『幸せの青い鳥』・後編

DITinoue(上楽竜文)

『幸せの青い鳥』・後編

(前編はこちら・https://kakuyomu.jp/works/16818093074056133961




 このままここに居ても仕方がないと思って、陸玖は王宮を離れた。

 町はどこまでも平坦な一本の線の上にあって、カラフルな出店が辺りを賑わわせている。

「幸せの青い鳥を呼ぶ餌、一箱七万の大特価で売ってるよー!」

「これを付けたら青い鳥が寄ってくるよー! 青い鳥を呼ぶ臭いがついてるんだよー!」

「青い鳥のパワーが入ったお守り、安いよー!」

 人々は勝手に文句を考えて、商品を売っていた。

 青い鳥にまつわる出店には良く人だかりが出来ており、お守りを買って出てきた人は汗だくだくで笑顔を浮かべていた。

「おい、これ、偽物じゃねーのか!」

 と、向かい側の出店から怒号が上がった。

 声の主は頭頂部の髪が抜け落ちているおじいさんだった。

「青い鳥の羽って、お前、雨に濡れたらすぐ青色が剥げて黒色が見えちまってるじゃねぇかよ!」

「私も! 私のは水で洗ったら青色が真っ白になってたのよ!」

 しわの寄った鼻眼鏡のおばあさんも叫んだ。

「どういうことだぁ! 店長を呼べ!」

 鳥の羽を売っていた青年は慌てて出てきて、すみませんでした、すみませんでした、と土下座をしていたが、それでも二人はガミガミと彼を指さして文句を言い続ける。

 通行人は、憐憫の表情で彼を見て、他の出店へ青い鳥グッズを求めに行く。

 陸玖は、これから恐らく永遠に巡り合うことが出来ないのであろう、真の青い鳥に思いをはせた。

 ――いや、あの鳥も本物じゃなかったのかもしれない。




 少しだけ長く瞬きをすると、そよいでいた風が熱風に変わっていた。緑は濃くなり、空気がユラユラ揺らいでいる。時間がいつの間にやら進み、一気に夏が到来したようだった。

「もう我慢ならん! かくなれば他の国に攻め込み、何としても鳥を見つけ、名声をもたらすのじゃ! そのためにはお主らへはいくらでも出そう!」

 おじいさんの勇ましい叫び声と、それに応える鬨の声。

 振り向くと、そこでは例の王様が剣を天へ向けて演説をしていた。

「いざ、出陣!」

「おうっ!」

 この国の全ての成人男性をかき集めたのではないかというくらいの大軍は、青い鳥がいるはずのどこかの場所へ向けて行進を始めた。足音が全く噛み合っておらず、陸玖は上唇をざらりと舐めた。

 ――あっ。

 その大軍の中で、一人の男に彼女は目を奪われた。

 それは正真正銘、あの時の兵士だった。首を垂らし、口周りをブツブツした髭が囲っていて、足は全く上がっていない。

「お主、何をしておるのじゃ!」

 それを見かねた王様に槍で小突かれても、彼の足がこれ以上上がることは無かった。




 陸玖はまた別の場所にいた。

 そこは地面が凍り付いた国で、雪がしんしんと降り、服の中へ入って首筋を冷やす。

「……どのように考えても青い鳥などいるはずのない我が国に、どうしてかの国が攻めてこようか……」

 氷柱が今にも落下してきそうな軒下で、一人の老婆は膝をついて呻っていた。

 バボーン

 爆発音が向こうからする。

「いや、そんなの、嘘、嘘、ねぇ、嘘って言ってくださいよ!」

 今度は、老婆がいる隣の家から悲鳴が聞こえた。

 そちらに向かってみると、一人の若い女性が泣き叫び、赤紙を届けに来た配達員を力任せに蹴っていた。

「もうすぐ結婚するはずだったのに! 何が幸せを呼ぶ青い鳥だ!」

 蹴られている配達員も、何と言っていいのか分からず、やられるがままにぶたれていた。

 雪は雹に変わり、ずんずんと鈍い音を立てて屋根にぶち当たってゆく。


 また舞台は変わっていた。

 森の中では、一人の兵士がおいおいと泣きながら木に登っていた。

「幸福なんてねぇんだ! 理不尽な目的で攻めてきたやつのせいで、俺の仲間はたった一つの命をむしられたんだ!」


 都会の高層ビルでは、小さな子供がわんわん泣いて、ベランダから身を乗り出していた。

「おかあちゃん、おとうちゃん! どこ行ったの! ピーちゃんが、ピーちゃんが敵のチキンにされちゃったよ! どうすればいいの! 助けてよぉぉ!」


 再び、かの国の王宮の前では一人の男が膝をついて、荒い息をついていた。手をギュッと握りしめ、汗だくで、唇を震わせながら。

「……」




 さらに時は流れたようで、チラチラと雪が降っているころ、一人の傷まみれの兵士が、鳥籠を抱えて帰ってきた。


「……ついに、青い鳥を見つけました」


 それを聞きつけた王様はすぐに駆け付けた。周辺住民もみんな。もっとも、長い戦争の影響で、集まったのはわずか数十人。国の人は、多数の人間が帰らぬ人となっていた。

 はらり

 鳥籠に掛けられていた布を剥がし、現れたのはツヤのあって少ない光を跳ね返す瑠璃色の、また美しい毛並みの鳥だった。

「……これで、ついに我にこの世の全てが……。見よ、あの月を。立派な満月じゃ」

 王様は涙交じりの声で夜空を指さした。白い息を吐き出し、鳥籠を持って、中の鳥をさぞ愛おしそうに、潤んだ瞳で見つめていた。

 陸玖は、その様子を遠目で見つめていたが、王様の目とは対照的に陰ったような鳥の目がどうも気になっていた。




 翌日。

 町の少なくなった人々が瓦礫の撤去に追われているころ、王宮から悲鳴が上がった。

「鳥が、不気味な紫色に変わっとる!」

 美しかった鳴き声は、中年男性の欠伸のような酷いものに変わっていた。

 空に微かに見えている月は、綺麗な縁の橋が取れて左右で釣り合わない形になっていた。


「王を出せ!」

「王を出すのじゃ!」

「私の子を返して!」

「俺の友をどうしてくれる!」

「結婚直前だったのに!」

「ママが! ピーちゃんが!」


 ざっ、ざっ、ざっ、と大勢の足音が聞こえて、陸玖はゾワッと気味の悪い感覚を覚え振り返ると、深いクマと傷だらけ、泥やすすまみれの老若男女の大きな群衆が、恨みがましい目で、王宮へ向けて行進していた。


 グガァァァッ


 紫色に変わってしまった鳥の、鳴き声がした。

 風が強くなってきたようだった。



 フッ



 陸玖は、バンの前に立っていた。

 辺りは暗い夜の町で、宿舎の方からは宴の喧騒が嫌でも耳に入ってくる。

「おい、陸玖、寒いだろ。これから監督とちょっと話すことがあるから、一緒に来い」

 バンの中から、雄星が顔を覗かせた。

 陸玖はしばらくその場で石になったように固まっていたが、やがて一つ頷くと雄星に付いて温かい宿舎へ向かっていった。


 バボーン


 爆発音と人々の泣き声が、耳にこびり付いて剥がれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『幸せの青い鳥』・後編 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ