう聞くと、未練がましいかもしれないけど、

僕なりに、沙月との思い出と向き合いながら、

生きる為に、やっているのだと思う。



勉強は、頑張ったけど、ドラマの様にはいかず、

とても、医学部に受かる学力じゃなかった。



かっこよく医者として、沙月と同じ病で

苦しむ人達を...なんて、都合の良い話だった。



けど、それなりの良い大学には、受かったよ。



一人ぼっちだったのに、友達ができて、

遊んだり、旅行に出かけたり、学生生活を

満喫できたと思う。



サークル活動に参加したり、バイトを頑張ったり、

その貯めたお金で、沙月と一緒に行った場所へ

行ってみたりもした。



夢と変わらない、綺麗な星空だった。



七夕、天の川が流れる夜空は、最後に君と見た

景色と瓜二つ、いや、そのものだった。



その光景を、君にも、見せたかったよ。



それから、大学卒業後、都内のメーカー企業に

就職して、最初は、現場配属で、覚える事が

たくさんで、あっという間に、時間が過ぎた。



数年終えた後、経理課に回され、

今は、数字と睨めっこの毎日。



お金の出し入れ、売掛、償却とか、

また違う専門用語や表を作ったりとか、

大変だけど、何とかついていっている。



そして、社会人として生活すると、気づけば、33歳になった。



多分、沙月が、一番心配していた事だけど、

ちゃんと、恋愛をして、素敵な人と出会ったよ。



同僚が、たまたま紹介してくれた流れで、

その人と出会い、恋をして、結婚した。



あと、今年で3歳になる娘も、いるよ。



天真爛漫で、家中を走り回っていて、

相手をするのが大変だけど、娘のお陰で、

いつも、元気をもらっている。



よく、僕のピアノの練習についてきて、

大人しく聞く姿が、可愛いんだ。



親バカ丸出しの父親だけど、前を向いて、生きているよ。



実は、結婚前、妻に、沙月の事を話した。



そしたら、すごく泣いて、戸惑った。



でも、僕の為に、涙を流してくれる優しさに、

決心がついて、この人の為にって思った。



ちなみに、涙を拭いてもらう為に、

ハンカチを渡したけど、生きていたら、

女誑しと、言っているのだろうね。



今、僕が、人並みの幸せを噛み締められているのは、

あの日、音楽教室で沙月と出会った。



そして、君と見たあの日の夢にそめられた。



それが、全ての始まりだった。



君との約束、片時も忘れていないよ。



それが、果たされるのかはわからないけど、

最後のお願いだし、首を長く、待っているよ。



本当に、ありがとう。



これからも未来を、夢の続きを歩いていくからね。



「これでいいかな。」



手紙をしたためると、一区切りついた気がした。



15年以上の月日が経ち、ようやく、

心の傷が癒えてきたのかもしれない。



「パパ!」



後ろから娘が、元気に駆け寄ってきた。



「はーい。」



いつもの様に、タックルな抱きつきが、愛らしく、

その表情は、どこか君と重なる時がある。



「ピアノしないの?」



「今からするよ。」



席から立ち上がり、ピアノに向かう時だった。



「パパ。」



「どうしたの?」



いつもと違う雰囲気の娘が、ふいに口にした言葉。



「覚えてる?」



「『合言葉』。」



面食らったけど、忘れる訳がない。



娘の身長までしゃがみ、愛おしそうに

頭を撫でながら、僕は、返事をした。



「『沙月』。」



君と見たあの日の夢にそめられて。



この夢は、どこまでも続いていく。


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