第17話 約束するよ



「でも、わかってはいるの。」



「このままじゃ、いけないって。」



「ずっと、この夢に颯斗といたい。」



「だけど、颯斗には、未来がある。」



「ホントは、私という女がいた事を、

未練タラタラで引きずってて欲しい。」



「なんて、他の女の子に取られちゃう嫉妬もある。」



「こんなにも、好きな人に出会えるとは思わなかった。」



「私に、無いと思っていた未来の光を、

颯斗は、明るく、生きる希望や夢を見せてくれた。」



「ずっと病気の私にとって、颯斗が一番の支えだったよ。」



沙月は、僕の目をまっすぐに見つめ、手を握り締めてきた。



「ありがとう。」



もう別れが、近い。



「颯斗も...泣いちゃっているじゃない。」



茶化す様に、僕の涙を拭いてくれた沙月が

言ってくれるまで、泣いているのに、気づかなかった。



「沙月だって...。」



お互い、涙で、すっかり頬が濡れている。



「これが、最後のお願いね。」



ハンカチで、僕の涙を拭ってくれた後、

沙月は、別れの言葉を伝えてきた。



「私との夢を忘れてとは、言わない。」



「だけど、ちゃんと前を見て、颯斗の

心の声に、嘘をつかず、正直に、生きて。」



「他の素敵な女性と出会ったら、逃さない事。」



「私を理由に、付き合わないなんて、許さないからね。」



「それは、私への冒涜で、万死に値するから。」



「死んでも、死にきれないからね。」



強い単語で、僕に忠告とも取れるアドバイスをする

沙月だが、多分、僕の心を見え透いているのだろう。



でも、その通りだ。



まさに、今、沙月は、その命を賭して、

僕に伝えてくれているんだ。



その言葉を、無下にするなんて、できやしない。



「でもたまには、私の事を思い出してくれても、いいけどさ。」



でも、可愛らしい事を、正直に言ってくれる

沙月が、やっぱり、大好きだ。



今だけは、全力で、今際の際まで、沙月を愛したい。



「かわいい。」



「何よ!私は、真剣に...!?」



拗ねた沙月に、もう一度、キスをした。



「わかった。」



「でも、しばらくは、めちゃくちゃ引きづる。」



「それに、沙月以外の、素敵な人に出会う自信もない。」



唇を離された沙月の僕に向けている表情は、

怒っている様で、嬉しい様で、でも、寂しそうで、

複雑な気持ちを絡ませていた。



「だけど、約束するよ。」



「ちゃんと、まっすぐに、未来に生きる。」



「沙月を言い訳にせず、素敵な人と

出会ったら、その人と一緒に、夢を見る。」



「でも、沙月との思い出は、忘れないよ。」



「たまに、思い出す時は、子供にも話すよ。」



「大恋愛をしたって、素敵な人がいたんだよって。」



沙月の両手を握りながら、僕は、宣言する。



ここで、沙月との夢は、終わりかもしれない。



だけど、君にそめられた夢は、どこまでも続いていく。



「だから...だから...。」



もう、続きの言葉が出てこない。



「うん。」



「颯斗の気持ちは、十分に、伝わったよ。」



「ありがとう。」



「私と出会ってくれて、好きになってくれて、

今日この日まで、一緒の夢を見てくれて、

恋人になってくれて、愛してくれて...」



「本当に、ありがとう。」



僕だって、沙月にたくさんのモノを貰ったよ。



君という宝物は、いつまでも、この胸に。



「最後の、お願いをしてもいいかな?」



「もちろん。」



とめどなく流れ出る涙と共に、僕は、了承した。



「約束して。」



「もし、私が生まれ変わったら、大人になった

颯斗に、『合言葉』を伝えるからね。」



「その時は、ちゃんと、答えてね。」



君なりの、精一杯の諦めの悪さを込められた

藁をも縋る思いの可能性かもしれない。



その時の君は、覚えていないかもしれない。



僕も、記憶の片隅に置いているだろうし、

見分けがつかないのかもしれない。



「うん、約束するよ。」



だけど、もし、その時が来たら、ちゃんと答えるよ。



「約束、だからね。」



お互いの小指を結んで、契りを交わした。



「約束する。」



「ありがとう。」



そして、訪れる永遠の別れ。



「大好きだよ、颯斗。」



「僕も大好きだよ、沙月。」



最後の口付けを交わした直後、僕の視界は暗くなった。






「...。」





目を開くと、そこは、病室だった。



時計を確認すると、まだ、5分しか経っておらず、

幸い、僕が卒倒した事による騒ぎは起きていない。



「沙月。」



そばで、眠っている君は、とても穏やかだった。



今にも、起きそうで、僕に話しかけてきそうで。



でも、もう、君は、戻ってこない。



「ありがとう。」



僕は、彼女の右手の小指に、僕の小指を絡ませる。



「最後のお願い、約束を守るからね。」



「ゆっくりと休んでね。」



「大好きだよ。」



気のせいか、彼女の手が、一瞬反応した気がした。



きっと、僕の思いに応えてくれたのかもしれない。



「じゃあ...僕は行くよ。」



これからの未来に向かって、僕は、歩き出す。



振り返らず、ゆっくりと、病室のドアを開け、

廊下を抜けて、病院を後にした。



ずっと、視界はぼやけているけど、

僕の夢は、沙月と見た夢は、とても鮮明で、

綺麗だった。



この日の晩、沙月は、家族に看取られ、静かに、息を引き取った。


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